檸檬中毒

匿名希望

二人の始末屋

第1話 ラドゥとジェリコ


夜も更け、灯り一つ無くしんと静まり返る闇夜の繁華街はんかがいを闇の中に際立つ鮮やかな金髪を揺らすふたりの【人間】が歩いていた。

「なあなあラドゥちゃ~ん、今から遊ぼうぜ?」

そのひとり、長身の恐ろしいほどに美しい容姿を持つ長髪の男は酷く軽薄けいはくで薄っぺらな笑みを浮かべながら横を歩く片割れの小柄な女に問う。

「…嫌っすよ。まだ仕事残ってるし。

ジェリコさん、遊ぶより先にあんたのせいで溜まってる仕事片付けてもらえません?考えてくださいよ。あんたの首の上に付いてるそれはただ五キロもある重い飾りなんですか。」

そう問われた瞳が細く、眠そうな表情をしてはいるがこれまた美しい短髪の女はいかにも不快そうな表情を浮かべ、自分よりずっと長身の片割れを見るというよりは殺意のこもった目線で下から上目遣いで半ば睨み付けるようにして毒舌を返す。

「ははっ、相変わらず辛辣しんらつ~♪」

「…パートナー殺して良いならあんた、

今すぐ殺してますよ。」

片割れはそんな彼女の剥き出しの殺意を気にする様子もなくへらへらと笑い、それを見た彼女は更に眉間に皺を寄せて溜め息を吐く。

「そうカリカリすんなよ、ラドゥちゃん。ストレスはお肌に悪いんだぜ~?」

「…俺にストレスがあるんだったら、きっとそれって全部ジェリコさんのせいなんでしょうね。ほら、そんな事言ってる内に仕事場ですよ。下らないこと言ってないでさっさと切り替えてください。」

ラドゥは苛立ったようにため息を吐きながら目の前にある古臭いボロアパートの部屋の扉を見つめると中にいるであろう住人に声も掛けずいきなりノブに手をかけ、扉を引くと鍵は掛かっていなかったのかがちゃりと開いた。勿論と言うべきか見知らぬ金髪の二人の来客に中の住人はかなり驚いていたようだったが、驚愕に目を見開きながらも震える声で焦ったように叫ぶ。

『お、俺が何をしたってんだよ…!俺はどうしようもないクズじゃねぇ、まだやれるって…!』

「はーいはい、っと…あ、もしかしてこの

仕事終わったら遊んでくれんのォ?」

そんな声など耳に入らないようにジェリコは肩を竦めて諦めたように答えながらもだらしなかった表情を若干引き締め、首の骨をぽきぽきと鳴らしながら拳銃を懐から取り出す。

「………いいっすよ。ま、ジェリコさんが溜めに溜めた仕事が今日中に『終わったら』の話ですけどね。」

こちらも聞く耳を持たずに余程ジェリコを信用しているとも、はたまた呆れているとも取れる意味深な言動をしたラドゥは片割れの方を一瞥もせずメリケンサックを嵌めた拳を構える。

「マジ?んじゃやる気出してさっさと終わらそっかなァ。…バーン…ってな。」

ジェリコは明らかに機嫌を良くした様子で目の前の標的に獲物を前にした狩人のようにぎらつく瞳を向け、構えた拳銃のトリガーに指を引っかけて撃つ真似をした後にその薄い唇を楽しげに少し開いた。

「Nearer my god,to tree,nearer to tree…」

ジェリコの開かれた唇から漏れる微かな、しかしやけに上手いテノールの歌声は例えるならば教会で少年たちが歌うような聖歌であり、空のポリ袋や使用済みの注射器が散乱する不健康な部屋には明らかに不釣り合いだった。

「…ジェリコさん、聖歌とか歌えたんすね。俺、あんたはヘビメタとかの過激なヤツしか歌えないんだろうなって思ってましたよ。」

「や~…当たり前じゃね?だってオレ、ガキの頃は一応聖歌隊入ってたし。」

「へぇ。それ知らなかったっすね…あんたとは何だかんだで長い付き合いっすけど…お互いのことなんてほとんど知らないんすねぇ、俺たち。」

目の前で腰を抜かして怯える相手など全く目に入らないかのように二人は顔を突き合わせて会話し、暫し会話した後ふと思い出したように相手の方に顔を戻すと二人揃って虫でも見るような冷たい瞳で静かに見下ろし、ジェリコは構えた拳銃の照準を相手の額に合わせた。

「…あ!…あんまコイツに時間掛けすぎたらラドゥちゃんに遊んでもらえなくなるのか。それヤだから…さっさと殺そ。」

『や、やめてくれ…!俺はまだ…!』

「…うるさいっすよ。」

拳銃を向けられて冷や汗を垂れ流す相手が苦し紛れに発した言葉をさえぎるかのように目にも止まらぬ早さで叩き出されたラドゥの拳がその腹にめり込み、せる相手の胸ぐらを掴んで無理矢理立ち上がらせると股間に膝を叩き込んで痛みで相手が悶絶もんぜつするのも構わず右頬を固く握り締めた拳で思い切り横に殴ってからぱっと手を離す。ラドゥの手という支えを失った相手がバランスを崩し、やけにドロドロ粘って糸を引く粘着質な赤黒い血を吐いて床にうずくまると更にその丸まった背中を数発蹴ってからまた立ち上がらせ、ジェリコの方にちらりと任せると言わんばかりの目線を飛ばしてすっと横にずれた。

「うっわ~…もうボロボロじゃね?どーするラドゥちゃん。もうちょい痛めつけとく?」

ジェリコは相手を哀れむような言葉とは裏腹に恐ろしく楽しそうに笑い、照準を合わせていた拳銃をくるくると回すと器用にマガジンを素早く交換し、相手の無防備な額目掛けてトリガーを引いた。赤黒い血と脳漿のうしょうが弾けて隣に立っていたラドゥの頬に飛び散るが彼女はそれをあまり気にする様子もなく相手の倒れていく様をただ静かに眺めており、身体が完全に床に倒れて血溜まりを作り始めるとラドゥは赤黒く汚れた頬をジャケットの袖でごしごしと雑に拭いながらジェリコの隣へと移動すると、まだ白煙はくえんを立てる銃口に瞳を向けてどこか馬鹿にしたような、尊敬したような声で呟く。

「…ジェリコさん、あんた何で射撃の時は手元狂わないんすかね。アル中だしヤク中なのに。」

「分からん。…あ!それはそうと終わったからラドゥちゃん、遊んでくれるんだよな?」

「何でそうなるんすか…まだ一つ終わっただけでしょ?あんた、あと十個くらい同じような仕事溜まってるんすよ。」

「…え~…マジ?じゃあ絶対今日中に終わんねぇじゃん。」

「知らないっすよ。自業自得でしょ?」

どことなく親に悪戯がばれた子供にも似た、不貞腐れたような表情で文句を垂れるジェリコを余所目よそめにラドゥは無愛想な表情のまま眉一つ動かさずそう言い放つと死体の襟首を掴んで引きずり、早足でアパートの外へと出る。ジェリコも銃を懐に仕舞って死体の血の跡とラドゥを追い、微かな風に揺れる短髪と長髪の金髪が闇夜に二つ溶けた。

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