時代初めの厄介事

1.志希のフォローアップ

常名は彼女の車に寄り掛かって煙草を吹かしていた。

今は元号が変って最初のゴールデンウィークの真っただ中。

助手席側に寄り掛かった彼女は、最近蹴飛ばされて凹んだ助手席を一目見て溜息を付く。

高3の時に流れで付き合った彼氏


小高い丘にある公園の駐車場に居るのは彼女一人。

常名は煙草を吹かしながら、時間を潰し…時折時計を見ていた。


やがて彼女が待っていた時になると、彼女は煙草を車の灰皿に捨てて車から離れていく。

助手席に置いた望遠鏡を取って、彼女は真っ暗闇の空間と化した公園に入っていった。

公園内の、数少ない街灯を頼りに奥まで進んでいく。

当然のことながら、この時間の公園には人の気配は一切無かった。


常名は公園の、舗装された道から外れた林の中…適当な木の傍まで来ると、手に持っていた望遠鏡を構えて、先端を木の枝に通して2脚の代わりにする。

そうやって、構えた望遠鏡を覗いた先。常名はその先に見えた光景に神経を集中させた。


望遠鏡のレンズには、遠く離れた所に見えるビルの一室が映し出されていた。

こんな時間なのに、まだ電気がついている古い雑居ビルの…4階か5階。

常名はそこに映し出された光景に見える人影を確認したのち、ズーム倍率を調整してビルの全景を映し出せるようにする。


それから見える限り、望遠鏡を振って周囲の光景を見て回る。

そして、見えた光景に、常名は思わず舌打ちをした。話と違う。

彼女は直ぐにスマホを取り出してコミュニケーションアプリに文を打ち込む。


"周囲に5人居ないはずの人間有り。後腐れる"


彼女は短く手早くそう打ち込んでから、再び望遠鏡を覗く。

最初に映し出したビルの一室。

先ほどまでいた2人分の人影のほかにあと一人、見慣れた人影が見えた途端、2人の命は軽々と刈り取られていった。


常名は相変わらず鮮やかな手波を見せた男に、内心で拍手を送ると、男がスマホらしきものを確認したことを確認して、望遠鏡から目を離す。


手早く公園を出ていくと、自分の車に戻って、望遠鏡を助手席に放り投げた。


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「へぇ…そう?」


大学の休憩時間中に掛かって来た、マスターからの電話。

常名は電話に出て、開口一番にマスターに告げられた言葉に少しだけ驚いた。


「予想は出来てたけどね」


彼女は大学の中ということもあって、口数少なく返した。

何せ彼女は大学内では無口で大人しく…友人と呼べる間柄の者は居ないのだから。


「それで追加が2件ある。今夜来れるか?」

「講義の都合は考慮に入る?」

「入る。終わってからでいい。大した問題でも無いんだがな」

「ありがとう。分かった」


マスターとの通話を終えた彼女は、周囲をキョロキョロと見回してから電話をコートに仕舞いこんで、ギターケースを背負った。

腕時計を見ると、今はまだ午後3時。

マスターの店が開くのにもまだまだある上に、これからの時間は、以前休講になった必修科目の講義の補講の時間だった。

常名はサボって煙草を吸いたい欲に駆られるが、少ししかめっ面をして見せて抑え込み、講義がある教室へと歩き出す。


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常名がスナックの扉を開けて店内に入ると、先客が1人、常名に気づいて手を上げた。


「珍しい。霧立さんが居るものだとばっかり」


常名はそう言って、背負っていたギターケースをテーブルに立てかけると、普段彼女が座る椅子に腰かけた。


「左手の具合も良くなったことだし、職場復帰しようと思ってね」


そう言ってYシャツの袖を捲って見せたのは、宝角瑞季だ。


「霧立さんは職業柄、顔も割れてそうだし?俺が打ってつけだろ?」

「確かに」


常名はそう言うと、ポケットから取り出した煙草の箱から一本取り出して咥える。

それと合わせたように、マスターが常名の分のグラスを彼女の前に置いた。


「追加経費も落ちることだし。志希は最近やってる。巧一朗は仕事都合。奈保子も同じ理由で無理ってわけだ」

「そっか…もしかして、最悪私も顔が割れてる?」

「いいや。裏は取れてる。大丈夫だ」


マスターは常名にそういうと、懐から取り出した封筒を彼女に手渡した。

常名は封筒の中を確認してギターケースのポケットに仕舞いこむ。


「で…瑞季さんがやるっていうのを、何故私に?」

「ああ、仕事はいいんだけど、今、足が無くてさ」

「へぇ?最近の車なのにね」

「ヘマしたんだよ。自爆さ。飛び出してきたおっさん逃げやがって…」


宝角はそう言って小さく苦笑いを浮かべる。

常名は普段外では見せない笑い顔になる。


「瑞季さんにしては珍しいね。じゃ、決行日は私がアッシーさんにならないとってことね」

「そうそう。アッシー君頼むよ。ただ…報酬はそんな弾めないけど」

「大丈夫大丈夫。今回ので十分なくらいだし、ボーナスってね」


常名はそう言って笑うと、咥えたまま火を付けていなかった煙草に火を付けた。


「で、今日のは瑞季が持つんだとよ」


丁度会話の切れ目になったところでマスターがそういうと、常名は少し驚いて宝角の方を向く。

宝角は少し格好付けたように肩を竦めてから頷いた。

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