第167話
ショウカへと見に行っているアレクからの通信によると、どうやら先日助けた町は放棄され、町の住人は悲壮感を浮かべ南へと移動中だそうだ。
『王都に全員は入れて貰えなかったんだろうね』と彼は少し悲しそうに言っていた。
どうにかして欲しそうな口調だったので「うちの国民になるなら受け入れてもいいけど」と伝えれば彼は嬉々として伝えに行った。
全くアレクは……こいつも助けることに異議を唱えていたのに可哀想な場面に立ち会うとすぐこれだ。
まあ素直に謝罪するならショウカごと助けてやってもいいのだが、ルソールからの連絡はないんだよな。
これ以上押し込まれると自国の防衛からになるから直ぐには助けに行けなくなるぞ。
うーむ……
このままだと本当に見捨てる事になりそうだ。
馬鹿だよなぁ。
普通に友好を結べば助かる話なのに。
てか何でそんな馬鹿な王なのに下克上が起きないんだろ。
あ……そうか。
兵士と一般人の強さに差があり過ぎて不可能なんだ……
うーん、そう考えるとやっぱり国民は悲惨過ぎるなぁ。
なんとかならんものかね……
そう言えばソフィアが後釜を用意すればやっちゃってもいいって言ってたな。
だけど変なのを王にしても……って誰が成ってもあれよりはマシか。
あれ……そう考えたら適当に見繕ってそいつに投げればよくね?
よし、ならば適当な人材探しにショウカの首都に散歩に行くか。
「んじゃ、俺はちょっと遊び行ってくるな」
数日振りにダンジョンから出てきたので大半のメンバーはまだ寝ている。
居間にいるのは昨日の夜甘える前に寝てしまい不貞腐れているアディだけだ。
そんな彼女は俺の声に顔を上げた。
「待って、最近別行動ばかりだったから私も行きたい!」
「ああ、わかった。二人で散歩しに行くか」
ずっとレべリング第一だったアディが珍しく希望したのですぐさま了承した。
彼女はカチャカチャと装備を装着していくのでそれをそのまま『アイテムボックス』に仕舞う。
「ちょっと?」と責める様な視線を向けるアディ。
「いや、遊びに行くのは町だぞ?」
「えっ、ダンジョンじゃなくて?」
「あれ、散歩だって言ったのに……」と無駄に困惑している。
「いやいや、散歩なら普通町だろ?」
アディは疑いながらも笑みを隠しきれない様を見せている。
そんな彼女の手を引いて抱上げ空を飛びショウカ方面へと飛べば「……やっぱり戦いに行くんじゃない」と機嫌が悪くなる。
全く、アディは忙しい子だなぁ。
「違う違う。いや、違わないけどもしやるとしても皇帝の方な?」
「何それ、詳しく」と少し楽しそうにし始めた彼女に思惑を話す。
状況を見て酷そうなら手助けする代わりにトップを変えさせようかと。
「だったらこっちの国から誰か連れて来た方がよかったんじゃないの?」
「いやそんな事をしても俺が何か手を回す機会なんてないよ。
ぶっちゃけ、よく知らん奴の方が適当に投げてバックレられるから都合が良い」
結果はどうでもいいから適当でいいよ、と伝えた。
そうしてアディと二人でショウカの首都へとやってきた。
アレクの言葉通りハウンドドックの群れに完全に包囲されているが、人が多いからか魔力の供給は追い付いている様子。
もっと阿鼻叫喚で怨嗟の声が響いているだろうと思っていたけど普通の町並みだ。
お店も営業していて賑わっている。
こんな安定した状態じゃ俺の提案なんて受け入れて貰えないだろう……
とはいえアディとお散歩するには好都合だからこれはこれでありだな。
「しっかし馬鹿よねぇ。あんなので守り切れると信じているなんて……」
硬化の魔道具に群がる兵士たちに向けて呆れた視線を送るアディ。
「ヘルハウンドが来なくても無理なの?」と問えば「格上の攻撃を防ぎ続けるなんて半日持たせるのも無理ね」と確信を持った声で返した。
ああ、言われてみれば数でも大きく負けている上に格上だった。
そりゃ無理か。
そんな事が可能なら多少纏いを阻害されても防具に使われてるよな。
いや、でも前俺が使ってたミスリル鎧に付いてたっけ?
結局そんな機能一度も使わずに装備一式全てが消滅したけど……
アレクが通信を寄越してきたのは朝で集まって来ているという話だったが、今は昼前だから完全に囲まれてから殆ど時間が経って居ない。
そろそろ動き出さないと手遅れだと思うんだけど迎撃する様子がないな。
露天を回り買い食いをしながらそんな疑問を浮かべれば、アディが「あれだけ囲まれてたらあの雑魚共じゃ出られないんじゃない?」と欠伸をしながら言う。
「いやいや、あの程度なら出れるだろ流石に!
だって数万の兵士が居るんだろ?」
「そりゃ全員が死を覚悟できるなら多少はやれると思う。
でも直ぐに大ダメージを負って逃げ帰る羽目になるだけね」
あぁ、そうか。
確かに負けが決まっている戦いじゃ相当な覚悟がいるな。
数を見るに兵士と同数を削るくらいじゃ意味ないし、硬化させて外壁を守るのが詰んでる中での最善ではあるのか。
しかしあのトップを見た後ではこの平和な空間に不快感しか感じない。
そんな思いを抱えながらも歩いていけば貧民街へとたどり着いた。
「凄い人ね。やっぱり上が最低だと貧民が増えるのかな」
アディの声に共感していた時「ああ~!!」と大きな声が響いた。
その大声を上げた大男は明らかに俺を指差している。
「お、お前! 俺たちを見捨てた野郎じゃねぇか!!」
指を差しながら大股で歩いてくる大男。
そのお陰で注目の的になってしまった。
「ああ、お前は隣町の奴か。
それにしてもショウカの人間は恩知らずばかりだな」
「な、なんだとぉ?」
激昂して更に詰め寄ろうとした瞬間、男は叫び声を上げてのた打ち回った。
やったのはアディだ。
指を差したままこちらに向けていた腕を蹴り上げへし折ったのだ。
「お前が今ここで生きてるのは俺たちが魔物を蹴散らしてやったからだぞ。
どう考えても責められる謂れはねぇだろ」
「そりゃお前が俺たちを奴隷にする為だろが!!」
……いや、そんなこと言ってねぇよ。
奴隷にはしないって言ったのに信じなかっただけだろが。
「カイト君、こいつ殺していい?」
「いや、放置すれば勝手に魔物で死ぬんだから放っておきなよ」
「えぇ……腹立つからこの手でやりたいんだけどなぁ……」
完全に悪役のセリフだ。だけどアディを責める気はない。
どちらにしても殺すのはやり過ぎだが助けたのに責め立ててきたので許せない気持ちはわかる。
そもそも強さは知っているはずなのになんでそんな物言いを平気で出来るんだろ。
皇帝にそんな事を言えば即殺されそうだけど。
「ま、待て! 魔物は倒し終わったんじゃねぇのかよ!?」
「ゴミの分際でいい加減黙りなさいよ。踏み潰すわよ?」
石畳を踏み割って威嚇すれば口を閉ざしたのでそのまま道を進むがすぐに囲まれてしまった。
今回は更に手の平を返して縋り付いて来た。
「ど、どうかお助けください!」
「お願いします! お願いします!」
「何でもしますから!」
うちの国民になるってことを断ったのに何でもしますとか舐めてるな。
対価も払わず守って貰えるものだとでも思ってるのだろうか。
まあアレクにも言っちゃったし、うちに来るってんなら受け入れてもいいけど……
そう思って口を開けばアディに止められた。
「ダメダメ。こんな異常者どもを国に入れたら民の質が落ちるよ。
三歩歩けば恩も忘れて不平不満を騒ぐだけの厚顔無恥だもの」
うっ、そう言われるとそうだ。
何をしても責め立てられそうな気しかしない。
「なんで自国の民でもなく、恩知らずなやつを助けると思ってるの。
そもそも、あんたらが助けを請う相手はこの国でしょ?」
「そ、そうだ!
こっちには最強の将軍が居る。きっと大丈夫だ!」
いきなり一人の男が演説を始め、将軍の話を出した途端同意の声が飛び何故か俺たちを衛兵に突き出せと言い始めた。
「そう。いいわよ。兵士ごと薙ぎ払ってあげる。『衝戟陣』」
詰め寄る一般人に容赦なく衝戟を使い、数百の人がゴミのように吹き飛んでいく。
壁に突き刺さったり地面に激突したりして結構な人数が息絶え魂玉へと変わった。
ちょっとアディさん!?
一般人だよ? 一般人!
本当にやるとは思ってなかったので口を空けて放心して見ていれば彼女は首を傾げた。
「何で衝戟で死ぬの……まあいいわ。敵だもの。大丈夫、大丈夫。
さぁ、カイトくん行きましょ!」
えっ? このまま放置して?
そんな疑問を感じたまま俺はアディに抱えられ、何が起こったのかわからないといった面持ちの視線を受けながらその場を離れた。
暫くアディを観察してみるが悪びれた様子は一切ない。
「なぁ、さっきのは流石に拙くね?」
「うん。本当に殺す気はなかったのよ。
でもまあいいじゃない。突っかかってきた敵国の人間なんだし」
「いや、駄目だろ。
殺し合いに参加している兵士は別だけど、一般人は駄目だって」
「何故? 戦争なら一般人だろうと普通に殺されるわよ?
だから町を戦地にしたくないと打って出るんじゃない」
お、おおう……文化が違い過ぎた。
助けるのは従順なものだけらしい。反抗する者は皆殺しが普通なのだとか。
「まあカイトくんが駄目だって言うなら気をつけるけど……」
納得していない様子の彼女。
そこは徹底して欲しいもんだけども。
納得してくれただけマシだと思うかと半分諦めながらも「そんなんじゃハンナさんと同じになっちゃうぞ」と言えば顔を青くして反省してくれた。
そうこうしている間に外壁が見えてきて、丁度門が破られるのが見えた。
「わ、私、行ってくる!」
凄い勢いで走っていき開いた門の防衛についたアディ。
絶望で立ち竦んでいた兵士たちはうら若き女性が魔物を軽く蹴散らしていく様に困惑し動きを止めた。
えっと、そこを守っても意味がないんだけど……
硬化が切れた場所から破壊されていくだろうし、そもそも俺たちだけで狩り尽くせる数じゃない。
国が姿勢を変えなければ助けないって決まった以上はここで手を出す意味はないんだけど、時間を稼いで貰っていると思って置くか。
抜刀しているものの動く様子のない兵士たちへと声をかける。
「おい、何でこの危機に将軍が出てこないんだ?
ここ入られたら完全に終わりだろ」
どっちにしても終わっているけどもここが最後の防波堤だ。
お城の外壁の門は俺が派手に壊したばかりだし。
「逃げた皇帝陛下の御供に連れて行かれたんだよ」
「はぁ? 長が国の危機に戦力連れて逃げたの!?」
余りの予想外なできごとに絶句した。
頭悪過ぎだろ。いやだってここ首都なんだろ?
どっちにしたって魔物を止めなきゃ助からねぇよ?
でもまあそういう事なら助けてもいいか。
ここまでされた事を知れば住民も愛想を尽かすだろ。
まあそれでも断るなら俺も後顧の憂いがなくなるし。
「なぁお前ら、俺の言うことを聞くなら助けてやるが、どうする?」
警戒していた視線が明らかに緩み「本当か!?」と叫ぶ声が響いた。
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