第147話


 あれから僕たちはすぐさま移動を開始し、ほんの数時間で貿易都市の一つであり戦火に巻き込まれるであろう最前線の都市ルソールへとたどり着いた。


「全く、母上も詰まらん事をいつまでもぐだぐだ言いおって……」


 そう、出る前にクレア様は何度も引き止められていた。

 それに関しては僕としても当然だと思う。女王様がやる事ではないだろう。

 僕から見てもそうなのだから引き止められて当然だと思う。


「仕方ありませんよ。お立場があるんですから。

 それより本当に良かったのですか?」

「構わん! 母上はビビリ過ぎなのだ。

 政務などにわらわが居てなんになる。国に残してきた奴らで十分回るわ。

 わらわが各国に恩を売ってその後を安泰とさせる方がよっぽど国益になるのだ」


 ええっと、文化が違うのかな?

 王様が直々に傭兵の様な真似をするのは流石に良くないと思うんだけど……


「しかし、これからどうするか。適当に商会でも回るか?」

「いや、先ずはこっちの金だろ。

 カイトさんに貰った分があるが、この人数じゃ一日だって豪遊はできねぇ。

 俺は自分の女に不自由なんてさせたくねぇからな」

「ふむ、道理だ」


 えっ? それが道理なの?

 そもそも豪遊する必要なんてないんじゃ……


 そんな疑問が湧くが、ダンジョンに篭る事は賛成だ。


「その間、クレア様たちはどうされますか?」

「わらわも共に行きたいと言いたい所なのだが、先ずは皆でこちらの王へと挨拶をせねばならん。

 そこで我らが安全に滞在できる場所を用意して貰えばよかろう」


「それ、私たちもいいんですか?」と不安そうに問うペネロペさんたちにクレア様が「当然だ」と返して行き先が決まった。


 そうしてクレア様の案内の下たどり着いたのは都市中心部にある大きな建物。


「地図だとここだな。おい! そこの守衛!」


 彼女の不遜な物言いに険のある視線が返る。

 これは良くないのでは、と思った時にはコルトさんが動いていた。


「こちらは聖獣王に即位されたクレア女王陛下だ。

 本日はご挨拶と共に話があって参った。

 急な来訪で恐縮だが目通り願えないだろうか」

「なっ!? 失礼致した。しばし待たれよ」


「うむ。宜しく頼む」とクレア様が返せば門番の兵士が通信を始め、中との連絡を取っている。


 直ぐに中から身なりの整った老人が現れ、挨拶を済ませると「では、一先ずは応接間へご案内致します」と思いの外早く中へと通された。


「はっは、カイトさんの付き添いでもなくこういう所来るとなんだか偉くなった気分だな」

「馬鹿を言うな。今回はクレア女王の付き添いであろうが」

「女王の付き添いってのは十分上位の身分だろ」


「むっ、それは一理ある」などと余裕な面持ちで居る二人が羨ましい。


 僕はどうしても肩身が狭い思いが抜けない。

 自然と俯けば、再び手が握られ温もりを感じた。


「大丈夫だ。任せておけ。

 確かにわらわも多少緊張するが、貿易都市国家はどこもうちの友好国ぞ」


 少し強張りながらも僕たち全員に向けて笑顔を返すクレア様。

 彼女の優しさに勇気を貰い、顔を上げて笑顔を返した。

 少し驚いた顔を返されたが彼女の笑みから強張りが解け、二人で前を向いて応接間へと入る。


「ほう、大きくなられたなクレア姫。いや、もう姫と呼ぶのは失礼か」

「いや、まだわらわも気持ちが切り替わって居りませぬのでな。

 しばし待たねばならぬと思っておったが無理をさせてしまい申し訳ない」


 彼女の自然体な返しに「ほう、立派に成長なされたものだ」と彼はクレア様に対面テーブルの席へと案内をする。


 手を離すべきだったと慌てて握った手を解こうとしたが、強く握られソファーの隣に座るように促された。

 それと同時に案内をした彼ともう一人の年配の男性が対面に着く。


 コルトさんたちも全員腰を落ち着けると自己紹介から話が始まった。


 クレア様を筆頭に僕らが名乗ると、対面に座った二人も名乗りを上げる。

 一人はルソール国王様でもう一人は大臣でイーサンと名乗った。


「して、本日はどうされた。ただ即位の挨拶という訳でもあるまい」

「うむ。こちらの話は聞いておろう。

 事が完全に済んだのでこちらの戦争も止めねばならぬと思ってな」

「やはりその話か。しかし条約を無視した相手をどう止めるつもりだ。

 同盟国に被害が出ている以上、相当に好条件でなければこちらも止まらんぞ」


 あれ?

 戦争を止めれば無条件に喜ばれると思ったんだけど……

 そうか。もう被害を受けていれば相応の賠償が必要になるのか。

 アイネアースの時だってそうだったじゃないか。忘れていた。


「そんなもの、叩き潰して戦争を始めた馬鹿者どもに付けを払わせるしかあるまい。

 しかし不利かと思っての参戦だったが、余計な世話だったか?」

「いいや。不利というほどでもないが助かるのも事実だ。

 ではこちらから報酬を出すという形で戦後処理には口を挟まぬと思ってよろしいか?」


 クレア様は彼の声に考え込み、レナードさんとコルトさんへと視線が向く。


「流石に情報が無さ過ぎて何とも……」

「そもそも向こうの大義名分はなんなんだ?」


 二人に問われたクレア様はルソールの王様へと視線を送る。


「あぁ、それなんだがな……」


 少し言い難そうになされた説明は、盗賊を押し付けたというものだった。

 このご時勢という事もあり、戦争の下準備と受け取られたらしい。


「思い当たる節はあるのだな?」

「ああ、ルコンド国が盗賊を撃退した際大部分に逃げられたと聞いている。

 それの事を言っているのだろう。盗賊に国境などあるまいに……」


 相手は盗賊を使って攻めて来た事に対しての報復だ、という大義を掲げているらしい。

 最初に落とされたルコンド国の王も割りと横暴な人だったらしく、謝罪する姿勢ではなかった事も問題に上げていたそうだ。

 深く考えていたら思わず「それは難しい問題ですね」と声が漏れた。


「ふむ。ソーヤ、どう考えたのかわらわに詳しく説明をしてくれるか?」


 えっ、ここでですか!?

 と強く思うものの彼女は小さく頷いて続きを話すよう促してきた。


「いえ、大した話ではないのですが……

 盗賊に身をやつせば何でも出来てしまうので、そうした疑念を一度持たれてしまえば払拭は難しいだろうなと。

 逆に相手からしたら諍いの種を作りたければ『あれは兵士の変装だった』などいくらでも大儀名分に出来てしまうので証明というか解決が難しい問題かなと……」


 声がうわずってしまうかと思っていたのだが、彼女の手のぬくもりがあるからかすんなりと思っている事が口から出た。


「うむ。確かにそうだな。

 戦争を始める輩だ。自分を優位に立たせる為ならば好き勝手言うだろう。

 なるほど。そこで先ほど懸念したのが戦後処理の主導権か。

 しかし条約を破ったのだ。周囲から潰されること事態に文句は言えんだろう」


 クレア様の問いかけにルソール王は力強く頷く。


「そうだ。

 本来であれば聖獣王国を筆頭に各国に向けて説明し、賠償問題にするのが慣例だ。

 それを破れば聖獣王直々の制裁が待っておるからな。

 しかし、聖獣王国が機能していない以上条約は破棄されたも同然だと言っている」


「耳が痛い話だな」とクレア様は顔を顰めた。


「しかしよぉ、もう二カ国落とされてるんだろ。

 流石にその大儀名分はとおらねぇんじゃねぇか?」


 レナードさんが王様に投げた言葉に「おい、言葉遣いを考えろ」とコルトさんが叱責を入れたがルソール王は気にした様子も見せず返した。


「そうだ。だからこそ我らは立ち上がったのだ。

 戦乱を拡大したくはなかったが、関係のない国にまで手をかけた彼らはもはやただの略奪者だとな」


 聞けば一度は連合軍で兵を挙げ、相手国であるダールトンと遣り合っているらしい。

 だが、高々一国プラスアルファ程度の戦力だと高をくくって集めた兵力だった為、思いの外強い攻勢に守りきれず落とされてしまったそうだ。


「あの、こちらは六カ国の連合なのですよね?

 国土を見ても余裕そうだと思うのですが……」

「それがだな……向こうも北部地域と結託しているのだ」


 えっ?

 北部って言われても僕らの地図にはダールトンやルコンドより北に国はないけど……


「ああ、北の蛮族どもか。そりゃ厄介だな」

「蛮族か。まあ、南部ではそう言われているな……」

「なんだ、随分含みを持たした言い方をするではないか。

 話せばわかる奴らなのか?」


 彼は「いや……」と否定の言葉を漏らしたものの言葉を止めた。

 その様を見て彼女は眉間にしわを寄せ「詰まらぬ事をするでない! 言うか隠すかせよ!」と強く言い放つ。


「そう焦るな。勝手に言って良いものか迷っただけだ。

 しかし聖獣王を名乗ったのであれば知らぬほうがありえんな。

 気に入らずとも、最後まで黙って聞くのだぞ」


 まるで我が子に伝えるかのようにルソール王はぽつりぽつりとゆっくり話を始めた。

 まるで童話を詠むかのように。




 これは昔々、まだ聖獣王国が誕生する前の話。

 ライオールと言う国があった。

  

 その国の当時の王はとにかく人の物を奪うのが好きな男だった。

 金を奪い、人の妻を奪い、命を奪い、好き放題したのちその欲は世界を我が物とするとのたまうまでに膨らんだ。

 だがただの一国の王では絶大な力がなくば叶えられるはずもない。


 ライオールは兵を育てることにした。


 しかし裏切られてはかなわんと、信用の置けるものを筆頭に監視体制を敷いた。

 自らの側近、息子、娘、彼らに全てを管理させひたすらダンジョンに篭らせた。

 そして十年の時を経て、準備が整い彼は世界制覇へと乗り出した。

 ライオールの兵はとてつもなく強かったと言う。

 成す術もなく、またたく間に世界はライオール王国へと飲み込まれていった。


 しかし、ライオールの兵とて無敵ではない。怒涛の勢いで攻め上がり、ダンディルを落とした頃にはもうほぼほぼライオール国の兵は残されていなかった。


 そこで反旗が翻された。

 生き残ったライオールの最後の息子によって。


 彼は自分が育てた僅かな生き残りの兵を引き連れ、ライオール城へ乗り込み、自らの父である王へ剣を向けた。


 そして言ったそうだ。

『あなたに王を名乗る資格はない』と。


 当然、王は激高し近衛を彼に差し向けた。

 だが彼は幼少期から二十数年。永遠と戦いの日々を続けてきた男。

 その半分は過酷な戦場で戦い続けてきた。その実力は伊達ではない。


 近衛を軽く切り捨てライオール王の首を刎ねた。


 後に彼が王位に就くと奪った各国を正当な血筋の者へと返還した。

 それはその時代では大変不可思議なことであった。

 勝者が全てを持っていくのが当たり前の時代だったからだ。


 だが彼はそれでも返し謝罪した。

 もしこれより不当に攻められた場合、自らが先頭に立ち血を流すと約束を残して。

 だが当然返還された国々はそんな事では許しはしない。

 ただ強い恐怖も残っていた。

 だから正面からは衝突せずに血を流させようと無茶難題を振りまいた。


 それからというもの軍隊であろうと、魔物の討伐であろうと、大規模な野盗であろうといつでも彼は先頭に立ち人々を守り続けた。


 押し寄せた無茶難題の多さのお陰で彼への評価は急激に変わっていった。

 あの不可思議な返還に思惑など無いのではないかと。

 彼も先代の王に苦しめられただけの被害者なのではないかと。


 そして約束は最後の最後まで守られた。

 

 その後、彼は周囲の王から獣人たちの王だと称えられ、聖獣王と名乗る事になった。


「それがキミの祖父だ。

 あの方は立ち上がる時が遅すぎたと自らを恥じて称えられる事を嫌がったがね」


 クレア様は深刻な表情で考え込んでいる。

 どうやら教わっていなかった様だ。


「その、横から申し訳ないんだが、それが北部の奴らとどう関係するんだ?」

「うむ……この話は最後の戦いで聖獣王は北部との戦争で激闘の末に戦死したことに繋がる」

「なっ!? そんな訳があるまい! お爺様が蛮族なんかに負けるか!!」


 立ち上がりルソール王に向かって声を張り上げたが、僕は彼女の手を引き座るように促した。

 彼女は納得が行かないと顔を背けながらも再び腰を落とした。


「言っただろう。あの方は最後の最後まで約束を守ってくださったのだと。

 しかし、あの戦争はルコンドの行いが原因だった。

 条約に守られている事を逆手に取り北部で奴隷狩りを始めたのだ」


 王族は特に子を産むのが早いって言うし、クレア様の年齢を考えると祖父では寿命にしては早すぎるかも。

 恐らくだけどホセさんとそう変わらないんじゃないかな。

 でもずっと戦争に明け暮れていたんじゃ晩婚の可能性もあるしそこら辺はわからないか。


「怒り狂った北部の連中は大群をあげて攻めてきたのだが、ルコンド軍は聖獣王軍に任せ切りで兵を出し渋ったのだ。その結果いくら聖獣王とはいえ多勢に無勢となり大打撃を与えたものの聖獣王はお亡くなりになってしまった」


「そんな話は聞いていない……」とクレア様は不機嫌に呟いた。


「それはキミの父君が事実を隠すと決めたからだ。

 まあ、我らの気が逸り北部との全面戦争を掲げたからだが……」


「緘口令は平和を願った故のことだったのだ」とルソール王はクレア様を見据えて強く言い放った。


「はっ! また蚊帳の外だ! わらわは奪われてばかりではないか!

 父様、兄様、姉様……その事に漸く少し踏ん切りが着いたというのに」

「我らとしても許しがたい事だ。

 少なくともクレア姫の祖父、父君はとても立派な方だった。

 だがな、王位に就いたなら甘えは許されんぞ。時間は待ってはくれぬ。

 もし、心が静まらないのであれば帰って貰い仇討ちは我らが執り行う」


 彼女は涙で潤んだ瞳を見せながらも勝気に笑った。


「ふははは、馬鹿を言うでない! 心までもが忙しいと言っただけであろう!

 ソーヤ、わらわは引けぬ戦いをせねばならなくなった!

 力を貸してくれるか!?」


 震えながらも強く握られた手を握り返し、ハンカチを取り出して零れそうな涙を拭う。


「はい。僕は貴方の想いに応えたい。強くそう思ってしまいました。

 主のいる身ではありますが、今だけはクレア様だけの騎士になりましょう」


 気がつけば僕は彼女の手を取ったまま膝を付いていた。


 あ、れ?

 僕は何を言っているんだ?

 ただ手伝うって言えば良いだけだったのに。


 とんでもない事を口走ってしまったと後悔しそうになるが、顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに笑う彼女を見て『そんな事はどうでもいい。絶対に彼女を守ろう』と心に誓った。


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