第144話



「どうしたんですか、カイト様」


 いきなり各国の王が居る場所に呼び出されたソーヤが困惑して問いかけてきた。

 アレク、コルト、レナードもその声に視線をこちらに向けた。

 だが、この中にクレアの想い人が居るなんて暴露をすれば、割と繊細な彼女は傷つくだろう。


「いや、お前らもこういう場に慣れておけってだけだよ」


 クレアに『言わないよ』と軽く頷いてやれば顔を赤くして首を横に振っていた。

「あれ、言って欲しかった?」と口に出せば怒りの表情へと変わる。


 どうやら違うらしい。


「ああ、彼女はクレアっていってな、獣王国の女王だ。成ったばかりだけどな。

 んで、クレアの母親のアマネさん、ワール国王様、ボルト国王様。

 ほれ、お前らも自己紹介」


 俺の紹介に律儀にも頭を下げてくれた王様たち。

 彼らも少しクレアの想い人が気に成るようで様子を覗っている。


「ああ、ギルド『絆の螺旋』のレナードって言います。どうも」

「同じく、コルトです」


 二人の時は特にクレアに反応はない。

 ってことはアレクかソーヤか?


「えっと、アイネアース国から参りましたアレクサンダー・べレスと申します。

 以後宜しくお願い申し上げます」


 アレクは肩膝を付いて片手を胸に当てて手馴れた挨拶を返した。

 クレアはそわそわしている。


 アレクなのか!?


「ぼ、僕……じゃなかった、私もカイト様の騎士でソーヤと申します」


 膝を付きながらも「間違えちゃった」とぎゅっと目を瞑って俯いているソーヤ。

 アレクとは違い、普通に年下の後輩として可愛い。


 ほら、アレクもこういう風にやれば変な目では見られないんだぞ……

 と思ったがもう固定観念が付いてるからアレクじゃ無理だわ。

 絶対にそういうとこやぞって言ってしまうと口を紡ぐ。


 そう思いながらもクレアにアレクの事で弄ってやろうかなと企んだのだが、彼女はポォっとした顔で呆けていた。


 視線は完全にソーヤに釘付けだ。


 あれ? 

 ソーヤなの!?


 うーむ。

 ソーヤじゃ弄った後のフォローを自分で入れられないだろうし、やめておくか。

 うん。後押しだけして放置しよう、とソーヤを手で呼んで頼みごとをする。


「クレアがなんか調子悪そうだから部屋に案内して世話を焼いてやってくれ」


 そう伝えれば今度はソーヤが「僕がですか!?」と慌てていたが、これくらいは出来る様になるんだと異論は受け付けなかった。


「あの……宜しければご案内します」

「えっ!! ど、どこにだ!?」

「えっ!? いえ、横になれる部屋に……」

「よ、横にぃっ!?」


 どうやら話を聞いていなかった様子。

 ソーヤがクレアのオーバーリアクションに困惑して泣きそうに成っているのでフォローを入れる。


「お前の気分を落ち着ける為に一度別の部屋でゆっくりして来いって話なだけだ」

「な、なるほどな!! それでは仕方ないな!!」


 ホントにわかっているのだろうかと思うくらい緊張しているクレアに、びびり散らかしているソーヤ。

 大丈夫だろうかと心配になりながらも、ソーヤに「これは開けないで腰にぶら下げておけ」と袋に入れたままの起動させてある通信魔具を持たせて案内させた。


 俺は彼らが部屋から出たのを確認して光を放っている通信魔具の相方をテーブルに置く。

 こちらも魔力を通して通信を繋げた。

 部屋の場所は大丈夫だろうかと思ったが直ぐに声が聴こえてくる。


『ど、どうぞ。こちらです』

『は、はい!』


 初々しい二人のやり取りに場が和み『よし、頑張れ』と心の中で応援する。

 アマネさんたちも楽しそうに耳を傾けている。


「カイトさん、そりゃちっとばかし趣味悪いぜ?」

「馬鹿、しー!」


 一応小声ではあったが聞こえるだろと、レナードを静かにさせた。


『あの、何かお飲み物でもお持ちしましょうか?』


 おお、ちゃんとやってるじゃねぇかと『うんうん』と頷く。


『そ、そうだな! じゃ、じゃあ下さい!』


 バタンと扉が閉まる音がするとソーヤが物凄い速度で戻ってきた。


「カイト様、お客さまに出せる飲み物はどこでしょうか?」

『カイト様、お客さまに出せる飲み物はどこでしょうか?』


 ソーヤは自分の声が魔道具からも放たれている事に驚きながらも目が半目になっていく。


「ち、違うぞ!? これは、助け舟が必要になるかも知れないからであってだな!」

『ち、違うぞ!? これは、助け舟が必要になるかも知れないからであってだな!』


 そう弁解したがまだ冷たい視線のままだ。

 当然だろう。俺の声も反響して返ってきているのだから。

 俺は颯爽と柑橘系の飲み物を二つコップに注いでソーヤに渡した。


 視線で『行け!』と強く促す。

 ソーヤは困った顔になりながらも受け取って戻っていった。

 渡した魔道具を付けたままに。

 さすがソーヤだ。わかってる!


『お飲み物です。どうぞ』

『う、うむ! ありがとうなのだ!』


 そこからずっと無言が続く。


「やっぱりソーヤじゃダメだわ」と小さくリズが呟くと、アマネさんも「クレアもダメそうね」と苦笑する。

 だが、諍いになる心配だけはない二人。

 弛緩した空気の中、誰しもが通信魔具をジッと見つめる。


『ソ、ソーヤと言ったな。その、お前もダンジョンに行くのか?』 

『は、はい。カイト様に鍛えて貰っていましたので』


 そこからぽつりぽつりと会話が続く。

 主にクレアが主導で。


「ずっと話題のキャリーされてやがる。男見せろよ……」


 趣味が悪いとか言っていた癖にレナードも腕を組んで、興味深々に動向を窺っている。


『えっ、女王様も行かれているのですか?』

『ク、クレアでいい。カイトの連れには皆そう呼ばせておる』

『で、ではクレア様と呼んでもいいですか?』

『う、うむ。今はそれでもいい』


 おお。思ったよりも普通に話せているな。

 ならもういいやと通信を切った。


「どう思う? 上手くいくかな?」


 ソーヤは女性恐怖症だ。脈はあるのだろうかとソフィアたちに問いかけた。


「今の所はないわね。絶対に気がついてないわ」

「でも、出会いとしてはいい感じだったんじゃありませんか?」


 アリスの声に皆も概ね同意の様だ。


「まあ、このまま上手くいくならそれが一番でしょうね。

 ソーヤは下手をしたらこのまま一生独り身でしょうから」


 コルトが兄貴風を吹かしたが「いや、お前もだろ」とレナードが煽りまた言い合いに発展する。

 お前が、お前の方が、とお客さんの前でみっともなく言い合う彼ら。

 相当に切羽詰っているらしい。


「ああ、もう、わかったから!」と立ち上がり、オーロラとペネロペを連れてきた。


「こいつがレナードでこっちがコルトだ。

 うちの主力だからかなり強くてお買い得だ。持ってけドロボー」

「はぁ? その、いきなりそう言われてもねぇ……」


 ペネロペが困惑して視線を流す。


「ほう。御使い様の所の主力ですか。娘は如何ですかな?」


 ワール王が壁際に立たせていた女性一人を前に出した。

 それに続いてボルト王もではうちの娘もと言い出す。


 娘って、王女さまやん!

 片方はワール国からなのね……

 でも良いのか?

 いや、王様が良いって言えば後は本人次第か。


「よし。お前らも別の部屋行って雑談してこい。

 ただ、へんな強制はするなよ。恋愛はお互いに自由意志でだ」


「そんなゲスなこたしねぇよ」と言いつつもペネロペの案内に従い部屋を後にした。


 そうして皆を追い出せば部屋の中が大分すっきりした。

 部屋に残った王女三姉妹とアレク、アマネさんたち三人で再び雑談が始まる。


「カイトさんは本当に王になる気がないのかしら」


 王かぁ。別に此処に居つくって決めた訳でもないしなぁ。

 ソフィアたちの事もあるし、アイネアースに戻ると思うし。


 アマネさんの声に悩みつつもそうした胸の内を吐露し、遊びには来るが定住はしないだろうと告げた。


「あなた……ちゃんと考えてくれていたのね。うれしいわ」

「と、当然じゃない!

 これでアイネアースは知らないって言ったら怒るわよ!」

「ふふふ、私はわかっていましたよ。カイトさんは考えてくれていると」


 いつも通りの三人の返しに自然と頬が緩む。

 やっぱり長いこと離れていて寂しかったのだろう。


「それはそうと、各国の状況は大丈夫なの?

 結構な規模でこの周辺国は属国にされてたよね」


 レガロは手当たり次第に周辺国に仕掛け続けたので、この近隣国はワール、ゼラムを除いて全て属国にされていたそうだ。


「兵も故郷に戻り、町も無事なのだから問題はないわ。

 早期終結したから食糧難とかにもならずに済みましたからね」


「そりゃ良かった。」と安堵の息を漏らしたのだが、アマネさんは「ただ、問題がない訳でもないわ」と沈んだ表情を見せた。


「うむ。レガロの凶行に触発された国がありましてな。

 そこが戦争を起こして居るのです」

「ですがご安心を。そちらは我ら連合で平定して見せます故」


 あらら。また他で始まったのか。


 話を聞いていけば、まだ落とされたのは二カ国で最北端の国だからこっちの連合国とは隣接していないそうだ。

 間に自由貿易連合国という国家を挟んでいるので直接的な被害はない。

 だがこれ以上のさばらせては聖獣王簒奪の乱の二の舞になると懸念している様子。


「まあ、もしもの時は言ってよ。手伝うからさ」とアマネさんに返せばソフィアに「待ちなさい」と止められた。


「仮に手を貸すとしてもあなたはダメ。アリスとかユキ、リディアに頼みなさい」


 ソフィア曰く、主力の力を伸ばす弊害を作ってはいけない。と強く訴えた。


「ああ、そっか。もう皆が居る訳だ。けど、ユキたちじゃ無理だな」

「えっ? そんなに強いの?」


 と問いかけるソフィアに「向こうで言う五十階層付近はごろごろ居る」と返せば目を剥いていた。


「その方はどのくらいの強さなのですか?」と首をかしげたアマネさんに「こっちだと三十階層前半かな。主力は四十階層を超える程度だな」と言葉を返した。


「なるほど。やはり御使い様は別格なのですな」

「まあ、女神様に力貰ったからだけどね。それまでは主力と同程度だったし」


 そうした雑談が終わる頃には日が落ち始めた。

 アマネさんに一泊していいかと訪ねられ「いやここにアマネさんの家あるでしょ」と返せば「あら、まだ私の家なの?」と笑っていた。

 どうやら王たちもアマネさんの家に泊まっていくらしい。

 あの家にも人が入っているが、アマネさんが連れていた民が管理しているので問題なくやってくれる事だろう。


 問題は別室へと押し込んだ奴らが上手くやっているかどうかだ。


 どうしよう。このまま同じ部屋に泊まらせるのはありえないが、どのタイミングでお開きにするかと頭を悩ませた。


「別に声だけ掛けて好きにさせたらいいじゃない。

 周りがとやかく言っても仕方のないことよ」


 リズの声に皆が納得していたので、当人たちの意思次第でそちらに返すと伝えればアマネさんたちは泊まる予定の家へと向かった。


 それを見送った後、先ずは心配なレナード、コルトペアの部屋に向かった。

 

 何やら陽気な声が聞こえてくる。

 それは男の声だけじゃない。オーロラやペネロペなど女性側の声も上がっていた。

 楽しそうにやっているみたいだと気兼ねなく扉を開ければ、コルトが手をクロスさせて「うぇぇい!」と陽キャみたいな事をしていた。


 ソフィアとリズが声のする方へと白けた視線を向けた。

 アリスはちょっと楽しそうな目を向けている。

 そんな中俺はただただ困惑した。


 え? クールキャラな筈のコルトがなんで、と。


 案の定、彼はこちらと目が合い固まっている。


「なんだよ。もう時間か?」と気にしていないレナードの問いかけにオーロラが「えぇ! もっと遊んでいたーーい!」とコルトの手を取った。

 困惑していたコルトの顔がふにゃりと蕩けた。


「いや、アマネさんたちは隣の家に一泊するってさ。お前らは自由にしていいよ。

 そっちに泊まるもよし、こいつらと遊んでてもよしだ。

 王女様方は王様に怒られん程度に好きにやってくれ」


 と、王たちが連れてきた王女であろう二人に声をかけた。


「態々ありがとうございます。ではお言葉に甘え、もう少しだけ」


 とこちらに頭を下げた後、レナードに笑顔を向けたのでこれ以上はお邪魔だなと「んじゃ、お前らに任せる」と言って部屋を出た。

 

「こっちがこの様子なら何も心配なさそうね」


 とリズが気を緩めてソーヤたちがいる部屋へと足を向けた。

 前回の流れで構わず戸を開ければ、ソーヤとクレアが立ったまま抱き合っていた。


 おっと拙い、と俺は音を立てない様にそっと戸を閉じた。

「まさかソーヤがねぇ」と呟き、ソフィアとソーヤの成長を語り合おうとした所でバンと音を立てて扉が開いた。


「ち、違うのだ!!」


 いや、別に違わなくていいんだよと思いながらも顔を赤くしたクレアに向き直った。

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