第145話


 違うと言いながら飛び出して来たクレアに続きソーヤも出てきて「違うんです!」と声を上げる。


「いや、違わない方が嬉しいけど、違うの?」

「違うのだ! あれだ!

 ……ちょっと甘えたかっただけなのだ」


 ……そ、そう。お幸せにね?


「いえ、その、あれなんです。僕にではなく別の人にですね!」


 はっ?

 いや、抱き合って居たのは二人じゃん。

 どういうこと?


 二人の言っている事がさっぱりわからずアリスたちに視線を向けるが彼女たちも理解不能の様子。


「その、ソーヤは兄様に雰囲気が少し似ているのだ。それで、その……」

「ああ、そういう事か。

 ただ、一つ言っておくが悪い事をしてる訳じゃないんだ。弁解の必要はないぞ」


 二人にそう告げれば顔を赤くしながらもそういえばと納得した様子で少し落ち着きを見せた。


「それにソーヤは女性恐怖症の節があるからクレアが直してやってくれると助かる」


 表情を見るにソーヤもかなり意識しているのがバレバレだ。

 恐る恐るではあったがクレアを軽く抱き返していた。

 望んでいるのであれば後押しをしてあげたいと大義名分を作る。


「な、何!? それは真か……?」

「えっ、いや、嫌な訳ではありません!

 その怖い女性が苦手だというだけで……」


 チラリ、とソーヤの視線がリズへ流れた。

 リズの眉がピクリと動く。


「あらぁ、何? それ、私のことぉ?」


 リズの見下ろす恐ろしい笑みに「ひっ」とたじろぐソーヤ。

 その前にクレアが立ちふさがる。


「カイトの懸念が少しわかったぞ。ソーヤを苛めるでない、この悪女め!」

「あらぁぁ! 今回、最初に煽ったのはソーヤだと思うのだけどぉ?」


 少し楽しんでいるリズに「こらこら、今は出会ったばかりの大切な時間なんだから邪魔しちゃかわいそうだろ」と後ろから抱き寄せて距離を離す。

 彼女は苦笑しながらも「全く仕方ないわね」と理解を示した。


「わかってくれたなら、任せてもいいか?」とクレアに視線を向ける。


「必要ないわ! ソーヤは立派な男だ。わらわの前でも臆して居らぬのだからな!」

「ク、クレア様……」


「はいはい。じゃあ、後は好きにやってくれ」とソフィアたちを連れて皆の所へと戻ろうと思ったら居間に『絆の螺旋』全員が移動していた。

 ノアたち三人もそわそわしながらも端に座っている。


「おっ、皆揃ってるね。折角だから情報の刷り合わせしとこっか」


 と、先ほど聞いた情報など、獣人の強さを含めて話し合いを行った。

 これまでの戦争の流れや、今起こっている戦争まで出来るだけ細かく説明した。


「なるほどの。建国を許されたのが不思議であったが、女神様が御光臨なされたか」

「しかし、獣人の戦力は侮れませんな。

 一昔前のアイネアースなら軽く落とされていたでしょう」


 アーロンさんの懸念にリズたちも「そうね」と眉を顰めた。


「まあ話せばわかる相手だし、接触したのがアイネアースなら戦争って形に成らなかった可能性の方が高いけどね」


 聖獣王って奴も自分が君臨している間は一切戦争を起こさせないくらい平和主義だったっぽいし。


「それで、カイトくんは戦争に加担するつもりなの?」

「いや、任せられるなら任せたい。今は皆で強くなる事が先決だし。

 まあ、レナードたちが上手くいけばあいつらが勝手に助けるんじゃね?」


 うちは基本自由だしと付け加えれば皆なるほどと納得していた。

 レナード、コルトはこっちでも英雄クラスだ。

 ソーヤもそうだが、一人だけじゃ戦争を鎮めるのは難しいだろう。

 だが、そこにレナードとコルトの二人が加われば多少なら予想以上の強敵が居ても無茶しない限り問題ないはず。


 反対する人が居るかもと思いながらの発言だったが、皆思いの他気にした様子もない。

 なら、その方向でと話を〆る。


「あの、その前に私が強くなる方法ありません?

 追いつける自信が全くないんですけど……」


 そう声を上げたのはリディアだ。ユキも期待した視線を向けている。

 だが、ノアたちとは違いある程度成長してしまっているので流石に厳しい。 

 姫プすれば大幅な期間短縮は出来るのだが一日二日という訳にはいかないのだ。


「甘えてんじゃないわよ。

 そんな方法があるんならカイトくんが隠すはずないでしょ」

「ですよねぇ!」


 アディに叱責されて笑って誤魔化すリディアとしゅんとしたユキ。


「まあ、敵の強さはわかってるんだ。

 その目標をクリアした後なら成長の手助けしてやるから、腐るなよ?」

「わーい!」

「ありがとうございます!」


 こうして話に決着が着けば、リズがまとめてくれた。


「私たちは何も気にせずにダンジョンに篭ればいいみたいね。

 お姉様にここの運営を任せる感じでいいのかしら?」

「そうね。非戦闘員は全く戦えないみたいだし、元兵士数人じゃ心許ないわね。

 わかった。こっち指揮は任せてくれていいわ。

 シホウインさんも人を使う経験あるし問題ないでしょう。

 どのみち無理ならあなたを呼べば良いだけだものね」


 ソフィアとアカリの発言をノアたちが不安そうに聞いている。

 それはそうだろう。ノアたちは皆を知らない。

 それにここは彼女たちが自由を求めた新天地なのだ。


 この国の運営は此処の人がやるべきじゃないか、と皆に尋ねた。


「そりゃ、出来るならいいわよ。楽できるし。

 けど聞いた限りじゃまとめ役は貴方しか居ない様子だったのだけど?」

「はい。人は弱い生き物ですから誰かしらが指導者をやるべきです。

 いくら道徳を説いてもある程度は監視の目がなければ道を踏み外す者が出るものですから」


 アカリは例えに教国教皇派の侍の話を挙げ、失敗を繰り返したくないと告げつつも言葉を続けた。


「ご安心下さい。法をしっかり決めるだけですから。

 法には一つ一つに意味があり、それがなければどうなるかをしっかり知って貰い、その上で決定するか否かはこちらの者に選んで貰えば良いのです」


 アカリの声に「そうね。文化の違いもあるものね」とソフィアも同意を示した。


「ああ、これは大変そうね。こっちの法律に詳しい人は居るかしら?」


 とノアたちに質問が飛び、ルナからクレアならと返事が返る。

 だが二人は甘い時を過ごしていることだろう。

 それは止めておこう、とアマネさんたちに付いてきていた民に聞いて回って貰った。


 案の定、詳しい人が数人居た様で彼らをソフィアたちに紹介した。

 するとすぐさま話し合いが始まる。


 この法律はこういう理由があって決まったものだとか、それではここに穴が出来ないかなどと、永遠と続きそうな会議が行われた。

 最初はそういう理由で決まった法律なのかと感心して聞いていたが、次第に疲れてきて席を外させて貰った。

 王女三人とアカリとユキがその場に残り話を進めてくれるようだ。

 五人に感謝を示して自室へと戻る。


「ふぅぅ。漸く一息つけた。まったく怒涛の一日で疲れたわ」

「こっちのセリフです! カイト様ぁ!? 私まだ怒ってるからね!?」


 ソフィの膨らんだ頬を潰して「ほう、生意気なやつめ。主人にあれだけの事をしてまだ言うか!」と襲い掛かった。

 彼女をくすぐって遊んでいればお腹が空いたねとの声が聞こえて再び立ち上がる。


「よし! んじゃ、飯にするか!

 折角だ。住人集めて宴会すんぞ! 祭りだ祭り!」

「ええぇ!? 住人って千人は居るって言ってなかったぁ?」

「おう! 食料はいくらでもある! 酒は転移で買ってくりゃいいだろ?」


 エメリーの疑問に問題ないと返せば「お祭りかぁ」と皆乗り気で立ち上がった。


「ここの事はリリィに聞けば大抵全部わかるから伝えて来てくれ。

 俺は酒を用意するから」

「ふふ、あいつらなら私でも扱き使えます」


 リディアが悪い顔をして俺の声に了承の意を示す。

 まあ、その程度ならリリィたちには良い薬だと俺はリディアの目を見て頷いた。


 すぐさま行動せねば店が閉まる、とアイネアースへと飛んで酒屋で一番高いのから順番に大量に数種類買い込んだ。


 ついでに野菜なども大量に購入した。

 一応開墾を進めてはいるが広範囲を耕している為、種植えすら済んでないのだ。

 少し前にこっそりアトルに戻ってノアたちが育てていた作物を収穫した分があるのであるにはあるのだが、次の収穫までと考えたら何度か買いに来ないと足りない。

 なので店主に問題ない分全てを売ってくれと頼んだらほぼほぼ全部購入できた。


 アイネアースは今年も豊作なようで値を崩さずに大量に売れてくれてありがたいと店主もホクホク顔だ。


 ついでに衣類とかも買っていってやるかと数店回って数百着ほど大量に購入してから戻ってきた。

 アマネ邸とオーロラ邸の前には大勢の人が集まり、調理器具を持参した人たちが場所作りに勤しんでいた。


「ただいまぁ! 酒と野菜を買ってきたぞ!

 皆ぁ! この場で食べられる分なら好きなだけ持って行って良いからな!」


『ストーンウォール』を寝かせて置いて、その上に買って来た物を大量に並べていく。

 そして酒を樽で出したとたん、おっさんたちから大歓声が上がった。


「聞いて驚け! これは人族で飲まれている酒の中でも結構高級な物だ!

 そうそう出せない一品だから味わって飲んでくれよ!」

「「「おおおお!!」」」


 大勢が群がり手をつけようとするが、女性陣にせめて料理がある程度できてからにして欲しいと窘められて彼らも準備に参戦した。


 俺も準備をするかと、アマネ邸とオーロラ邸から大テーブルを持ってきて外に並べる。

 調理器具は全部『アイテムボックス』に入っているので出して並べるだけだ。

 コンロから材料からフライパンまで全て出し切れば、当然の様にアリーヤたちが後を引き継いでくれた。


 後はお客さんを呼ぶだけだとアマネさんたちに再び来て貰い大宴会が始まった。


「あらあら、人族はこんなに頻繁にお祭りを行うの?」


 と彼女は楽しそうにしながらも疑問を投げかける。


「いいえ、カイト様だけですわ。頻繁に皆で宴会しようと言い出すのは」

「そうねぇ。流石にお金がかかるもの。町を上げてとなると年に二回程度ね」

「皇国なんて平民も参加できるものだと一切ありませんよ。

 あったとしても大成功した職場で社内の慰労会が執り行われるくらいです」


 リディアの言葉に「こちらでもその程度だな」とボルト王が返す。

 

「我が国は幸い兵の育成が上手くいっているので年に一度は祭りを開けているぞ」


 とワール王が胸を張った。


「そりゃ、ワールはダンジョンに恵まれておるからな。うらやましい限りだ」


 どうやらワールは低い階層で肉が出るダンジョンが多いらしい。

 食料供給は弱卒に任せ、ベテランが錬度を高めることも容易なのだそうだ。

 そうなれば食糧だけでなく物資の供給も増えるので良いこと尽くめだ。


「けど、魔法が広まればもう少し余裕出るんじゃない?」


 と、問いかければワール王が少し気まずそうな顔をみせた。


「御使い殿、魔法とはなんの事でしょうか」とボルト王が問う。


 いやいや、教わったでしょ?

 と首を傾げつつも、ローガンさんからワールの兵に伝わってないのと問いかけた。


「いえ、確かに教わりましたが、勝手に他国へと流してよいのかわからず……」

「ああ、好きなだけ広めていいよ。

 流石にこの地で支援魔法がないのは厳しいでしょ」


 そう。アイネアースと同様で支援魔法は使われていなかった。

 防御といえば『障壁』を張るくらいなものでシールド系はなかった。『障壁』すらも狩りでは早々使われないものだから戦闘で使うステータスアップ系は纏いのみなのだそうだ。

 まあ、消費効率を考えると下手に防御系スキル使うよりも纏いでさくっと終わらせる方がいいからそこは間違ってないんだけど。


「ワール王よ、黙っていたのは許してやる。うちからで良いな?」

「むぅ。それは構わんが仕方なかろう?」


 二人の言い合いを楽しそうに観察するアマネさん。

 クレアが女王になると決めてから、眼差しが柔らかくなった気がするな。

 相当に重荷だったのだろう。


「そう言えば、アマネさんって再婚しないの?」

「ぶふっ!!!」


 問われた彼女は口の中の物を噴出した。顔を真っ赤にしてふき取っている。

 ちょっと突然過ぎたかな。


「ふむ。確かにそうだ。アマネ殿もそろそろ己の幸せを求めるべきだな。

 まあ、多少は理解ある相手でないと難しいが」


 ボルト王からの横槍も入り、彼女は威嚇するように幾度か咳き込む。


「私の事は良いのです! 勝手にしますから!」

「う、うん。なんかごめんね。なんとなく気になっただけなんだ」


 彼女は家族を失ったばかりだ。流石に早すぎたと反省した。 


「それよりもこのお酒美味しいわね。もっと貰って良いかしら?」


 そう言って空けたアマネさんのコップにお酒を注ぐ。


「まあ、独り身でこういう風に気楽に食道楽するのも楽しいのかもしれないね」

「そうよ! ワール、良いこと言ったわ!

 私はクレアを応援しなくちゃいけないもの。このささやかな幸せで十分よ」

「確かに、言われてみれば笑い声に旨い酒に旨い肉、それだけで十分かもしれん。

 伴侶が居たからとて常に笑っていてくれる事などありえんからな」

「あら、ボルト王の奥さんは厳しい人でしたっけ?」

「いや、見る限りは優しそうな方だけど……」

「ノーコメントだ」


 彼らは段々酔いが深くなってきていて三人で盛り上がっていたのでさりげなくフェードアウトして他の皆との会話を楽しんだ。


 そうして、うちのメンバーと合流してから漸く一息つけたのであった。


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