第139話



 そこからアトルを初めとした国々を怒涛の勢いで取り返して行った連合軍。


 何度も呼ばれるのだろうなと思っていた俺の思いとは裏腹に一度も呼び出される事はなかった。

 人口がそこまで多くないこの地で一万という兵数は相当なものだったらしい。

 無傷で連合軍がのし上がり、準備もないままに攻められた国々は殆ど抵抗をせずに陥落したそうだ。


 それは、敵本国であるディンバー王国ですら例外ではなかった。

 その理由に挙げられるのは一つ。

 元凶であるレガロという男が獣王国に総力を集めていたからである。


 その獣王国での戦いが目前に差し迫っているという報告を受けたものの、俺は呼び出される事はなく変わらずダンジョンライフを過ごしていた。


 そして今、その戦いが始まると聞いて今日ばかりは見に行くかとダンジョンをお休みする事にした。



 ◇◆◇◆◇


 獣王国の入り口ともされる東の町が一望できる丘に簡易的な陣が敷かれ、首脳陣が顔合わせを行っていた。

 もう既に、町の手前で軍同士が睨み合う中の会談である。


「ふむ、予定通り三ヶ国は集まれたようだな」


 ボルト王が席に付いた面々を見回して声を上げた。


「まあ、王がこれだけ参戦しただけでも凄い事でしょう」

「そうだな。

 正直、私もこれほどの圧勝でなければ周囲に止められていたであろうからな」


 ワールとファストの王が彼に言葉を返す。

 たった今開戦するというのに彼らの話はあの時の事に移行する。

 そう、陥落した国々がただ降伏をせざるを得なくなったあの戦いに。


「今でも信じられんな。八千を降伏させ、二千を一撃で屠ったなど……」


 まだ、彼が先頭に立ち二千を倒して八千を逃走させたという話であればギリギリ飲み込めたのだが、とボルト王は続けた。


「それは正直言うと信じろと言った私ですら同じ思いだ。

 だがこれで私の発言の真意をおわかり頂けたであろう」


 最後まで反対の姿勢を崩さなかったボルト王は難しい顔で唸る。


「これほどに獣人の到達できる領域を超えられると、確かに神の使途だと言われても私も頷いてしまいそうだな」

「む、お待ち頂きたい。それは疑い様がない事実であると認識して頂かないと困る。

 今一度宣言しよう。私は御使い殿を通して神の声を聞いたのだ」


 ワール王がむきになって身を乗り出す様に「どうしてそれが本物だとそこまで言いきる」とファスト王が疑問を投げた。

 彼は「神の光をその身に浴びればわかるのだ」と強い視線を向けた。


 その言葉に理解が出来ないと訝しげな表情を二国の王が見せた時、最前線の兵士たちが動きを見せた。


 今、本題にすべきは語るまでもなく此方だと、表情を改め前線へと視線を向ける。


「始まったな……」

「ああ、全てはここからだ」






 連合軍の先頭に立つ男ジェレは、拡声器も使わずにディンバー軍へと声を張り上げた。


「おいおい、そろそろレガロを差し出した方がいいんじゃねぇかぁ!

 この俺様が来た以上、この連合軍に負けはねぇんだぜぇ?」


 ディンバー軍はジェレの声に言葉を返さずに押し黙っていた。

 連合軍は数を八千に増やし、ディンバー軍は四千にも満たない数での対峙だったからか、彼らの士気はそう高くないように見受けられた。

 その様に、連合軍は更に活気付く。


「期待の新星このベンジャミン様と一騎打ちをしたいって奴が居れば、受けてやるんだぜっ!」


 腰をくねっとひねり親指で自分を指す滑稽な男の煽りにすらだんまりだ。

 そうしたにらみ合いは数十分と行われていたが、業を煮やしたジェレが単身突撃を開始した事により戦火は開かれた。


「お前らも誇りある獣人であれば、縮こまってねぇで戦って見せろや!」


 そう言って特攻したジェレに魔法やスキル攻撃の嵐が降り注ぐ。

 剣を大きく振りスキルを弾き飛ばそうとしたジェレは、一振りして幾つか弾いたがそのまま残りを全弾喰らい弾き飛ばされた。

「おれっちも行くぜぇ」と言いながら直ぐ後ろに続いていたベンジャミンも流れ弾を受けて倒れ伏す。


 吹き飛ばされて意識を失い転がった二人の姿が視界に入ると、後に続いていたメイソン将軍は思わず足を止めた。


「ば、馬鹿者ぉ!!!」


 彼はもしかしたらジェレも物凄い力を持っているのではないだろうか、と希望的観測を持っていた。

 その期待を最悪な形で裏切られた為に思わず叱責の言葉を叫んでしまっていた。


「メイソン将軍、陣形を。先ずは防備を固め魔法戦が定石だろう」


 他国の将校が遠慮する中、獣王国の元少将ローガンが彼に進言する。

 その声を受けて即座に再び陣形を展開したが、ワール国の王弟をそのまま転がして置く訳にもいかない。


「誰か、あれの回収が出来る者はおらんか!」


 ピクリとも動かないジェレを差してメイソンは声を張り上げる。

 あそこは完全な射程内。誰もが『無理だろ』と目を逸らした。

 あんな所に単独で行く奴は大馬鹿か桁違いの強者だけだと。


「仕方ない。私が行きましょう。トマス大尉、攪乱を頼めるか?」

「馬鹿者! 何故わらわたちがあれの為にそのような事をせねばならんのだ!」


 獣王国の少将、ローガン少将が彼の声に応じたが、隣の少女クレア姫がそれを全力否定する。

 そんな彼女の抵抗も空しく、彼はトマス大尉を見据えた。


「軽く言ってくれますが、俺たちはカイト様じゃないんですよ。

 まあでも……全員で分散させれば命は守れますかね?」


 不承不承と苦い顔を見せながらも了承したトマス大尉に敬礼ともに「大尉の献身に感謝する」と謝意を送るローガン少将。彼もそれに敬礼で返す。


「わらわはあれの為に動くのはごめんだからな!」


 そう言ってそっぽを向く少女にローガン少将は「元より我らだけでやるつもりです」と苦笑した。


 そうして動き出した三十名の兵士。

 先ずはトマス大尉率いる兵士が近づき魔法を打たせ、その隙にローガン少将がジェレを回収した。

 攪乱を入れつつも結構な人数から狙われたが、彼はそれを全て捌き切ってみせ本隊への帰還を果たした。


 そして、戦場に転がるのはベンジャミンのみになった。


 だがそれに触れる者はいない。

 統制された動きで任務を全うした彼らの部隊に賞賛の声が響いた。


 しかしジェレやベンジャミンにより簡単に倒せる事が実証されてしまい、勢い付いたディンバー軍は魔法を放ちながらもじりじりと前進を始めた。

 ディンバー軍は、まだ届かないラインでありながらも魔法を放ちながら前進する。


「全軍後退! 魔法の射程から出たラインを保て! 体制を立て直す!」


 将軍の指示で下がった事により、敵軍は勢いを増していく。

 それに寄り、連合軍はただただ逃げている状態へと陥った。


「ふむ、案外状況は悪くないかもしれんな」


 王弟を救出できた事により心を落ち着けたメイソン将軍は戦場を見据えて呟く。

 それを聞いて、共に併走していた者達から非難の声が上がる。


「何を仰っているのか! ジェレの所為で士気はガタ落ちだ!!」

「この状況をどう見れば悪くないと言うのだ!

 こんなふざけた指揮を続けるのならば、我らは帰らせて貰うぞ!」


 いくら倍数とはいえ戦争未経験者しかいない。一方的に攻撃され士気が著しく低下すれば指示に従わず逃走する可能性さえあった。

 他国の指揮官からの非難の声に「まあ聞け」と彼らを静める。


「強気に出てディンバー軍の士気が上がっているのは事実だが、あの様な魔力の使い方は続かん。

 ジェレ殿相手で全力を出させたからか弾数の調節が行えて居ない様に見える」


 メイソン将軍の言った通り、結構な数を打ち出しているがまだこちらの被害は最初に負傷した二名のみだった。

 自軍の士気が下がっている事も事実だが、それもまた事実と言えた。


「馬鹿には馬鹿で使い様があったという事だな!」と一人の少女が元気良く声を出す。


「メイソン将軍の考えはわかったが、それでも士気の低下は戦力に直結する事態ぞ。

 そこはどうなされるおつもりか」 


 一応感情を落ち着けた彼らはメイソンに期待の視線を向けた。


「うむ。一発かませる部隊と言えば……」と彼の視線はローガンへと向いた。


「流石に我らだけで単独特攻は無理だぞ。カイト殿を呼ぶか?」

「いや……そうしたいのは山々なのだが、ならんのだ。

 今回は窮地に陥るまでは要請しないと国家間会議で決まったそうだ」


 説明を行っていたその時、ディンバー軍は魔法攻撃を止め、速度を上げた。

 その速度は速く、強い者が前へ出て弱い物が置いていかれる程のものだ。


 それはこちらにも言えた。

 このままでは置いて行かれた弱者から削られていくのは手に取る様に理解できた。


「むぅ、これはいかん」とメイソン将軍は足を止め拡声魔道具を取り出す。


『全軍、詠唱準備! 追いつかれる前に魔法で迎撃を行う!

 横に広がり、集中砲火を狙うのだ!』


 ここで後ろから削られては士気の状態を見るに大変宜しくない、と彼は他国の指揮官に「貴殿らも各々の部隊をその様に指揮してくれ!」と強い視線を向ける。


「仕方がない、この場は従おう。私もそれが最善だと思うしな」 

「もし、そのまま崩れる様であれば好きにさせて貰うからな」


 彼らの不安も尤もだが、メイソン将軍は不安を振り切り足を止め敵軍を指差した。


『今だ! 準備の整った者から順次法撃開始ぃ!!』


 彼の声に従ったのはゼラム軍全体の三分の一程度だった。

 それに困惑して再度声を上げようとするが直ぐに止まる事になる。


 斑に打ち出される断続的な攻撃ではあったが、此方に向かっていた為回避が追いつかず、ほぼほぼ直撃した事により敵の足が止まり無防備になったからだ。


 その直後、指揮を頼んでいたファスト、ロンド、ボルト軍の指揮官の下、二次攻撃が開始された。

 それにより、立場が逆転し彼らが逃げる番へと変わる。


「ローガン、今ならば良いな!?」


 クレアがローガンに声を上げる。

 彼女は出る機会をずっと伺っていた。

 ジェレが出た時も出そうになったのをローガンに止められていたほどに。

 ローガンはメイソンに視線を向け、彼が頷くのを見て彼女に声を返す。


「クレア様、単独行動だけは許しませんからな」


「わかっておるわ」と口端を吊り上げた彼女と共に獣王軍が突出して前に出た。

 それに三人の少女が続く。 


 その少女らを兵士たちが追い越し守る様な形を取っての突撃。



 ◇◆◇◆◇



「あちゃぁ。単独突撃はダメだろ」


 上空から戦いを見ていた俺はクレアがノアたちを連れて飛び出したのを見て思わず呟いた。

 ジェレとベンジャミンが吹き飛ばされた時もそうだったが、この世界であっても数の暴力というのを舐めると痛い目に遭うものだ。


 力の差が一定のラインを超えるまでは。


 ジェレの時も助けるか迷ったが、今回は迷わず出る事に決めた。


「さて、どうやったら死傷者を減らして終わらせられるかね……」


 そんな事を考えながら地上へと降りていった。

 その時、見慣れてきた黄金の光が体から放たれ始めた事に気がついた。


『死者を減らしたいのね?』


 頭に響く彼女の綺麗な声に「ナイスタイミング!」と返せば彼女の嬉しそうな笑い声が返って来た。

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