第140話




 戦争を行っていたはずの互いの兵士は足を止め、全員が揃って空を見上げた。


 昼間でありながらも周囲を暖かく照らす黄金の光。

 それは強い恐れと同時に親愛、友愛、博愛、慈愛、どれともつかぬ暖かい想いを無理やり引き出されるほどに力を持った光。


 一人、また一人と武器を落とし地に膝をつく。


 そんな最中、一人のうわずった声が響く。


「カ、カイト殿が……神であった?」


 連合軍の総指揮を取っていたメイソン将軍が力なく座り込み声を漏らす。


「いいや、カイト殿は神に選ばれし者だ。獣人族を救いに来てくれているのだ。

 神の御霊をその身に降ろした時、あの神々しい光を帯びるそうだ」


「だから、国家間会議でも簡単には頼るなという事になったのか」と、彼はローガン少将やクレアたちが立ったまま見ていられる事に納得の意を示した。

 少し精神的に安定し始めた彼にローガン少将は再び声を掛けた。


「行こう。カイト殿が呼んでいる」


 その声に光を見上げれば、再び強い想いが引き出されるが確かに彼が手招きしていた。

 両軍の中心に下りたということはこの戦いに対して事であろうと、各国の指揮官を連れて彼が降りるであろう場所へと歩を進めた。





  ◇◆◇◆◇



『これより、女神アプロディーナの名の下に調停を行う。

 双方の指揮者は前へ!』


 ディーナに顕現して貰いながらも、拡声器を使い俺主導で彼らに語りかけた。

 彼女曰く『それっぽく言えば大丈夫』との事で一生懸命口調を変えて頑張っている。


 連合軍はローガンさんに手招きをしてあったので彼らはすんなり来てくれたが、ディンバー側がなかなか来ない。


 浮いている俺の近くに来たローガンさん、クレア、メイソン将軍と他三人が地面なのも気にせず平伏した。

 それを確認してディンバーの方へ再び目を向けた。


 拡声器を使っているのだから聞こえてないはずがないんだけど。

 この光の所為で立ち上がれないとか?


 そんな疑問を浮かべていれば数人が町の中へと消え、一人の男が前に出た。


「た、只今、王であるレガロ様を呼びに行かせました。

 わ、わ、私では役不足でしょう、から……」


 近くまで寄って来た男は、足が笑っていて平伏するのにも一苦労な有様だ。

 その様に、敵ながら可哀相になってきた。


『今一度、言う。調停へと参った。

 これよりこの場では互いに無益な殺生を禁じる』


 そう。こっちの立場としてはディンバーを悪として裁くつもりはないのだ。

 ディーナの名前でそれやっちゃうと多分相当酷い事になるだろうからな。

 そこら辺は国に任せる案件だ。


「か、神は我らをお許しくださると……?」


 いや、許すとも言っちゃダメだよなぁ……

 なんて言おうか。

 よし、適当にディーナが優しい事を伝えて流そう。


『ディーナ様は知性と理性を持ち合わせた者を種族を問わず慈しんで居られる。

 これは獣人族という種を救う為の調停である。

 理性無い行いをしてしまった者は反省し、思い改め前へ進め』


 おし! それっぽい事言えた!

 ディーナどう?


 問いかけると彼女は俺だけに聞こえるように返事をくれた。


『完璧! 私もそれっぽく言う様にしてるけど、参考になるわ!』


 それは良かった。

 うん。彼も感動しているみたいだし問題なさそう。 


 ああ、早くレガロって奴来ないかなぁと思っていればチラチラとクレアがこっちを見ている。

 俺が演技しているという事を理解している様だ。

 一瞬だけニヤリと悪い笑みを浮かべる。

 すると、彼女も合わせて悪い笑みを返した。





  ◇◆◇◆◇



 レガロは王座に座り、落ち着かない様子を見せていた。


 本来であれば、一万対六千という最初の戦いでゼラムは落ちていたはず。

 それだけの戦力差があったことは今でも疑っていない。

 だが実際にそれは覆された。なんの伝令もない程に一瞬で。


 大変拙い状況だ。


 いくら自分に自信があったとて、数千を相手取れると思うほど愚かではなかった。


「こ、此処さえ、此処さえ勝てばアマネはおろか、世界は俺の物なのだ!」


 彼に引くという選択肢は残されていない。

 獣王軍をだまし討ちし、獣王となった兄と甥を手に掛け国を簒奪した。

 もう全てを手に入れるか死かの二択であることは明白であった。


 だが、勝利するには最低でも両軍半壊滅という事態になっていなければ難しい。

 数に大差がないのだから不利とはいえあり得る結果。

 しかし初戦は六千で一万の兵を落とされている。

 その未知の力がここでも振るわれていたら絶望的である。

 そもそも数で負けているのだからどちらにしても危うい。

 そんな思いから彼は王座で貧乏ゆすりを続けていた。


 そこに伝令の兵が入って来てレガロは立ち上がる。


「どうなった! 報告しろ!」

「ハッ! その……女神様が御光臨なされました。レガロ様を呼んでおられます!」


「はぁ?」と間の抜けた場にそぐわぬ声が響く。


 兵士は今一度同じ報告を行った。


「貴様は何を言っている……殺されたいのか?」

「冗談では御座いません! お待たせしてはならないのです!

 どうか、今すぐに外をご覧になって頂きたい!!」


 平伏したまま声を張り上げた兵士を近衛に拘束させ、レガロはすぐさま城のバルコニーへと出た。

 戦場となっている方角へと視線を向ければ、確かに神のものとしか思えない神々しい光が見える。

 その場でレガロは声を張り上げた。


「報告者を連れて来い!! なんと、なんと言われたのだっ!?」


 近衛が拘束したままに連れてきたが、彼らも黄金の光を目にし思わず手を離した。

 伝令の男は再び膝を付き、報告を行う。


「調停に参ったと。双方の指揮者を呼べと申されました」

「ちょ、調停だと……ふざけるなぁ!!」


 調停。その言葉は彼にとって死刑宣告に等しかった。

 獣王国の者が連合に所属している以上、落としどころなど最初の一手から存在していなかったのだから。


 だが、ここで逃げても同じ事。

 世界からお尋ね者にされて少し生きながらえる時間が延びるだけ。


 そんな屈辱は堪えられんと彼はミスリルの装備を身に着け、覚悟を決めた顔で歩き出した。


 神の光が帯びる方へと。




  ◇◆◇◆◇



 遅い……

 まあ、城へ呼びに行ったんだから仕方ないけどさ。

 この変に緊迫した空気のまま居るのってお互いにめっちゃ精神疲労するんだぜ?


 早く来いよと苛立ったままに城を見据えた。

 おっと。それを察したディンバーの兵士がビクビクし始めてしまった。


 まあ、いつまでも浮かんでないで地に下りるか。


「カ、カイト殿、女神様は本当に調停に……?」

「ああ、うん。ディーナと話す? 今なら俺と繋がってるから話せるよ」

「そんな! とんでもない!」


 メイソン将軍とそんな話をしている間に各国の王たちも集まってきていた。

 彼らも平伏し後はレガロのみを待つところとなった。


 再び全員が頭を垂れて静まった空間が訪れた。

 すっごい居辛いなこれ。


 ねぇ……これ、どうにかならない?


 間が持たないのでディーナに場繋ぎを頼む。

『えぇ、女神の私に場繋ぎ頼むの!? 仕方がないわね……』と言いながらも楽しそうだ。


『我が星に住まう愛する子らよ』


 俺から放たれる声が女性のものへと変わった。


 相変わらず違和感が半端ないんですけど……


 これは俺ではないと半分目を瞑って薄目で見渡し、女神と交代した事をアピールした。

 大半の者が一斉に顔を上げ、驚愕の顔を見せると再び頭を下げた。


『我が盟友サオトメ・カイトが我の願いにより、獣人に科された残酷な試練を代わりに受けてくれる事と成りました。

 彼に失礼をしてはなりません』


 お、友達に昇格した。やったね!


 誰かが小さな声で呟いた。

「ざ、残酷な試練……」と。


『そうです。この地で言う百階層を超える強さを持つ魔物がこの地を襲います。

 一度出会ってしまえば、抗うこと敵わず逃げること敵わぬでしょう』


 彼女の声に再び顔を上げる一堂。


『今、現時点ではカイトでも敵いません。

 ですから彼が力を付けるのを妨げてはなりません。

 獣人種を救うには、彼の手を借りる他道はないのですから』


 彼女はそう言い終わるとゆっくりと光を収めていった。

 その際、俺に向けて『これ以上は耐性がない子には長過ぎるからやめておくわね』と言い帰って行った。


 ああ、狂信者を作っちゃうからか。

 了解了解。


「ああ、帰ったみたい。もう大丈夫だぞ」


 そう言ったものの全員顔は上げたが立ち上がらない。


「御使い殿。いや、女神様の盟友であれば神と呼んだ方が……?」

「いやいや。俺は人だよ。普通にカイトで良いよ」

「御使い様、この度は大変なご無礼をしてしまい大変申し訳なく……」


 神と呼ぶ方がいいかと問いかけたワール王は「とんでも御座いません」と恐縮し、ボルト王も御使い様とか呼び始めてしまった。

 ボルト王が謝っているのは建国を反対したことだろう。

 でも最終的にはほぼほぼ認めてくれたじゃん。


「失礼じゃないから。

 自国や獣人を守る為に行動したんだから当たり前、というか立派な行動でしょ」

「な、なんとありがたきお言葉……」


 ううむ。

 正直恐縮するのはディンバー側だけでいいんだけど、そう上手くはいかないか。

 そこで漸く獣王国の中から人がぞろぞろと出て来た。

 やっと話が進むとそちらに目を向ける。


「貴様らぁ! 何を勝手に平伏している!

 こんな茶番に騙されるなど、恥じを知れ!」


 そう言ってミスリル装備に身を包んだ男が兵士を連れて参上した。


「レ、レガロ!! 貴様ぁ!」とクレアが怒りに染めた顔で立ち上がり「あ、こいつがレガロね」とちゃんと表に出て来た事に安堵した。


「お前は流石に許してやれないよなぁ……

 必要のない奴も殺したくないから一騎打ちなら受けてやるけどどうする?」

「黙れぇ! この神を語る愚か者がぁ! 近衛、こいつを叩き切れ!」


 光をまともに受けていない彼らはまだあちら側の様だ。

 ディンバー軍全員が平伏したままだというのに。

 近衛兵と呼ばれた彼らは苦い表情を見せながらも切りかかってきた。


 ちょっとカッコつけちゃおうかなと『瞬動』を使い一瞬で全員の武器を弾き宙に舞い上げた。

 これくらいの力量差でスキルを使えば多分見えないだろうと元の場所へと戻り、剣を収める。

 舞い上がっていた剣が後から落ちて音を立てた。


「こ、これが神の御業……人がどうこう出来る次元じゃない……」


 近衛は己の武器が落ちてきた事を確認すると、その場で動きと止めて固まった。


「逆らえなかっただろうことを加味して今のは許す。けど次はない」


 そう告げれば彼らは尻餅をついて呼吸を荒くしていた。


 どうしたんだ?

 許すって言ってんのに何故過呼吸になる!?


 そんな疑問を感じながらも視線を切りレガロという男の前に立つ。


「どうした……人の命を自分の欲の為に奪い続けて来たんだろ。

 まさかこれだけの事をしてるのに自分の命を賭けるつもりはないのか?」

「お、俺は獣王国の王だぞ! 何故俺が命を賭ける!!」


 まあ、そりゃそうか。

 いつの世も命賭けるのは末端だよなぁ。


 けど、戦国武将の逸話とか見てると一国一城の主ってそうあるべきなんて希望を持ってしまうんだよな。

 庶民としては。


「一騎打ちをやらないというのなら、俺がやるのも違うのかな……

 王様方はどう思います?」

「御使い様の御心のままに」


 ワール王の言葉に二人の王も同意した。


「ならば、わらわがやる!

 わらわはこいつを許す訳にはいかんのだ!」


 いやいや、強いんだろ?

 危ないから。


 そう思ってローガンさんに視線を向ければ、彼は立ち上がって剣を抜いた。


「であれば、私がやりましょう。クレア様の剣として」

「うん。わかった」


 そう話している間に、何故かレガロはディンバー軍の兵士を数人切りつけた。


「立てぇぇ! 立ち向かわねば死罪だ! ぶっ殺すぞ!!」


 なっ!?

 何でそいつらを切るんだよ!!


 そう思いながらもいつもの癖で瞬時に動き『ヒール』を掛けた。


「じゃ、邪魔をするなぁぁぁ!!」


 激高して切りかかって来たので「こっちのセリフだ!」と裏拳をくれれば光となって消えた。

 魂玉がぽとりと落ちる。


 え、あ、ちょっ……死んじゃった……の?


「ご……ごめん」

「レ、レガロを拳一つで……」


 やっちまったぁ!

 き、切りかかって来たんだからいいよね?

 俺、悪くないよね?


 一番怒りそうなクレアに視線を向けた。


「く、くははは、最高だ! 衆人環視の中、拳一つで死におった!

 クズの末路として、当然の報いであろうなぁ!!」


 おお……許された模様。というか喜んでる。

 大丈夫そうだけど、一応謝っておこう。


「悪いな。まさか軽めに放ったパンチで死ぬほど雑魚とは……」


 そこら辺の盗賊並みだった。

 これならクレアでも倒せたかもな。


「うむ。わらわも驚いた。だがすっとした。

 これで兄様に顔向け出来る。ありがとうなカイト」


 いつもは天邪鬼な気質を持つクレアから心の感謝を示され、少し面食らったが思いの外綺麗に片が付いた様で俺も安心した。



  ◇◆◇◆◇


 こうして、聖獣王死後に起こってしまった戦争が終結の時を迎えた。



 後に聖獣王簒奪の乱と名付けられた最悪とも言える戦争と語られた。

 その中で、獣人史に永遠と残されるであろう伝説となる奇跡が起きたという話が各地で噂となった。


 一連の話を手記に残し、一躍有名人になった男が居た。


 その手記の一部には――――――――


 おれっちは誓うんだぜ。あの日の事を生涯忘れないと。

 特攻して命が尽きるはずだったおれっち。

 だが神の光が降り注ぎこうして生きているおれっち。

 そう、おれっちは神に生きろと言われたんだぜっ。Byベンジャミン


 ――――――と綴ってある。


 これは彼が認めた手記の最後の部分を引用した記事となる。


 彼ベンジャミンは戦争を経験後、兵士を辞め手記で一躍有名人となった後の生を、神の伝道師として語り過ごしたという。

 それを神がどう思っているかは定かではない。


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