第137話



 今日も今日とてダンジョンへ、と家を飛び出したはいいが向かおうとする前に通信魔具が光った。

 これはローガンさんへと渡してあるものの相方だ。


「はーい。なんかあった?」

『軽いな。これより我ら戦場へと出る事になった。その報告にな』


 軽いと突込みを入れているが彼も気負った感じは一つもない。

 彼らは一足先にゼラムへ入り、用意された宿舎へと泊まっている状態だ。 

 その状態で戦場に出ると言うという事はもう確実に開戦ということなのだろう。


「早速始まったんだ。場所は変わりない?」と一応再確認を取る。


『うむ。町近くに防衛線を張ると聞いている。カイト殿はどうするのだ?』

「あー、どうしようかな。しょっぱなから行って殲滅しちゃった方がいい?」


 正直、それが一番楽だ。

 まあ虐殺になるだろうし精神的にはあんまり楽じゃないんだけど……

 何が欲しいんだかわからんが、なんでまあ戦争なんて馬鹿馬鹿しい方法を取るんだか。


『うーむ。どうであろうな……

 我らにとってはそれが一番だが、どう思われているかはわからんな』


 ああそうだ。ピンチになったらって話だったんだ。 


「んじゃ、とりあえず俺も現地に行くよ」と通信を切って転移した。

 もう出立している様なので『テレポート』でゼラムへ飛び『フライ』で飛び上がればローガンさんたちがワール軍と共に向かっているのが見えた。

 そのまま合流しようかとも思ったが、一先ずは敵兵力の視察に行くかと町の外へと飛び去る。


 町を通り過ぎてすぐの場所に沢山の兵士が集まっていた。

 これがこっちの連合軍だなと通り過ぎて、敵兵の確認の為に獣王国方面へと飛んだ。

 するとすぐに一万近く居るであろう兵の姿を確認して引き返す。


 こちらの連合軍であろう兵士たちの近くに降りて、一応ワール王から貰った大佐の徽章を胸に付けた。


「おい、人が飛んできたぞ!」

「見た。なんだありゃ」


 大勢から指をさされて走ればよかったと後悔するが、このまま立ってても仕方がないと声を上げた。


「ワールからの援軍だ。偵察として一人で先に来た。

 敵兵の場所と数を見てきたんだが、指揮官は居るか?」


 徽章がワールの身分を示すので混乱させないようにワールからと名乗ってみた。

 しばらく待つとロンゲで物凄いタレ目のちゃら男が髪を両手でかき上げながら出てきた。


「へへっ! おれっちがゼラムの英雄、ベンジャミンだぜっ!

 指揮官はおれっちの他に居ないとおれっちは思ってるんだが、どうかな?」


 はぁ?

 それ、俺に問いかけて何か意味ある?

 彼は両手の親指で自らを指して全力アピールをしてきた。

 どうしよう……また変なの出て来た。


「おい、ベンジャミン! 邪魔をするな!!

 失礼した。私がゼラム軍を統括するメイソン将軍だ。

 大佐の徽章を付けているということは、貴殿がカイト殿でいいのか?」


 ……え? ベンジャミンはなんなの?

 ただの冷やかし?

 そんな混乱をさせられながらも気を取り直して彼に頷いた。


「敵はどの辺りだ」

「半刻と経たずに来るラインでしたね。数は一万程度」

「一万、やはり間違いないのか……」


 俯いて目を伏せるメイソン将軍。

 様子を見るに、距離も人数も把握していた様だ。間違いであって欲しいと思っていたのだろう。

 確かにこっちは六千程度だが、この世界の戦は数じゃない。


 だと言うのに負け濃厚と言わんばかりの顔をしている。

 だから彼に「どうします?」と尋ねてみた。


「何がだ?」

「ピンチだって貴方が言うだけで蹴散らしてこれますけど」

「……正直言うとな、ピンチなのかもわからんのだ。

 聖獣王様のおかげでここ六十年は戦争など一つもなかったのでな」


 ああ、なるほど。


「それは確かに厳しいですね。けどまあ危なければ言ってください。

 いつでもひっくり返して見せますから」


「随分大きく出るのだな」と目を見開く将軍の後ろから、陽気に出て来たベンジャミンが中二病の様なポーズを取った。

 間違いなくこいつほどじゃないよと声を大にして言いたい。

 そんな面持ちでベンジャミンに視線を送った。


「ハハッ!

 キミが如何ほどかは知らないが、おれっちが居る限りその時は訪れないんだぜ?」


 ジェレといいベンジャミンといい、本当に強いのだろうか?

 ちょっと戦わせてみたくなってくるな。


「おいおい、調子に乗るのはこの俺様に勝ってからにしな」


 この声は、と振り向けばジェレが居た。

 噂をすれば影というやつか。変なことを考えるんじゃなかった。

 後ろにジェレ、前にベンジャミンと囲まれている。

 メイソン将軍が居る手前、強引に離脱しづらいな。

 本来であればうるせぇ黙れと一蹴したいんだが、それをすれば俺まで変な目で見られてしまうかもしれない。


 やっぱりローガンさんと来ればよかった。

 あ、もうすぐ到着するだろうし、それを理由に抜け出そう。


「じゃあ、俺はローガンさんと合流するから必要なら声を掛けて下さいねぇ」


 そうして自然に距離を取れば、再びローガンさんから通信が来ている事に気がついた。

 これで自然さ倍増。ナイスタイミング!


「はいはい。今連合軍が集まっている所に着いたところですけど、なんでしょ?」

『そ、そうか! それでどうなのだ!? もう、敵は来ているのか!?』


 声の主はクレアだった。

 彼女は『こんな戦いに王となるものが参戦しない訳にはいかないのだ』とアマネさんの肩身が狭くなる様な事を豪語して無理やりに参戦している。

 そのお陰でルナ、ノア、エヴァの三人も付いてきてしまった。


 全く……こんな所に来ても良いことなんて無いのに。


「ああ、来てるぞ。接敵まで半刻ってところだ」

『おい、ローガン急ぐぞ!』


 急かされたローガンさんが『クレア様、本隊はもうそこに見えているので落ち着いて下され』と返事が返る。


 見えるってことはあっちに行けば合流できるなと、人ごみを掻き分け町が見える側へと出た。


「あっ! カイト、逢いたかった!」と飛びついてくるエヴァを受け止めれば、皆が集まってきた。


「おっす! 元気そうだな、若僧ども!」

「だからいい加減に若僧はやめろと……」


 明らかに元気がない若僧に叱咤激励の言葉を送ろうと思ったのだが、迷惑そうな目を向けてきた。


「はぁ……いつまで気が付かないつもりなんだ。

 お前らがどうして若僧と呼ばれるか、その理由を教えてやろうか?」

「はぁ? そんなのお前のさじ加減だろうが!」


 不安でイライラしているのか、八つ当たりの様な物言いをしてきた若僧。


「違うね。俺にはお前らを名前で呼べない正当な理由があるんだよ」

「そんなもの、ある訳がないだろ」


 そう言ってふて腐れた顔をする彼らに「もしあったらどうするんだ?」と挑戦的に問いかける。


「ふん、俺たちが納得する理由が本当にあったのなら、敬意を込めてカイト様とでも呼んでやるさ。

 俺たち全員が納得すればな!」


 彼の声に他の若僧も賛同した。

 その声に「言ったな?」と言い返してニヤニヤと彼らを見つめる。


「お前らを名前を呼べない理由はだな……」


 じーっと見つめて若僧を焦らす。


「なんだ、あるなら早く言ってみろ!」


 ふふ、堪え性のない若僧め。

 いいだろう、教えてやろう!


「お前らはまだ一度も名前を名乗っていないからだ!

 俺は名乗ったのにな! この、常識知らずの若僧どもが!!」


 彼らは時を止めたごとく動きを数秒止めると各々出会いを思い出そうと考えこんだ。

 そして額に手を当てて「そうだった」とクスクスと笑う。


「納得した。そりゃ悪かった。

 まあもう大佐な訳だし、カイト様と呼ばせて貰うよ。

 俺はローガン少将の補佐官、トマス大尉だ」


「うむ」と大仰に頷けば、他の奴らも俺も俺もと名前を一斉に名乗っていった。


「おいい! そんなに一斉に言われても覚えられるかぁ!

 一番だったし、謝罪したトマス大尉以外はお前らはまだまだ若僧だ!」


 そう言って叱り付ければ彼らは楽しそうに苦笑していた。


「ははは、名乗っておらなんだとは知らんかったわ。そりゃ呼べん」


 と、ローガンさんも揃って笑っている。


 そんな談笑を続けている最中、メイソン将軍がこちらへと顔を出した。


「ローガン、久しぶりであるな」

「ええ、メイソン総大将閣下もお変わりない様でなにより」

「閣下は止めてくれ、そんなものじゃないだろ。お互い」


 そう言って親しげに肩を叩くメイソン将軍。

 二人はどうやら旧知の仲のようだ。


「ああ、伝えたい事があったのだ。カイト大佐、宜しいか?」


「なんでしょうか?」と彼と向き合うが、後ろでノアたちが「カイトが大佐だって」と呟いて笑っている。

 やめなさい。


「本国に連絡を取り先ほどの大佐の疑問を投げてみたのだが、被害を減らせるのであれば是非とも待たずに好きにやって貰いたいとの返事が来た」

 

 彼はそこで言葉を止めて「構わぬか?」と悲痛な顔で問いかけてきた。


「おお、本当でありますか? はっはっは、そりゃありがたい!」

「ローガン、部下を死地送るというのに……お前性格変わったか?」


 そんな二人の話を見守っていれば、クレアが何故か俺の背に張り付いた。

 クレアとはそういう仲じゃない。

 どうしたんだ彼女が警戒する先を見れば、奴が居た。


「カッカッカ、そりゃちげぇぜ大将さんよぉ!

 なぁカイト! 一発かましてやれ!」


 ……一々慣れ慣れしいんだよなぁ。

 まあ、喧嘩腰よりはいいんだけどめんどい。

 それと命令すんな。


「へぇ、キミがおれっちに続くニュービーってことかい?」


 ジェレに続いて来た男は両手の人差し指で俺を指した。

 体をくねらせている様が異様に腹立たしい。


 ベンジャミンまで来やがった。

 人を指でさすのは失礼だってのに両手でやるとか……

 こっちではそういう常識は存在しないのだろうか。

 いや、それは日本だけだったか?


 どちらにしてもこれはもう戦略的撤退をするしかないと『フライ』で飛び上がる。


「じゃあ、まず降伏勧告してきますけど、良いですか?」

「あ、ああ。武装して不当にゼラム領へと行軍しているので、問題は無いが……」


 彼はゆっくりと首を横に振り「何をしても降伏はありえんぞ」と諦め顔を見せた。


 だが、相手は盗賊ではないのだ。

 恐らくはしぶしぶ降伏した国の兵士が殆どだろう。

 せめて敵わないということを示して、戦いから降りるチャンスだけは与えてあげたい。

 その旨を伝えてその場から緊急離脱した。


「おい、わらわも連れていけぇ!」と声が響くが、聞こえない振りをした。


 少し離れてから振り向けば、クレアが凄い勢いで追ってきていた。

 それに続き、他の皆もそれに追従している。

 何故か、ジェレとベンジャミンも一緒に。


 連れてくんな!


 少しでも離れたい思いを込めてスピードを上げたが、敵軍も結構侵攻してきていた様で、直ぐに着いてしまった。

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