第135話


 ワール王が去った後も、俺たちの話し合いは続いた。


 状況が変わってしまった為にもう一度説明をして、村の皆にこれからどうするかを尋ねたのだ。

 もしかしたら故郷に帰れるかもしれないのだと。

 今回は話を聞きたいという声が多かった為、四十人近くの人が壁際に立ち俺たちの話を聞いている。

 状況の説明が終わり、彼らに向けて問いかけた。

 これからどうして欲しいと考えているのかと。


「我らはアマネ様の決定に従います。

 唯一つ願うのであれば、アマネ様やクレア様が心健やかに過ごせる環境を選んで頂きたい」


 若者たちはアマネさんの戦う覚悟を聞き感動に震え、爺さん連中は心配そうに涙を浮かべていただけあって、彼らの発言は彼女たちを想ったものだった。

 お前たちも言いたいことを言っていいんだぞとルナたちに視線を向ける。


「私は断然新天地だなぁ。だって村もう無くなっちゃったもん」

「いやどっちにしてもお前らの居場所は作るから、変な心配はいらないからな」


 不安そうに言うルナに返した言葉だったが「そこは信じてるけど、思い出もあったから思い入れが強くなる場所が欲しいな」と返されて返す言葉を失った。


 今でも必要な事だったと思っているが、彼女たちの思い出の場所を完全に無くしたのが自分だと思うと申し訳ない気持ちが浮かぶ。


「勘違いしないで。カイトは良いことしかしてない。

 悪いのは人から全てを奪っていく盗賊たち」


 顔に出ていたらしくエヴァが頭を撫でて慰めてくれた。

 それを聴いたルナもエヴァの言葉に同意する。


「おう。わかった。ルナたちは新天地希望な。

 それでアマネさんはどうするんだ?」


 撫でられていることに気恥ずかしさを感じながらもアマネさんに視線を向ければ難しい顔で考え込んでいた。


「私がこんな事を言っていいのかわからないのだけど……

 取り返せたとしても国を治めるという事に素人に近い私が、この難しい状況でやっていけるのか強い不安を抱えているわ。

 他の者に任せた方が安定するだろうという思いが消えないの」


 王妃として多少の教育は受けたが、彼女は元々婚約者ではなく恋愛結婚に近い形での結婚と成った為、勉強した期間は短いのだと言う。


 あぁ……カミラおばちゃんと同じ様な状況か。

 確かにワイアットさんみたいな人が居ないと厳しい状態に追い込まれそうだな。


 考えていた所為か『あらあら、お菓子食べる?』とニコニコしているカミラ女王の姿が頭を過ぎる。


 ……カミラおばちゃんよりは良い治世をしてくれそうだと思うが、本人がそう思っているのであれば無理にやることもないだろう。


「嫌ならやらなくていいと思うよ。

 この現状だし、仮に降りても誰かが勝手にやってくれるだろうから」


 カミラさんだって本当ならばやりたくなかっただろう。仕方なく責任を感じてその座について相当悩んだんだろう。

 責めてしまった部外者の俺に申し分けなさそうに謝罪の言葉を返すくらいには。


「そ、そんなのはダメだ! 仮に母上が降りるならばわらわがやる!」


 クレアが立ち上がり、こちらを睨み付けた。


 こいつが王様かぁ……

 しかしこいつも王族だけあって自国の民を救うんだという気概を強く抱いている。

 少し考えを巡らせれば、案外悪くないのではとの結論が出た。


「ああ、それで良いんじゃないか?

 血筋は完璧に正統なんだ。それならやる気がある奴がやった方がいい」


 その後、変な沈黙が訪れた。

 言った本人自身が反対意見が出ないことに困惑して視線を泳がせている。

 本当に此処で乗っていいのか、そんな思いが双方から滲み出ている。


 何で言い出したクレアが迷ってんだよ。

 どっちにしたってアマネさんの次はクレアだろ?

 民主主義じゃねぇんだし、どっちも素人同然だってんならどっちでもいいじゃん。


 あれ……それ以前によく考えたら俺が口出す問題じゃなくね?

 なんで部外者が出しゃばってんのとか思われてないかな?


 けどローガンさんも口出す感じじゃないし、アマネさんがお手上げしちゃうと纏める奴が居ないんだよな。

 とりあえず俺の意見として纏めて置くか。


「案外良いかもしれないぞ。

 物怖じしないし、自国の民を守る気概は持っている。

 不安なのはリスク管理が出来るのかというところくらいじゃね?」


 図々しいが道理を無視するような奴じゃないし、人を引き付けるカリスマ性も多少は持っている。

 ただ、戦闘面では無茶をしようとしたりとやんちゃなのが偶に傷だが。


「まあ、俺の意見ってだけで決めるのは国の人だけどな」


 散々言いたい事を言ってしまったから無責任感が強いが、後は自分たちで考えてと決断を投げた。


「た、確かにそうかも知れん。

 お転婆ではあるが、勉強さえしてくだされば王太子殿下と比べても遜色はない」


 黙りこんでいたローガンさんが口を開けば、他の人たちも意見を述べ始めた。


「地頭は良いから家庭教師から逃げなければ完璧なのにと聞いた事がある」

「私は歴史担当でしたが、よくお逃げになられていた割りに成績は悪くありませんでしたな」


 皆からよく逃げると言われ「うぐっ」とたじろぐクレアを他所に、お年寄り連中が彼女を評価する。


 ああ、そうか。

 村人っていう風に思ってたけど元々は城で働いていた奴らだったんだっけ。


「クレア、外に向けてやると宣言してしまったらもう逃げられませんよ?」


 アマネさんは心配そうにクレアに問いかける。


「に、逃げなどしない! やってやるのだ!

 亡き兄様に誇れる自分である為に、わらわは逃げない!!」


 彼女の宣言に、感極まった爺さんたちが「なんとご立派な姿か」と咽び泣く。

 俺も正直感心せざるを得ないので心からの拍手を送った。


「まあ、どっちにしても一度腰を落ち着ける場所を作ってそこに住むんだ。

 新天地の意見も出たし、予定通りどこかで村づくりでも始めようぜ」


「その前にゴブリン討伐だけどな」と付け加えて話を終えた。


「ハッハッハ! 忘れてねぇ様で安心したぜ!」

「ゲッ! 何故ジェレが……何時の間に入ってきたのだ。ここはわらわの家ぞ!」


 何やら陽気で悪そうな顔をした不細工がいきなり入ってきたと思ったら、クレアの知り合いらしい。

「友達か?」と問いかければ「ふざけるな!」と怒鳴られた。


 確かに不細工で悪そうな顔してるけど、俺に当たらないでよ。

 あれ?

 もしかしてこっちではイケメンなのか?

 相当に歪んだお顔をしていらっしゃるが……


「相変わらずお転婆だなぁ。それに俺は王弟だぜ?

 この国で入れない場所なんて早々無いのさ」


 いやいや、入れる入れないは別としても、人の家に勝手に入るのはダメだろ……人として。


 そんなことを考えながらも、ちょいちょいとノアたちをこっそり呼んで「あいつって世間一般的に見てカッコいい部類?」と気になったことを問いかけてみた。

 エヴァは「ええとぉ」と唸り答えを返せないでいるが、ノアとルナが「まあカッコ良い方」と言っていたのでやはり俺にとっての不細工はカッコいいという事になるようだ。


 いや、ちょっと待て。

 それだと、俺がもの凄い不細工って事になっちゃわない?

 確かに結構味はあるが、普通だよ、普通。


 俺しかわからない感覚なのにそんな事考えても仕方ないかと思考を止めれば、奴はアマネさんの所に立っていた。


「ジェレ、久しぶりね。

 でも勝手に入っちゃダメよ。

 それで、今日はただの挨拶?」


 アマネさんの口調こそは優しいが、冷たい目で言い放つ。


「まあそう言うなよ。アマネも壮健そうで何よりだ。

 しっかし俺が来てやった理由はお前らの要望なはずなんだがな」


 ……まさか、一人付けてくれって話じゃねぇよな?

 俺はちゃんと兵士って言ったんだから、まさかな。


「それで、ゴブリンキング倒すって言ってる奴はどれだ?」


 おおう……いや、諦めるな。

 こいつが兵士を連れてきて俺に預ける。

 そういう事だろ?


「俺だよ。兵士は連れてきたの?」

「あん? お前だけで倒せるって言ってたんじゃねぇのかよ?」

「そう言ったら確認はどうするんだって言い出したのはそっちだろ。

 その確認の兵士は連れてきたのかって尋ねたんだけど?」


 お前、それが人に物を頼む態度か。

 助けてくれって言葉に応じて来てるんだぞ?

 クレアが嫌がる理由がよくわかったわ。


「んだよ。カリカリすんなよ。俺が一緒に行ってやる。光栄に思えよ」

「まあ、別にいいけどさ。いいのか?

 現地までは抱えて飛ぶ予定だぞ。無駄な時間掛けたくないからな」

「飛ぶって、何言ってんだお前。

 まあできるならいいけどよ。失敗して落ちたらお前罪人だぞ?」


 明らかに信じて無いのに受け入れるのかよ……へんな奴だ。

 ワール王は気遣いが出来そうだったのに、どうしてこいつを寄越したんだろうか。

 実は俺、嫌われてた?


 まあいいや。こんな奴が同行するならば一刻も早く終わらせよう。

 地図を広げてテーブルに置き、ジェレに向けて問いかけた。


「上位種が発見された場所はどこ?」


 ワールよりも東は獣人のテリトリーじゃないので地理が頭には入っていない。

 きっちりと確認しておかなければと彼に尋ねた。


「ああ、ここと、ここと、ここだ。

 そのラインから想定するに、ここらの範囲だと思われる。

 わらわら沸いて来やがってよ面倒ったらねぇんだよ……

 本当に倒せるなら早めに頼むわ」


 思ったよりもちゃんとした答えが返ってきた。

 早くって言うのなら都合が良い。このまま行こう。


「んじゃ、いくぞ」と彼を無理やり肩に担いで家を出た。


「おいおいおいおい! こんな扱い初めてだぞ……俺は王弟なんだが!?」

「そりゃお前の対応が雑だからだ。同じことして責められる謂れはねぇ」

「くかか、そりゃちげぇねぇ! お前面白いな」


 早速『フライ』で飛び上がれば「うぉぉぉ!」と下の景色に大騒ぎするジェレ。


 上空まで上がり徐々にスピードを出していく。

 最高速度に到達する頃には目的地に近くなってきたので高度を下げる。


 地図のラインを超えて丁度中心にある平原に降り立った。

 聞いていた通りとてつもない量のゴブリンがいる。

 職業持ちの種とその上の将軍種まで大量に群がってきた。


「おい! これ、本当に大丈夫なのか?」

「まあ、見てなよ」


『マジックシールド』でジェレを守り『ファイアーストーム』を全方位に放ち『ファイアーボール』数百を散らばせた。

 視界が炎で染まり、爆音が連続で響き渡る。


 よし、半径百メートルくらいの距離に居たゴブリンは一掃出来た。


「な、なんじゃそりゃぁぁぁぁ!!」

「火の魔法だっての」

「そりゃわかるわ! なんで同時に何発もそんなに高出力で出せるんだよ!」

「それはローガンさんから聞けよ。もう教える約束してっから」

「何でだよ!? 教えるのかよ!!」


 うぜぇ……

 悪人って訳でもなさそうだが、何で一々責める様な口調なんだよ。


 あ、一際大きいの来た。あれがキングか?


 三メートル近い背丈にムキムキの体が強い圧迫感を感じさせる。

 憎たらしい見下した視線を向けニヤニヤと笑ってこちらに歩いて来ている。

 こういう魔物も偶に居るが、何故走らないのだろうと疑問に思う。


「おい、あれでいいんだろ?」

「お、おう。間違いねぇ。文献で見た通りだ」

「わかった。速攻で終わらせるからちゃんと見てろよ」


『ファイアーストーム』『ファイアーボール』を放ち、再び寄ってきた上位種を一掃させてからゴブリンキングの所へと打って出た。


 身体能力強化を発動し『一閃』と同時に『残光』を使い、切り付けながら後ろに回った。

 ゴブリンキングが雄叫びを上げている間に『五月雨』突きで魔石ラインをくり貫いて絶命させる。


 折角のキングなんだけど、やっぱりドロップは出ないのか。

 魔石だけを拾って戻るとそのままジェレを担ぎ上げ『フライ』で飛び上がる。


「ちょ! おい! なんか掛ける言葉はねぇのかよ!?

 あんな偉業を一瞬で達成されて空気扱いされた俺はどうしたらいいんだよ!?」

「自業自得だ。ちゃんとお家に帰してやるから黙ってろ」

「お、おおう……」


 おい、その状態になりたいのは俺の方だ。

 悪意は無さそうだから何かを言う気は今のところ無いが、面倒なのは変わらないので出来るだけ離れたいところ。


 そうしてアマネ邸前に戻り、彼を降ろして皆に報告した。

 何故かジェレが聞いても居ないのに「本当だぜ? この俺が見てたんだ!」と胸を張る。


 まあ、確認役で行ったのだから別段おかしな事でも無いのに凄く腹立つ。

 印象って大切だな……


 ゴブリンキングの魔石をあげれば王に報告に行くと居なくなったので一安心。


 俺は先ずはとクレアに謝った。


「あんなのを友達かとか聞いてごめんな」

「判ればいいのだ。いや、わかってくれてありがとう」


 そんなやり取りをすればアマネさんとローガンさんが噴出して笑った。

 彼女らも思うところがあるのだろう。


「じゃあ俺はダンジョンに行くから、何かあるなら今の内だよ」

「今日くらい休んだら?」


 とキアラに問われたが、ゴブリンの群れを見てオークの時を思い出した。

 あんな不利な戦いはもうごめんだ。

 自信が持ててディーナにお墨付きでも貰うまで気を抜くつもりはない。


「ありがとな。

 でも自分の命を守る為にも、皆を守る為にも、まだ休む訳にはいかないんだ。

 夜には戻るから。また後で」


 心配してくれたキアラを抱きしめてから飛び上がり、いつものダンジョンへと飛んでいく。

 やはり、狩場へとさくっと到達できるあのダンジョンは時間効率的に物凄く美味しいので、他も行きたいがついそっちに飛んでしまうのだ。


 そして今日も俺は六十階層のボスを倒す為にと雑魚狩りに勤しんだ。



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