第100話


 三人称視点

 ◇◆◇◆◇


『絆の螺旋』主催による会議が終わる頃にはもう日が沈んでいた。


 この高台を囲んでいたオーク共は一掃され、今はもう戦闘が完全に終結している。

 それにより教国軍はこれで作戦を終了し、明日国に戻る事を決めた。


『絆の螺旋』『希望の光』守護騎士、聖騎士、教国軍に寄る軍儀が行われ、滞りなく議題が進みもろもろの決定を下された。


 程なくして今後の討伐に関する話し合いは終了する。


 そうして一先ずの予定が決まると、あの話に戻った。

 決闘をさせろと言っていた話に。


 教国側はどちらにしても処分致しますがと付け、どうしたいかを尋ねた。


 カイト・サオトメは護衛二人に視線を向けて「どうする?」と問えば……


「やらせればいいのでは?」

「そうじゃな、了承が出ているのなら好きにさせて良いと思うぞ」


 と、二人の言葉により決闘を行う事が決定した。

 






 一夜が明けて早朝、教国の侍全員が集められた。


 城主サクラバが一人椅子に座り、その周囲に元サクラバ派の侍が控えている。

 一方、元教皇派の侍は敷かれた御座に正座させられていた。


「昨日、元教皇派の侍が再び聖人様に暴言を吐いたという話を耳にした。

 お前たちは聖人様を認めていないということか?」


 サクラバは決闘の場を成立させる為、元教皇派の侍に篩を掛けようとしているのだが、それを知っているのは彼だけ。場は緊迫した空気に包まれた。


「ち、違います! 私は聖人様に感謝しかありません!

 暴言を吐いたのはこいつらです!」


 ハツと共に止める側に回っていた女性が男二人女一人を指差した。 


「では、何故体を張ってでも止めん!

 ハツ、貴様もだ! 何故次はなどと緩い判断を下した!

 前回あのような事があったというのに、来てくださった聖人様にだぞ!?」

「申し訳御座いませぬ。

 群れを引いている最中であり、聖人様へと危険が及ぶ可能性を危惧致しました。

 ただ、それも杞憂でしかなかった様でしたが……」


 ハツの言にサクラバは「なるほど、それならば納得もいく」と怒気を緩めた。


「ちょっといいですか?」

「黙れ! 貴様の意見を聞く気はない!」


 サクラバはユキコから詳しく話を聞いていた。

 指された三人はもう彼にとって度し難い罪人であり話を聞く余地も無かった。

 問題を起こした侍の言葉を一蹴し話を続ける。


「残った三人はどう考えている。

 話を聞けば、貴様らもふざけた態度を取っていたそうではないか」

「正直に言えば、最初は女神様に指名されたにしては弱すぎるとガッカリしました。

 ですが、知により齎して頂いた恩恵の大きさを知り、思い改めた所存です」


「ほう、なるほど?」と、彼は次の人物に視線を回す。


「私もですね。彼に責が無い事は存じておりますが、失望は隠せませんでした」

「同じく……」


「要するに魔法を教わるまでは神客である聖人様に無礼を働いていたという事か。

 国が最重要と定めた人物を蔑ろにし続けていたと、そう言うのか……

 神託の言葉を無視し、小馬鹿にしていたと申すのだな?」

「いえ、そんな訳では……」

「貴様ら、忘れてはおらんか?

 常に傍付きでその場に居たユキコが戻って来ているということを……」


 彼女はサオトメに配慮し、不用意に情報を流す事はしなかった。

 だが今回の件で彼が決闘を選んだ為、その背景として必要だろうとサクラバにこれまでの全てを告げていた。


 サクラバは彼らを再び睨みつける。


「貴様らに最後の選択をやる。

 国に戻り切腹をするか、聖人様方と決闘をするか、選べ……!」

「聖人様に刃を向けることなどできませぬ。切腹を希望致します」


 ハツの言葉以降、沈黙が訪れた。


「決闘で勝ったらどうなるんですか?」

「その時は来る戦いに大きな貢献をするであろうと認め、恩赦をくれてやる」


 サクラバがそう告げた瞬間、四人が『決闘を受けます』と応えた。

 残る二人は切腹を受け入れると表明した。

 だが、最初に暴言を吐いたのはこいつらだと言った女性はどちらも選ぶ事が出来なかった。


「わ、私、そんなに悪い事はしていません!

 聖人様に剣を向けた訳でも暴言を吐いた訳でもないもの!

 こんなの絶対おかしいわ!!」


 ユキコの報告でも彼女は本当に何もしていなかった。

 ただ止められなかっただけ。切腹を申し付けられるほどの罪ではないと主張する。


「そうか。確かに貴様と切腹を受け入れた者たちの話は殆ど出なかったな。

 私も怒りで思考が鈍って居た様だ。いいだろう……

 其の方らは聖人様に許しを請い、受け入れて頂けたら切腹は取り下げよう」


 サクラバがそう告げると、彼女は少し目を泳がせた。

 自分たちが心象が悪い事は理解していた。


 だがサクラバにとってはもう本題は終わっている。


 反分子に決闘を受けさせ、その上で元教皇派の侍が改めてサオトメに謝罪をする事で少しでも禍根を減らそうという魂胆だったのだから。


 教皇派で唯一『絆の螺旋』が決闘を望んだ事を知っていたハツは、彼の去り際に「イチ様、益々ご立派に成られて」と呟き再び頭を下げた。


 ハツは彼を見送ると、振り返り言う。


「我らは連座として切り捨てられて当然の失態を続けてきました。

 此度の結果は殿の温情に寄るものです。それを忘れてはなりません」

「へっ! 殿様もだが、何を目当てであんなガキに入れ込んでんだか。

 温厚な俺もそろそろ愛想を尽かすってもんだぜ」


 その言葉に三人が剣を抜いた。

 それに応える様に決闘を受けた四人も剣を抜く。


「お止めなさい。

 今の裁定により全ての決着が着いたのですから水を差してはなりません」

「え? ハツさん、それはいったいどういう……」

「はぁ……漸くこのお荷物たちから開放されましたが、多くの人に迷惑を掛けてしまいました。殿に比べ私は……本当に不甲斐ない限りです」


 困惑する三人を引き連れて彼女もその場を去る。

 そうして残された決闘を受けた者たちだが、差たる困惑も見せずに戦いを終えた後の事を考え始めた。


「ねぇ、勝った後さ、面倒だから私たちで派閥作っちゃわない?」

「ああ、そうだな。オークごときであの体たらくな奴らだ。

 圧倒してやれば殿様も俺たちに舐めた態度は取れねぇだろ」



 二日間敵を引き、丸一日休みを与えられていた彼らは知らない。


 圧倒的格上との決闘を自ら受けてしまった事を。





 レナード視点

 ◇◆◇◆◇


 へっへっへ、流石カイトさんだ。話がはえぇ。

 昨日の今日でもう決闘だなんてよ。


 武士って名の兵士に案内されて天幕の中へとついていけば、調子に乗っていた男がへらへらした顔で中心に立っている。

 壁際には他の侍やお偉いさんたちが腰を掛けているってのに暢気なもんだ。


 俺たち用に空けてある場所にカイトさんたちが座り、俺一人中心へと出向く。


 しかしこの国の奴らはこんな馬鹿に権力与えて放置してるなんて、何考えてんだか。

 カイトさんがさっさと逃げ出すのも当然ってもんだぜ。


 まっ、うちの大将に詰まらねぇ思いさせたアホには思い知らせてやらねぇとな。


 剣を抜いて構えれば、案内をしてくれた奴が「双方、用意はいいですか」と問い掛けてきた。

「俺はいつでもいいぜ」と声を掛ければ「では、始め!」と決闘がスタートした。


 下から手招きをし「ほら、早くこいよ」と先手を譲ってやろうとしたのだが……


「なんだ、居合いのつもりか?

 大剣使いの癖に馬鹿なのか? いくら奇を衒おうが、俺には通じねぇぞ」

「あーあ、勘違いしちゃってるわ。残念な奴だなお前。まあ揉んでやる。はよ来い」


「減らず口を!」と『一閃』で突っ込んできた男に拳でカウンターを入れれば、その場で一回転して地に伏せた。


「おら、これで終りじゃねぇんだぞ? いつまで寝てやがんだ?」


 髪の毛を掴み持ち上げれば、完全に伸びていた。


 雑魚にもほどがあるだろ! せめてこの程度は耐えろよ!


「あ、わかった。お前ホントは寝たふりしてんだろ? そうなんだよな?」


 苛立ちを抑えきれず、ボディーブローをかませば男は咳き込んで目を開け、手を前に出してきた。


 魔法か!?


 と、何かされる前にと即座に下に叩きつけて距離を取った。


 やっぱり寝た振りだったのかよ。きたねぇ野郎だ。 


「おら、やんならさっさと来いよ。不意打ちしかできねぇのか?」

「ま、待て……な、何をしやがった……ゲホッ、ゲホッ……

 お前は、俺の『一閃』でもう死んでいるはずだ!」


 ……な、何を言ってんだこいつ。

 頭大丈夫か?

 まさか……カウンター食らって伸びてたのは演技じゃなかったのか!?


「おいおいおい! どうしようもないほどに雑魚じゃねぇか!!」


 んだよ。これじゃただの弱いもの苛めなっちまわねぇか?

 ああ、だからカイトさんも子供が騒いでやがるって程度で気にしてなかったのか。


 ま、こうなっちまったら仕方がねぇ。ケジメはケジメだ。

 ちゃっちゃとボコって終わりにするか。




◇◆◇◆◇


 終始レナードが剣を抜く事もないままに決闘は終わりを告げた。

 一方的に殴られ続けた男は気絶したまま端に転がされている。


 人数が多すぎるので下の子達は置いてきたが、教国の要望によりマリンさんやルーク『希望の光』の面子も勢ぞろいしている。

 恐らく、不和を撒き散らしたのは故意ではないというアピールだろう。


 そんな中、レナードが俺たちの所に戻ってきて不満そうにどかっと座った。

 

「うわぁ。レナード大人気なーい!」

「うっせ! 剣抜いてねぇんだから大人気あるだろうが!」


 エメリーとレナードがじゃれている間に、アディが前に出た。

 指名したのは横取りだと騒ぎ立てた男。


 俺としても四人の中で一番気に食わない奴だ。

 よし! ぶっとばしてやれ!

 

 そう思って居たのだが、開始と同時に終了した。開幕『一閃』で首を刎ねた。 


 おおう。レナードは殺さずに済ませたのに……

 あちらに残った二人は余りの一方的な試合に困惑し視線を彷徨わせていた。


「アディ……あなた、本当に容赦ないわよね」

「なんでよ! 痛い思いせずに終わったんだからめちゃくちゃ優しいじゃない!」


 そして次の決闘が始まる。

 

 次は俺の番だ。

 そう思って立ち上がろうとしたところでもう既に真ん中に人が居る事に気がついた。


「私はあの程度じゃ物足りない! お前と、お前! 二人掛りでこい!」


 何故か勝手に前に出たステラがそんな事を言い放っていた。


 お、お前! うちのギルメンですら無いだろ!?


 ルークが口をポカンと開けながらこちらを見て『これはいいのか?』と言外に訴えている。


 そう、当初の話し合いでは俺が出て残り二人とやるはずだったのだ。

 勿論、一対一を二回で……


 これは流石に止めた方がいいだろうかと思ったのだが、アディよりも明らかに幼い子が出てきた事で息を吹き返した二人が颯爽と受けてしまった。


 そして間もなく合図も無しに決闘が開始されてしまう。


 片方が女性だから俺もやり辛いと思ってたし、別にいいやとステラにそのままやらせる事にした。


 彼女は二人の猛攻を紙一重で交わしながら「もっとだ! 侍の力はそんなものか!? もの足りんぞ! 根性を見せてみろ!」と、稽古のように声を上げる。


 勝手に出てしまった事を知っているヒューイさんたちが、もう止めてと言わんばかりに顔を覆っている。

 流石のアンドリューさんも苦笑いだ。


 そうしてある程度切り刻んだところで「参りました」と二人が負けを認め決闘が終了した。


「アンドリュー! 本当の戦いをこいつらに見せる! 相手して!」

「あはは、リーズ君に本当の戦いができるかなぁ?」

「出来る! 早くするっ!」


 そう言って二人は向かい合い、ガチの切り合いを始めた。

 それはもう楽しそうに。


 明らかに段違いな速度に、侍たちが「おお!」と声を上げた。


 何をやってるんだこいつらは……と立ち上がり、イチノジョウさんに「お手数をお掛けしました」と一言挨拶をして陣を出た。


 俺たちの寝泊りしている車へと向かう途中、教皇派でも割りとまともな侍三人に引き止められた。


「聖人様、これまでの数々のご無礼、申し訳御座いませんでした!!!」


 いきなり地べたに顔をこすりつけるほどの土下座に思わずたじろいだ。


「どうか! どうかお許しを!」

「ええ? いや、許すも何もないですから……」


 そう。この人たちはまともな対応をしてくれていた侍だ。

 ハツさんと一緒にアホどもに注意していた側なのだから元より怒ってなどいない。

 そう思って返した言葉なのだが、周囲に勘違いをさせてしまったようだ。


「そ、そんな……何でも致します。どうかお慈悲を……」

「強さこそ全てとか言って粋ってたんでしょう。今更都合が良すぎないですか?」

「全くですなぁ。見事な手のひら返し、流石の私もビックリだ」


 リディアとアーロンさんが彼女たちに言葉を返したところで割って入った。


「待って待って。ヒナタさんたちは止めてくれていた側だから。

 だから許すも何もないの! ハツさんもそうだけど、元より嫌ってもいないよ?」

「ほ、本当ですか!?」

「うん。だから心配しないで。さっきので全部終わり。

 あれ? けど、この場にハツさんが一緒に居ないなんて珍しいね」


 そう問いかけてみれば、なにやら歯切れが悪い様子。


「トラブルでもあったの?」

「それが……ハツさんは今回の件に責任を感じ、ヘイハチさんと共に魔物の群れを討伐しに向かってしまって……」

「はぁ? なんでヘイハチさんまで……このことはイチノジョウさんたちは?」


「いいえ、独断です」とヒナタさんは力なく首を横に振った。


 聞けば通信魔具も持っていかなかったそうだ。


「はぁ……面倒な。

 まあ今から俺たちもそっち行く予定だし、見つけたら帰るように言ってみるよ」

「何から何まで……ありがとう御座います」

 

 はいはい、そういうのはもういいからと彼女たちを立たせて別れ、車へと戻った。


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