第94話
代わり映えもなく、ひたすらダンジョンに泊り込む生活を続けていたが、久々にギルドホールに帰ってきたらユキに時間を取って欲しいと頼まれた。
偶にある教国からの報告の話だろうとすぐさま了承した。
ユキが『城主よりサオトメ様へご報告の通信に御座います』と告げて、通信魔具を起動させる。
『聖人殿、サクラバ・イチノジョウより、ご報告申し上げる。
この度、神敵討伐の儀、第一弾を決行する事とあいなり申した――――――――』
イチノジョウさんが形式ばった口調で討伐作戦の内容を明かす。
あ、今回は直接話すんだ……って討伐始めるの!?
『三部隊に分けた侍により魔物の群を分離し誘導、のちに本体により方位殲滅し削る策を採用し、本日より行動を開始する所存。
聖人様のご意見を頂戴したく、お時間を頂いた』
そっか。話によると魔物の群も大分近づいてきてるもんな。
そろそろ動き始めなきゃ拙い頃合か。
「ああ、いいと思いますよ。じゃあ俺たちも行きますね」
『はっ? よ、宜しいので?』
「ええ。連合諸王国でやる事も終わりましたから。是非協力させてください」
うん。こっち来てもう四ヶ月以上経つ。
みっちり鍛え上げたから二十階層だった皆も二十七階層に行けるレベルになった。
流石ソフィアのヘイスト。物凄い成長率だ。
俺だってもう安全マージンとって三十九階層だがな。
こっちのダンジョンはヘレンズ並みなのでプラス五階層と考えていい。
そう考えるとホセさんなんかは低い難易度のダンジョンなら無理をすれば五十階層とか行けるほどだ。
報告で聞いているレベルの魔物なら早々遅れを取ることはない。と言いたいところなのだが、頬が引きつる様な報告も受けている。
「それで、魔物の規模なんですけど……間違いではないんですよね?」
そう、最近になってユキから魔物の規模の話を聞いた。
推定、五十万だと。
『当然数えられるものではないので推定、でありますな。
密度と範囲を測らせて、大凡という所です。
雑把な計算なので二十五万から百万程度の範囲だろうとしか言えません』
「こりゃ、本格的に危機感でますね」
弱いとはいえ東部森林の時の何百倍だよ! 多すぎだろ……
『ですが、戦えないほどに強い小規模の群よりはまだ勝率は高い。
さまざまな想定の中では、厳しくとも最悪ではないと考えます』
あぁぁ、確かにそうだ。
五十階層以上のボスが百匹出てきた方が詰むな。
どうやっても蹂躙されて終わる。
「そうですね。正直三十階層程度の強さであれば体力が尽きるまで死ぬ事はないくらいには鍛えてきたし、いっちょやってやりますか!」
『聖人様がいらっしゃるとわかれば士気は鰻登り間違いありません。
我らの策だけで乗り切るつもりですが、もしもの時はお頼み申す』
うん。やっぱりイチノジョウさんは頼もしい。
日程は今から侍に行動開始させるので早くても六日後。遅くとも七日後と言っていた。
軍を待機させる場所はガインの丘というところらしく、地図で見る限りではここカノンから三日か四日で行けるラインだ。
教国の一番西にある領地から俺たちなら半日程度で着く距離にある。
「もう魔物の群れはそこまで来ているんですか?」
『ええ。交代で引かせて六日、最寄の町まで一日。思ったよりも進行は早く、放置すれば三ヶ月も掛からずこちらに気がつくだろうと言ったところでしょうな』
なるほど。
元々聞いていたのも年内って話だったし、もう聞いてから五ヶ月くらい経つから大凡は想定通りって感じか。
こっちが出来ることってなんだろ?
一応俺からもカノンとか皇国に声掛けた方がいいのかな?
まあ、皇国はあれから音沙汰無しなんだけど……
「えーと、援軍は俺たちだけの方が良いですか? 一応、声掛けられますけど……」
『ええ。削る事が本題ですので、分断さえ成功すれば一万程度になる予定です。
待たせるだけ待たせて終わってしまうので、呼ばない方が良いでしょう。
この程度だと安心されても困りますからな』
ああ、そうか。これは前哨戦に過ぎないのか。
んじゃ、俺も気負わず構えていようかな。
「わかりました。六日後に現地に行きますね。
細かい話は合流してからということで」
通信が終わると集合を掛けてそのまま皆に集まって貰った。
「皆聞いてくれ、六日後にガインの丘って所で群討伐の第一弾が開始されることになった」
俺の言葉に皆ざわめき、一斉に質問の言葉が飛び交う。
それを手で制して続きを話す。
「敵本体は教国から七日ほど離れた距離らしい。
敵数は多すぎて測定不能だそうだ。推定二十五万から百万だと言っていた。
それを今回一万程度引き寄せる作戦らしい」
「い、一万ってカイトさん、そりゃ無茶じゃ……」
東部森林での戦いを経験した人員は頬を引きつらせた。
そう、一万という数がどれだけの脅威かわかっているからだ。
「気持ちはわかるけど、魔物は正直弱いし教国の兵士は八万だ。
妥当と言えば妥当だろ?
というかそれ以上少なく出来ないだろ。敵の数と距離考えれば……」
「そ、そうよね。八万だもんね?」
「ふむ。教国の兵は深層に入れる者が大半なのじゃったな。
であれば余裕なのかも知れぬ」
そう。二十五階層以上と言っていたの兵たちに『ヘイスト』を教えて数ヶ月。
流石にもう大半は深層へと到達しているはずだ。
「うん。俺たちは見学でいいってさ。
何か不具合があった場合に応援を頼みたいって言ってた」
「……私はあんたが飛び出して結局戦う羽目になると予想するわ」
「はぁ? 何言ってるの、馬鹿じゃないの」
見てていいよって言われてるのに、そんな迂闊な真似するはずないじゃん!
そう言ってリズとにらみ合う。
「まあ、いいわ。その為にこの四ヶ月全力で鍛えたのだし」
「おい! しないって言ってるだろ!? 不具合があった時だけ! 聞いてる?」
「それよりもじゃ。皇国やここカノンはどうなっとる。参戦はするのか?」
ああ、ダンジョンに篭りきりだったからそこらへん言ってなかったか……
一応カノンからも連絡貰ったんだったとホセさんの声に気を取り直して説明する。
「連合諸王国は国家間で話し合いが終わったって言ってたな。
魔物の群をちゃんと確認した連合諸王国の連中は割りとすぐ動けるだろうけど、今回どうなるかはまだ聞いてないよ」
「皇国は?」
アレクの言葉にざわめきが止まる。
数が数だ。皇国は嫌いでも援軍は欲しい。そんな思いが透けて見える。
「そっちは音沙汰無し。魔物の群を確認したら連絡寄越すって言ってたんだけどな」
ああ、今連絡してみるか。
そう皆に聞こえる様に言って通信を繋げる。
『……サオトメか。やはりあの件か?』
「ああ。こっちはそろそろ動き出すぞ。
魔物の群の規模は五十万で、そろそろ気づかれる頃らしいからな」
『くっ、もうそこまで……済まぬが、動けぬことになってしまった。
他国に向かう魔物の群に軍を出す事に諸侯から大反対を受けてな……
その次元ではないと説明したのだが、最終的には父上も折れてしまった』
あちゃぁ……そりゃ、通常時ならそれが普通だもんな。
「ルークの所為じゃねぇよ。それならそれで仕方ないって」
『少なくとも私が出せる兵だけは送る。それでどうにかするしかなさそうだ』
いや、お前が動かせる兵って……と思ったが聞けば精鋭中の精鋭である守護騎士を五十人送ってくれるらしい。
守護騎士は皇国最強だとリディアが言っていたし、侍とか特級とかと同等の錬度を持つ騎士だと思う。
それが五十も居るなら大分違うな。
「いいのか?」
『ああ。言ったであろう、確認が取れれば信じると。父上もこの事は了承済みだ』
へぇ、それはちょっと意外。ルークの独断かと思ってた。
「けど、大丈夫かな? その兵は俺の話ちゃんと聞いてくれる?」
『問題ない。私も行くからな。これを期に連合諸王国と顔繋ぎをさせて貰う予定だ。
討伐終了後でも構わん、仲立ちをよろしく頼むな?』
「まあ構わないけど、俺はカノン国王しかしらんぞ?」
『安全な場を用意してくれるだけで十分だ』
彼は『それだけか?』と問い「ああ」と頷けば『ではな』と通信を切った。
その直後、ソフィアが「うちにも報告するわね」と俺が持っているのより数倍大きな通信魔具を出した。
『あら、あらあら。皆元気してる?』
ああ、おばちゃんだと思わず頬が緩む。
「うん、ワイアットさん居る?」
『あら? わたしじゃダメなの?』
「うん。お姉さんだけじゃだめかなぁ?」
『仕方ないわねぇ……ちょっと待ってなさい』
そう言ってカミラ様はワイアットさんを呼んでくれた。
『待たせたな。定期報告外という事は動きがあったのか?』
その問いにソフィアに顔を向けて「何処まで伝えてあるの」と問う。
「当然全部よ。
貴方はうちのことを考えて頼らないつもりかも知れないけど、万全を期すのは当たり前でしょ?」
「そんな事はどうでもいいじゃない! ワイアット、まだ初動だけど動いたわ。
これから教国との合同作戦を――――――――――」
じれったそうに横からリズが入り、教国の作戦内容を伝えていく。
同時に、皇国と連合諸王国の対応も合わせて伝えた。
『カイトよ『希望の光』には声を掛けてある。彼らも是非にと言ってくれた。
代わりと言っては何だが、姫を戦場に出さぬようにしてくれぬか?』
ワイアットさんの提案に「「ふざけないで!」」とリズとソフィアが立ち上がり抗議の声を上げる。
「もうお姉さま、はしたないですわ。こういう時はこう言えばよいのです。
ワイアット、勝手に出ますので言っても無駄ですよ?」
アリスの声に『むう』とワイアットさんの唸る声が聴こえた。
またどっちも引かない話になりそうだ、と話を変えた。
「ワイアットさんは神託を信じていますか?」
『どうしたのだ、いきなり。本当か怪しくなる様な事があったのか?』
「いいえ、逆に確信を得るような事がありました。
なので力ある者は全員が協力して当たるべきだと考えています。
何故かは言わなくてもわかりますよね?」
『むぅ。言っている事はわかる。そこが大敗すればアイネアースも落ちるのだろう。
しかしな、勝利に終わっても大勢が死ぬじゃろう。そこが不安でならん』
確かに。
正直、敵の強さを思えば俺はうちの奴らを死なせない自信がある。
というかいざとなれば逃げるし。
だが、そこは実際に鍛え上げた経験がある人しかわからないだろう。
そう思うとどう返したら良いものかと言葉に詰まる。
頭を悩ませていたらリズが溜息を吐いて口を開く。
「ワイアット、気持ちは嬉しいのだけどこれ以上馬鹿を言うのはおやめなさい。
アイネアースを守る為にはここで力を合わせるのが最善なのよ。
それに戦場の死は全員が背負っているリスクなのよ?
国は貴方とあなたの後進が居れば回るわ。
これほどの危機なのだから貴方も腹を括りなさい」
『むぅ……正直なところまだ異論はありますが、言っても聞かないのでしょうな。
ですが、これで最後ですぞ。此度は大きすぎる危機だから認めるのです。
そこはわかってくださいますな?』
「「わかってるわ」」
リズだけでなくソフィアもワイアットさんの言葉に頷いたのだが……
「あら、私はこれを最後にするつもりはありませんわよ」
……おいアリス?
そこはお互いに折れてわかり合うところだろ?
ほら、他の皆も苦笑しちゃってるぞ?
「いいえ。これで良いのです。カイトさんはこれからも色々な危機に直面するでしょう。その時にあの時の約束がと言われても困りますの」
「……そ、そうね。それは私も困るわ」
おい、リズ! お前まで……
どう話を収めるんだよ!
「と、兎に角、今回に関しては了承を頂いたということで……」
『ええ。今回は、ね? でもお婿ちゃん、本当に娘たちをお願いね?』
「はい、任せて下さい。命に代えても守りますよ、お義母さん。では……」
『えっ!? ちょっと待って?』
通信魔具から魔力を抜く途中声がしたが、面倒なのでスルーした。
でも声色から見るに凄く驚いてたな。もしかして言ってなかったのか?
そう思って三人に視線を向ければなにやらモジモジしている。
「言ってなかったの?」
「うん。だってお母様はハートを射止めたら帰ってきなさいって言ってたから」
「それにお母様にそういうことを話すのもねぇ?」
いや、深く話す必要はないだろうに。
ほら、通信が光ってるよ?
「仕方ありませんね。私が説明してきますわ! うふふ、お母様驚いてたわ……」
アリスがそう言って魔具を持って自室へと走っていった。
「ま、まああれだ。
まだ二日くらい余裕はあるからそれまで休日にしてゆっくりしようか。
てことで解散!」
そうして、討伐に向けた話し合いは一先ず終了した。
はずなのだが、皆その場で話し始め動こうとしない。
不安なのだろうな。
「おい、今回俺たちは異常が無ければ見てるだけだぞ?
それに、俺をよく知ってる奴はわかると思うが、無理だと思えば逃げるからな?
全員生還がうちのモットーだ!」
うん。そこは絶対だ。
教国にも最初から無理だと判断したら独断で逃げると言ってある。
「確かにカイトさんの指揮は仲間を守る事が第一ですが……万を超える数ですよ?」
いやいや、お前いくら数が居たって関係無いだろ?
「いや、だから無理だと判断したら逃げるって言ってるだろ。
足で勝ってるんだから捕まらないんだよ!
教国の奴らも助けたいけど、それは俺の仲間が死んでまでじゃない。
優先順位はわかってるつもりだぞ?」
「もう、カイトくんはいつもそう言って最後まで戦うじゃない。
そこもカッコいいけど、もう騙されないからね!」
むう。アディまで……
まあ、実戦で証明すればいいか。
いや、そんな事態来て欲しくはないけども……
そんなこんなで再び話し合いが再開され、それはアリスが戻ってくるまで続いた。
「あ、カイトさん『希望の光』とは現地で落ち合う様にお願いしておきましたわ」
ご機嫌な彼女にそう言われて「うん、わかったけど、どうだった」と気になっていたカミラおばちゃんの反応を事細かに聞き出した。
そうして、ずっと続いた話し合いの一日が終わりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます