第92話


 表に出れば問題を起こした彼らに全力での謝罪を受けた。


「いや、あれ見たらお前ら怒れないって。どうみても悪いのあいつだもの。

 俺も何度かおかしい奴に引っかかった事あるからわかるよ。

 なんにしても無事に済んで良かった。

 これからは変なのに近寄らないようお互い注意しような」


 それで謝罪は終わりだと区切ったが、ソフィアが「原因はなんだったの」と問いかけた。


「その、帯刀してた剣の鞘がすれ違い様に当たったそうで謝罪したのですが、いきなり殴りかかってきて余りにしつこかったもので、いい加減にしろと振り払ったら今度は攻撃したと騒ぎだして……」


 うわぁ……そこまで異常だと違う想像が立つんですけど……


「なぁ、これもしかして……」

「確かにここまで行くと犯罪臭がしてきますなぁ」


 やっぱりか。アーロンさんの答えにアレクが「どういうことですか」と首を傾げた。


「いや、多分だけどね?

 罪を着せて罰金で済ませてやるって持ちかける金目的の犯罪じゃないかと」


 うん。そうでなければ本物の頭のイカれてしまった人だ。

 いや、十分イカれてたか。


「そうなると、特級とやらを取れる者は取った方が良いかもしれんな」

「あぁ、でも結構高いんだよねぇ。金貨五枚だって……

 しかも俺よりもちょっと弱い程度だったから、うちの上位メンバーなら余裕だけどアレクたちでギリギリラインかなぁ」


 そう告げてみれば、アレクが「僕は受けるよ! 絶対に受かってみせるから!」とやる気を漲らせている。

 金貨五枚程度は余裕らしい。確かにこいつもオルバンズ戦争に出て個人で報酬を貰ってるもんな。下手したら今の俺より持ってるかも。


「しかしサオトメ様は凄いですね。私は現場に居たのに何も出来ませんでした。

 あの短時間で必要になると昇級してきたのですか?」

「いや、昨日戦力調査で特級はどれくらいかなって思って、特級試験受けて騎士教会の会長と戦ってみたんだ」


「主……おぬしは本当に報告が適当じゃな……」とホセさんにジト目を向けられた。


「いや、だって特権とか使うつもりなかったし戦力調査の件はちゃんと話したろ?」

「いつもの事だし別に怒ってないわよ? 気を揉むから報告はしてって話」


 ソフィアにもジト目を向けられてちょっと落ち込んだ。

 だって、こういう時って『すごーい、かっこいー』ってなるもんじゃないの?

 今回だって活躍したんだよ俺!


「俺、頑張ったのに」


 しょぼんと頭を下げていれば、突然柔らかいものに包まれた。


「ええ。カイト様、とても素敵でしたよ」

「アリーヤぁぁ……」


 彼女を抱き返してイチャ付きながら、集合地点へと向かった。




 その集合地点である広場に辿りつくと再び皆からの質問が飛び交ったので、大まかに説明を入れれば、珍しくアイザックさんがガチ切れして驚いた。


「けしからん! それは許せません! 許してはならないことです!!

 恩を仇で返すという次元を超えています!」


 力無い者の為にと国と騎士が譲歩してくれた法律を使い、騎士を貶めて金儲けに利用するなど許せないと強く憤っていた。


「まあまあ、アイザックさん。そいつがただのアホな可能性もある」

「そうそう。そんな組織があったら潰せばいいじゃない?」


 コルトとアディがアイザックさんを宥めるという珍しい事態が起こったが、彼はすぐさま気を取り直し皆に謝罪を入れた。


「取り乱してしまい申し訳ない……ええと、気を取り直しまして、ご報告します。

 住居の確保は出来ました。

 とはいえ手入れを断り即日入居を頼んだので、各自使う部屋を掃除するということになるでしょうが」

「あ、わたくしの出番で御座いますね?」

「えっと、シホウイン殿? 本当に出来るんですよね?」


 仕事が出来たと喜ぶシホウインさんにその様を不安そうに見るユキ。


「ああ、急がなくていいから出来る所をすこしづつ頼むな?

 あと、各自自分の部屋は自分で掃除。って何部屋あるの?」

「はい。

 皇国で借りた建物と似た作りですがその半分程度で、三十五部屋となります。

 カイト様には申し訳ないのですが、一番広い部屋ですので女性陣と相部屋をお願いします」


 おい、女性陣ってどっからどこまでだよ!

 まさか、全員なのか?

 いやいや、最低でもユキ、ミア、シホウインさんは別だろ。


「アイザック、好い仕事だわ。良くやってくれました」


 と何故かリズがアイザックさんを絶賛した。それでいいのか?

 見回してみたが、異論は無さそうだ。


 そのまま皆で移動を始め、借り受けた屋敷へとたどり着いた。

 中に入ってみれば、思いのほか汚れてなかった。


「これなら、自分たちで使う分にはそのままいけそうだな」

「そうね。流石に寝具類は洗ってから使いたいけど」


 あぁ、確かに。


「何言ってるのよ。今からじゃ無理に決まってるじゃない。

 洗うならせめて明日の朝からよ?」

「わ、わかってるわよ。今日は我慢するわ」


 いつの間にか仲良くなったのかリズとアディがじゃれているのをほほえましく見ていれば、目の前に書類が出された。


「これがここの契約書です。

 三ヶ月契約になっておりまして、金額はここに記載してあります」


 金額は金貨十八枚。月金貨六枚ってところか。

 うん。一割入れて貰えばその半分にもならんな。


「うん。この程度なら余裕だな。ありがと」

「しかし、大丈夫なのですか?

 ここ最近ずっと出費だけされている御様子ですが……」

「あー、結構減ってきたね。今このくらい」


 とお財布を出してアイザックさんに見せた。

 一応まだ大金貨で二十枚以上残ってる。


「なるほど。予想よりは余裕がありそうで良かったです」

「俺は基本使わないからねぇ。だから稼ぐ必要性も感じないんだけど」


 そう返せば「やはり、カイト様には金庫番が必要です」と苦笑されてしまった。

 そうは言うけど大半をアイザックさんに預けるって言っても断る癖に……


「アイザックよ、そこらへんの心配はいらん。

 主は必要であれば金などいくらでも生み出せる力を持っておるしの」

「え? そんなの無いよ! 無茶言わないでよ!」

「……何を言うとる。わしらに一声本気で稼いでこいと声を掛けてみよ。

 一月に金貨二百枚は軽く超えるぞ?」


 いやいや、それ俺の力じゃねぇから!


「そんなお願いしないから。そんなん言われても皆困るって……」

「カイトさん、普通は生活の面倒見てくれる所は三割から五割は持ってくんだぜ?

 当然、全体の依頼で活躍すれば報酬も貰えるけどよ。こんなにぼろ儲けさせてくれるギルドなんて他にねぇからな?」


 はぁ? 何でそれなのにギルドに入るんだ?


「基本的には普通大手に入るので、何かあった時に守って貰えるんですよ。

 それでもうちみたくギルドが対処するんじゃなく、名前を使わせて貰えて数人の人手を寄越してくれれば良い方ですけどね。

 まあ、仲間内で小さくやっている所もありますけど」


 なるほど。

『希望の光』は一時それで好き放題してたみたいだしな。

 その程度でもネームバリューは大きいのか。


「基本的に緩い私のところでも、稼ぎの三割は入れてもらってましたな。

 それもあの一件で全て飛びましたが……」


 アーロンさんの所でも三割かぁ。

 ああ。その金で怪我人抱えて狩りに行けなかった時期をしのいで居たのか。


「なるほどね。確かに蓄えが無いと何かあった時に心配か。

 んじゃ、皆深層行けるように頑張ろうね。無理はしなくていいけど」

「あん? 間とって二割とかにしてもいいんだぜ?」

「大丈夫大丈夫。うち普通のギルドじゃないから。

 こればっかりはお前らが勘違いしてるんだと思うぞ?」


 だって、うちは何処の国でも最強クラスのギルドだよ?

 そして他の大手ギルドの中でも一番狩してる自負がある。

 金の使わなさ加減もピカイチだろう。


 皆に説明を入れてから一割で十分蓄えが出来ると断言した。


「そう言われると……そうかも知れませんな。

 今の我らなら恐らく東部森林のミスリルゴーレムすらやれるでしょうし」

「え? マジかよ。あれ、俺らでやれんのか?」


 アーロンさんの声にレナードが驚きの声を上げた。


「確かに問題無いのう。一体であれば安全にやれる。

 二体じゃと面倒だという程度かのう。ゴーレムの方であれば、じゃがな」

「そう、なんだ……そう言われるとちょっと実感わいちゃうなぁ」

「今でも足が竦む思いなんですけどね……」


 ホセさんの声に、エメリーとコルトが落ち着かない顔で視線を彷徨わせた。


「まあ、次の壁はもっともっと高そうだし、気を抜けないんだけどな。

 ただ、金の心配はいらない。俺たちの目的は強くなってこの世界を守る事だ」

「せ……世界……」


 驚いた顔で呟くミアちゃんに強く頷く。

 うん。

 人類なんだから世界でいいだろ、と皆を見れば何やらそわそわしていた。


「へへ、いいぜ。やってやる!

 世界の英雄になればかわいい子とっかえひっかえ選び放題だろうしなぁ!」

「レナード……そこは嘘でも騎士としてとか言っておけばよいものを……」

「最低」

「ホント最低」

「ゴミ」

「クズ」


 皆に冷たい視線を向けられ、レナードは焦り弁解の声を上げる。


「ちょっと待て、カイトさんだってやってんだろ!?

 ここで俺に最低って言うって事はカイトさんに言うのと同じだからな?」

「はぁ? あんたとカイト君が同じ? 殺されたい訳?」

「そうよ。こいつは違うわ! とっかえひっかえなんてしない!」

「ええ。そんな事をしていたらこんなに苦労して追いかけたりしませんわ」

「そうね。意外と身持ちが硬いのよね。そこも魅力だけど」


 正直、している自覚があるのだが、ここは黙っておこう。

 こっちを見るなレナード!

 これは戦略的沈黙なのだ!


「なるほどのう。

 世界を守るか……それが世界を取る一番の近道かもしれん」


 うん? いきなりどうしちゃったのホセさん?

 世界で一番の強者を目指すのかな?

 ああ、それはいいな。俺も後を追いかけよう。


 おっと、そんな雑談をしている場合じゃない。


「そういえば、掃除も飯の準備もまだだった」

「そ、そうでした。ついシーラルに居る時のように思っていました」


 俺の言葉に、アリーヤ、ユキ、シホウインさんが慌てだした。


「この中で料理を何度もした事がある人手を上げて!」


 そう問いかければ『おっさんの集い』から三人の手が上がった。


「んじゃ、アリーヤさんと一緒に買出しお願い。出来合いの物でも構わないからね」


 そう言って、彼女にお金を渡す。


「他の皆は部屋割りして掃除!

 早く終わった人は買出し班の部屋も掃除してあげてね」


 合図を出せば皆ぞろぞろと動き出す。

 俺はアイザックさんに連れられて部屋に案内された。

 広い部屋だと言っていたから頑張ろうと思っていたが、流石に人数が人数だ。余りやる事が無さそう。


 仕方が無いと、空いている部屋の掃除に手を付けようと思ったが、掃除するにも道具がない。

 皆どうやっているのだろうかと部屋を回る。


 適当に空けてみるとマイケルが自前の雑巾でテキパキと水拭きしていた。


「あれ? どうかしましたか?」

「いや、俺の部屋人数が多いからやる事なくなったんだ」

「あはは、伯爵様なんですから、下でどっしり構えていてもいいんじゃないですか」


 いや、そんなの暇じゃんと返したのだが「ここで見てても暇でしょう」と返されたので、別の部屋へと突撃する。


 さあ、ここは誰だ!

 バンと戸を開ければミアちゃんがせっせと頑張っている。


「うむ。ご苦労!」

「あ、はい。どうされました?」

「いや、やる事なくてさ。何か手伝う?」

「いえ、大丈夫です。ここら辺は掃除しましたのでお座りになりますか?」


 ああ、うん。いいの?

 なんて勧められたままに椅子に座り、彼女が掃除する様を眺める。


「うん。良いお嫁さんになるなミアちゃんは」

「なんですかいきなり。この程度は誰でも出来ますから……

 それよりいいんですか? 他の女の部屋に行ってて怒られません?」


 え? いや、大丈夫でしょこのくらいは。

 待てよ……アディとリズは怪しい。


「んじゃ、引き続き頑張ってくれ!」


 そう告げて部屋を出る。

 それから転々と部屋を回って親交を深めていれば、探しにきたソフィに連れられて部屋に戻された。


「おー、綺麗になった。お疲れ様、ありがとな?」


 正直そこまでの変化は無いのだが、それでも掃除をした後というのは気持ちいいものだ。


「ねぇ、カイトさまぁ。次の大討伐が終わったら、そこからどうするのぉ?」


 皆で椅子なりベットなりに腰掛けて一息入れていると、エメリーから問いかけられた。


「そりゃ、アイネアースに帰って……どうしようかな」

「良かったわ。帰るのは決めてくれてるのね。

 わたしたちもずっと離れて居られる訳じゃないから」


 ソフィアは安心した顔で微笑む。


「ああ。先はわからないけどそう決めてる。

 ただ、問題は帰っても王都じゃ近場に深いダンジョンが無いじゃん?」


 王都周辺で一番深いのは確か四十階層の所だ。

 今三十八だからこっちに居る間に適正のダンジョンがなくなっちゃうだろう。


「それ以上に強くなる必要ある?」

「あるだろ。東部森林の大討伐とかあったら今度は死者ゼロにしたいし」


 うん。強いに越した事はないはずだ。アディにとってヘレンズは故郷だろうに。

 ああ、そういえば嫌ってたっけ。


「どちらにしてもアイネアースのどこかで居を構えて皆で暮らそうよ。嫌かな?」

「そんなはずありませんわ。一緒ならば私は嬉しいです!」


 異論は無いかと皆を見回すが、特に無い様子。


「そうね。うだうだ考えるのは私には合わないか。

 こうなったらひたすら強くなって面倒な奴らは逆に黙らせてやるわ!」


 ど、どうしたアディ……


「あら、権力もあるのにそんな心配要らないわ。

 何か危険があれば、望み通りレナードを行かせればいいのよ」


 いやリズ……危ないなら皆で行こうよ。

 いくら権力あったってそんなかわいそうな事しちゃ駄目だからな?


「てか、何を気にしてんだ?」

「カイト様が世界の英雄になってしまったら、何かあるたびに声が掛かるでしょう?

 私たちとの時間が取れなくなってしまいそうで不安に感じてしまって」


 サラが申し訳無さそうな顔で苦笑する。


「いやいや。そんなのぶっちぎれば良いだけだろ? 面倒なら一緒に逃げようぜ」

「ふふっ、そうね。そういう奴だったわね。今度は逃げる輪に入れていて安心だわ」


 何を失礼な事を!

 このリズめっ! ブルンブルンさせやがって! 待て! 待て待て!


 俺は幸せを追いかけて食事が出来るのを待った。

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