第79話


 ……目覚めたはいいが、やはり夜が明けていない。

 カタッと音がして視線を向けると、椅子に座ったままユキが寝ていた。


「おいおい、夜は冷えるだろうに」


 部屋は二つ取ってあるのに何やってんだかと思いつつ、彼女を抱き上げて俺が寝ていたベットへと寝かせた。

 暇だなと通信魔具にモールス信号の様にリズム良く魔力を流す。

 俺たちの移動は交代で睡眠を取り、車を走らせ続ける事が多いから誰か起きてるかもしれないと思っての事だが、反応は無かった。


「しゃーない。散策でもするか」


 一応念の為と書置きも残していくか。

 古代語だけどユキなら教養はあるだろうし読めるだろ。


『散歩してくる。昼前には戻るから』


 そうして外に出てみれば、灯りのついた家がちらほら見える。

 どうやら、熟睡できずに起きてしまったらしい。

 

 灯りがある方へとぶらぶらしていれば、陽気に騒ぐ声が聞こえてくる。

 声だけで何をしているのかわかる。酒盛りだ。

 そういえば、俺酒場って入った事ないな。


 よし、社会見学ということで覗いてみよう。

 という事で古めかしい木造建築の酒場に入ってみた。

 中は小奇麗で点々と置かれる丸いテーブルも立派なものだ。


 なるほど、こんな感じなのか。こういう内装は嫌いじゃないかも。


 そう思いつつも歩を進め、カウンターへと腰掛けた。

 流石に騒いでいるおっさんどもの輪に入る度胸はない。


 だが、カッコつけて冗談を言うくらいの度胸ならあった。


「マスター、ミルクを、ロックで!」

「え? ミルクに? 氷? まあ、いいけど……」


 酒場定番の厳ついおっさんかと思ったら、かなり綺麗なお姉さんだった。


 くっそぉ……何か恥かいた感が半端ない。

 せめて笑ってくれよぉ……


 そう思っていたら、隣の客が大笑いしていた。お前じゃない。


「酒場で……ミルクを……ロック! ふははは……は……は?」

「「あっ!」」


 大笑いしていた野郎はピンポイントで知り合いだった。

 そんな馬鹿なと言いたくなる奴が座っていた。


「おい」と声を掛けようとしたら口を塞がれた。


「お忍びだから、市井の話し方で頼む!」


 そう言ってきた男、いや少年は皇太子殿下だった。

 えっと、名前なんだっけ……


「いや、最初からそのつもりだけど。公式な場じゃないし」

「そ、そうか。それで、なんでこっちに居るんだ?

 アプロディーナ教国へ行ったのだろう?」


 彼がアプロディーナ教国と言った瞬間数人がこっちを向いた。


「おい。注目されてんぞ。面倒に巻き込むつもりか?」

「ああ、気にする事はない。彼らは稼ぐ場所が減って儲け話に餓えてるだけさ」


「いや、十分面倒だろうが……」とジト目で見ていると、目の前にコップが置かれた。

 注文通り、ミルクに氷が浮かんでいる。


「くふっ、じゃ、乾杯しようぜブラザー! ほらミルク掲げて!」


 と、何故か皇子は俺を巻き込みながらおっさんどもに杯を掲げ「かんぱーい」と声を上げた。


「おおう。ガキ負けてられっか! うおおおおおい!」


 彼に釣られたおっさん共はグラスを突き合わせて酒を流し込むが、皇子は口をつけてはいるが飲んでいない。


 こいつは何がしたいんだろうかとミルクをチビチビ飲んで観察するが、要領を得ない会話ばかりだ。

 酔っ払いの戯言と言える内容しか話していない。

 そして一切酒を飲んでない。誰にもバレないとか、逆に凄い技術だ。


「なぁサオトメ、アプロディーナ教国はどうなんだ? 停戦を解除しそうか?」


 はぁ? お前、皇子なんだから知ってるだろ?

 いやまあ揉め事じゃなさそうだし、いいけどさ……


「そりゃ無いな。女神様のありがたい神託の期限がそろそろなんだと。

 戦争している場合じゃないんだよ」


 酔っ払いどもは「はぁ? なんだそりゃ! 意味わからねぇことで人から稼ぎを奪いやがって!!」と管を巻く。


 だが、知っているはずの皇子の反応は予想外で、すぐに持ち直したものの一瞬硬直して目を見開いていた。

 彼は気を取り直す様におっさんたちと一緒になって騒ぎ出す。


「まったくだ。俺なんてまだ一度しか経験してないってのにさ!」

「へぇ、わけぇ癖にもう戦場に出てんのか。どこでだ?」

「そりゃ、あそこだよ。オルバンズとアイネアースの!」


 え? そこは不味いだろ! 吐くならもっと上手い嘘吐けよ。


「ほら吹くんじゃねぇ! あそこは惨敗だったって聞いたぜ?」


 ほらな。流石に知ってるだろ。あれだけの数を逃がしたんだから。


「はっはっは、おっちゃん、六千対二千の戦いだったんだぜ?

 大半は逃げれたんだよ。おかげで前金だけのクソ仕事だったけどな!」


 ああ、なるほど。確かにそうだったわ。

 まあ、よく口八丁でそこまでペラペラ喋れるなぁ。

 本当に目的は何なんだか。


「そりゃ救えねぇ話だ。

 まあそれでもよ、経験したってのはでけぇぜ? 特に負け戦はよ」

「なんでだよ! 金の入らねぇ負け戦に何の意味があんだよ!」

「わかってねぇなぁ……坊主、命は一つなんだぜ?

 戦功を上げるより、いつ逃げればいいか。そっちの方が大切って訳だ」


 なるほど。流石ベテラン。為になるわぁ。

 うんうん。命は一つ。


「だろぉ? ミルクの坊主はわかってんなぁ!」

「へぇ、やるじゃねぇか。ミルク飲んでる癖に!」


 おい、ミルクの坊主は止めてくれ。頼むから。

 あと皇子、お前いい加減にしろよ?


「へぇぇ。それでも俺は金だなぁ。

 おっちゃん、この町の元締めって誰なの? そろそろ仕事が欲しいんだ」

「ああん? おめえが言ってんのは領主の方じゃあねぇよな?」

「当たり前じゃん。ここの領主が俺に仕事をくれるかよ」

「……何でもやるか?」

「オルバンズから戦に出るくらいだぜ。おっちゃんだってその意味わかるだろ?」


 あん? どういうことだ?


「なるほどな。あの悪名高いオルバンズの子飼いだったから仕事にあぶれたのか。

 いいぜ、紹介だけはしてやる。そっからはてめぇの器量次第だ。

 この後空いてるか?」

「ホントか!? 空いてる空いてる! あっても空けるって!」


 ああ、なるほどな。そりゃお仕事なくなるねって作り話か。

 てか、こいつの目的は町の裏ボスを探り当てることだったのか。


 ま、俺には関係ないし、そろそろ帰ろうかな。


「おいサオトメ、やったな。仕事見つかるかもしれねぇぞ!

 ミルクじゃなくて酒が飲めるんだ!」

「ぎゃははははは、そりゃめでてぇ!」


 こいつ……絶対後で苛めてやる。

 ミルクと酒の値段あんまし変わんねぇし!!


 いや、ちょっと待て、俺はいかねぇぞ?


 カウンター席を逆さに座る皇子の胸倉を引き寄せて「巻き込むな」と再度断りを入れた。


 すると彼は「ちっとミルクで説得してくる」とおっさんたちから離れた。


「待て待て、実際に仕事を請けるわけじゃない。

 そこまで手間は取らせん。協力してくれ」

「やだよ。お前な……印象最悪だぞ? ミルクミルク言いやがって!」


 厳ついマスターが多少いじってくるなら許せたけど、お前は駄目だ!

 このダーク系インテリイケメンめ!


「待て! 酒場でミルクを頼む方が悪いだろ?」

「いや、悪くはねーよ!?」


 てかこっちは怒ってるのに楽しそうな顔してんじゃねぇよ!


「ならば、報酬を出す。大金貨で、だ。頼む……」


 彼が口を開いた瞬間表情がガラリと変わり、苦しげに目を細めこちらを見詰めた。

 なんなんだよ! 切羽詰ってるのか楽しいのかはっきりしろよ!


「ああもう……わぁったよ。まあ暇だし付いてってやる。

 けど、俺はそんなに強くないからな? 強いのは俺の騎士」


 くっそぉ。なんで自ら弱い宣言せにゃならんのだ。

 ハクの所為だ……ホセさんが一緒なら教国の侍にぎゃふんと言わせられたのに。


「何!? まったく戦えないのか!?」


 んなわけねぇだろ。ちょっとはやれるっての!


「いやまあ、三十階層程度でならやれる」


 本当はもっと行けるがこき使われても困るからな。

 このくらいで言っておけば自国の騎士を頼るだろ。


「なるほど。ごろつきの相手ならそれで十分だ。戦闘をする予定も無いしな」


 元々戦うつもりは無いらしく、もしもの備えで付き添って欲しいらしい。

 なら一人で行けと言いたいところだが、余りに真剣な表情に思わず了承してしまった。


 表情がころころ変わって全く掴めん。


 それから酒盛りが終わるまで時間はそう掛からなかった。


 ぐでんぐでんだったはずのおっさんは演技を止めたかのように身なりを正し、酒場の裏手から出ると一際大きな建物に入る。


「先に言っておくぞ。余り舐めたこと言うと最悪はお陀仏だ。

 言葉遣いまではそこまで厳しくねぇが、調子には乗るなよ?」

「わかってるって。丁寧に喋るのだってお手のものさ」

「そうかよ。付いて来い」


 階段を上り最上階へとたどり着くと一つだけある扉の横に立ち、顎で入れと促した。


 あれ? 何かおかしくないか?

 最上階ってことはボスの部屋だよな。

 仮に話が通ってるにしたって先に入るのはおっさんだろ?


 皇子も眉を顰めおっさんを見上げたが彼は頷いて返すだけだった。

 彼は息をゆっくりと吐くと扉を開けて中に入る。


「失礼する」


 皇子の後について部屋に入れば武器を構えた二人の男、その奥には立派な椅子に腰を掛ける老人がいた。


「やっと会うことができた。なかなかな手間だったぞ、闇の商人殿」


 皇子は爺さんに向かって余裕の笑みを向ける。


「ほう。この状態でも心一つ乱さぬか。

 流石は次期皇帝の第一候補と言ったところかの」


 ちょっと待て。何故バレてる!

 何も無しで終わるんじゃねぇのかよ!?

 案内してくれたおっさんは普通だったじゃん!


 そう思い振り返ってみたが、後ろのおっさんは知らされていなかったのだろう。

 次期皇帝と聞いて驚いた様をみせたが、すぐさま武器を抜いてこちらに向ける。


「当然だ。私は貴方と商談をしに来たのだからな」


 彼はそう言ってガチャリと音を立て袋をテーブルに置き、中身を見せた。

 袋の中身は全て大金貨。恐らく百枚以上あるだろう。


「ほぉ。何をお望みで?」


 老人は一切意に介していない様子での問いかけだが、皇子もそれが当然の様に応える。


「知っているだろう? ルーナを返して貰いたい」


 あー、なるほど。そういうことか。好きな子が攫われちゃった感じね?


「ふむ。困りましたなぁ。

 エリヤ様からはその娘を餌に貴方を捕らえろと頼まれておりましてなぁ」


 エリヤって誰だよ。

 くっそ、一切状況がわからないのに話を受けるんじゃなかった。

 何をどうしたらいいのか全然わかんね……


「……私の方が出来る事は多いぞ?」


 俺に出来る事は少ないぞ?


「なるほど、なるほど。確かにそうでしょう。

 次期皇帝と正式に決まり、地位は磐石。

 しかしルーク様は後ろ暗い事がお嫌いと見える。貴方の治める世は生き辛そうに思えてならんのですよ」

「私とて、今の皇国が奴隷無しに回らない事くらい理解している。その上で望みを聞いている」

「ほう、エリヤ様は戦争の再開と授爵を約束してくださいましたが……?」


 はぁ? いや、戦争の再開は無理だろ。

 教国にまで攻められたらヤバイからって俺が無理やり呼ばれたんだぞ。


「流石にそれは騙されているぞ。今戦争を再開すれば国が滅びる」


 うん。だよな?


「それはこちらから仕掛けた場合でしょう?

 エリヤ様は件の奴隷の首を塩漬けにして送りつけると申しておりましたなぁ」


 おいおい。皇国の奴って限度を知らんクズが多すぎだろ!?

 マジかよ。

 それで戦争再開したら、魔物の軍勢と戦うどころじゃなくなるじゃん。


「……それでも開戦は成らん。連合諸王国の一国を焚き付けても、それで動けるほど緩い契約はしていない。迂闊に内容にも触れられんほどだ。

 調停の場に出れんあやつはわからんだろうがな」


 うお、皇子から怒気が漏れてる! やっぱり大切な人なんだな。


「出ていないからこそ出来ることがある。とも申しておりましたなぁ」


 しかしこの爺さん、皇子が切れてんのに余裕そうだなぁ。

 てことはこっちに乗る気はさらさら無いってことか?

 あれ? これ戦闘になるんじゃね?

 だ、騙された! ちょっと! 俺剣しか持ってないよ!?


「戯言を……いや、まさか……あの馬鹿クーデターを起こす気なのか!?

 くっ……ならば優先順位が変わってくるな。クソッ!!

 おい、死にたくなくば私につけ。あの馬鹿が父上に敵う筈がない」



「ふむ。これ以上は無理か。まあ、得られた情報もある。潮時かの」

 

 爺さんはとぼけた顔のまま武器を構えたままの護衛に顔を向けた。







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