第80話


『そろそろ潮時かのう』


 爺さんがそう言うと護衛であろう二人が一歩前に出た。


 後ろに立つおっさんも腰の剣に手を掛けている。


 マジで戦いたくないんだけど。

 だって大物なんでしょ? 護衛絶対強いじゃん!

 ここは頑張って俺も交渉するしかないな。


「あー、一ついい?」

「ふむ、見ない顔だの」


 まあ、そりゃそうだよな。知ってたらビックリだ。


「ああ、俺はアイネアース国の名誉伯爵でカイト・サオトメだ」

「なにっ!? 何故敵国の英雄が皇子と共におる……」


 知ってんのかよ! ビックリしたぁ……


「いや、俺が誰かなんてのは良いんだよ。あんたら神様の神託って聞いた事ある?

 そろそろ人類が滅亡するほどの魔物の大軍勢が来るらしいんだけど」

「確かに、そんな戯言が噂で回っていた時期もあったの。もう何年前の話じゃったか……」


 顎に手を当てて目をつぶる。昔の記憶を引き出しているのだろう。


「いや、その軍勢が確認されてアプロディーナ教国は大騒ぎになってる。

 そもそも教国はそれが発端で戦争を止めに入ったんだ」


 その所為で俺が呼ばれたんだし。ムカつくからぶっちぎったけど。


「……確かに教国の大義名分は神託じゃった。

 しかしそれならば皇太子殿下から話がでんかったのはおかしかろ?」

「私も魔物の軍勢が確認されたことまでは聞いていない。どれほどの規模だ?」

「さあな。大規模なとしか聞いてない。ただ、教国が新たに二十五階層以上を回れる奴限定で八万人の兵隊をそろえても足りないと言われたらしい」


 言っておくが『人類全ての戦力を足しての話だぞ』と付け加えた。


「それを踏まえても今此処で俺と殺し合いをするか?

 正直、皇国も協力してくれなきゃ困るんだけど」

「ふん、それをわしに言ってどうする。それは国に頼む話じゃろうて」


 なんだこいつ。ホント皇国の奴らなんなの!?

 お前らの行いが邪魔になってるって話だろ!!

 話が通じてる気がしないんだが!?


「何言ってんの? 頼めない状況に追い込むつもりなんだろ?

 自分たちも含めて心中しようって事なんだぞ?」


 あっ、駄目だこりゃ。何もわかってない。顔でわかる。ホント腹立つ!


「全く信じるに値せん話じゃな。まあ面白くはあったがの。

 お前たち、皇太子だけは生かして捕らえなさい」


 んだよ。結局やる羽目になるんじゃん。

 もういいや、一応一言入れて不意うちアタックで終わらすしかねぇ。


「おい、皇子。こいつら全員ぶっ殺していいんだよな?」 

「ああ、勿論だ。皇太子ルーク・バル・ティターンの名を持って許す」


 よし、とりあえず回りの護衛から殺ろう。

 こいつらはオルバンズと変わらん最悪なやつらだ。

 とりあえず、俺と皇子にマジックシールド掛けて皇子を巻き込まない様にすぐ傍に置いてと。

 あ、爺さんにもマジックシールドかけとこ。自分のやろうとした事を思い知って貰おう。


「ふっ、皇太子を相手に手札が弱いとでも『ファイアーストーム』

 ――っ!!??」


 汚物は消毒だぁぁぁ!!


 と、爺だけを残して全方位にファイアーストームを放つと薄い壁は即焼き切れて炎が空に舞い上がる。

 その炎は瞬間的に町を照らした。


 太い柱だけが半分ほど残った天井を支え、パチパチと音を立てて燃え、爺さんは椅子に座ったまま固まっている。


「そんで? そのルーナちゃんって子は何処に居るんだ?」

「待て……契約でわしの生存を確約すれば教えよう」


 うぜぇ。なんで殺そうとしてきて要望が通ると思っているんだろうか。

 とりあえず、蹴ろう。


「がはっ!! 待てっ! 待てっ!」


 うるせぇこのやろう!! 人を簡単に殺そうとしてきがやがって!

 こき使うのが当たり前の様な顔しやがって! 魔法だって教えてやったのに!!

 この野郎! この野郎!


 あっ、それは教国のやつらか。


「……それで、どこに居るのか答える気になった?」

「待て、言う! だからやめよ!」


 爺がそう言った瞬間、ポッケに入れてた通信魔道具が光った。

 あ、皆起きたかな? んじゃもういいや。


『カイト君! 町で火の手が上がったけど大丈夫!?』

「あ、大丈夫大丈夫。ごめん、それやったの俺。てかもう着いたんだ? 早いね」

『あ、そうなんだ……ってカイト君が!? ええええ!!??』

「いや、殺されそうになったんだから仕方ないじゃん」

『何それ! 全然大丈夫じゃないじゃない! 今何処なの!?』

「えーと、酒場の裏の一番大きな建物? ああ、燃えた所って言えばわかるか」

『強行突破で向かうわ! そこに居てね?』

「待て待て。強行突破は駄目だろ? 犯罪だぞ?」


 ダダを捏ねるアディを諌めていると、皇子が横から口を挟んできた。


「被害を出さずに突破できるなら構わんぞ。

 夜が明けたら私から領主に一報入れておく。だからもう少し付き合って欲しいのだが頼めないか?」

「はぁ? お前、約束が違いすぎるだろ!

 戦闘にはならない、すぐ終わるって言ってたのによ!」

「わかっている。しかしルーナは確実に助けたい。

 すぐに人を呼べない今はサオトメだけが頼りなんだ」


 まあ、気持ちはわかるけど……なんで俺が。


 と思っている間になにやら下からバタバタと音が聞こえる。

 どうやら、手下が集まってきた様だ。もうどちらにしても逃げられない模様。


「なあ、これどうする?」と皇子に相談するが、反応を示したのはアディだった。


『ねぇ! カイト君、何がどうなってるの!?』

「いや、巻き込まれた俺にはようわからん。

 何か悪そうな爺さんを返り討ちにしたら下っ端が集まってきた感じ?」

「商会のトップはここに居るんだ。人質に取って合流を優先するべきだろう」


 ああ、それで済むなら楽そうだな。

 流石にここまで派手にやったら町の警備もくるだろうし。


『カイト君! とりあえずホセ爺が向かったからそれまでは耐えて!』

「ああ、うん。多分大丈夫だと思うけどわかった。お前らも無理するなよ?」


 うん。集まってくる有象無象なら大丈夫だろう。

 だってこいつらヘイスト使えないし。

 その上で格下。更に町の中なら遠距離攻撃が吹き荒れることもないだろうし。


 問題はこいつだ。

 皇子を死なせたら拙いもんなぁ。


「お前、戦えるの?」

「いや、戦力と言えるほどの力は無い」

「んじゃ、うちの奴ら待つか」

「そ、そういやサオトメの騎士は更に強いんだったな。それは英雄にもなる……」

「まぁな。そのうちの最強が来てくれるらしいからもう安心だ」


 あー、怖かった。

 ファイアーストームアタックは賭け要素があるからな。

 いくらヘイストがあっても侍クラス三人が同時にきたら不意打ちミスった瞬間、多分やられる。

 まあ、護衛の強さがどれ程かなんて知らんけど。 


「それより、ルーナちゃんって子の事はいいのか?」

「ああ、居場所は聞き出した。これが嘘であれば地獄を見る事は告げてある。場所も場所だ。恐らく嘘ではないだろう」


 まあ、爺さんの様子を見るに大丈夫か。

 かなり憔悴しちゃってる。手加減はしたんだが、強く蹴りすぎたか?


「しかし反則的な強さだな。教国が腰を上げる訳だ。よく国から出して貰えたな」

「いや、出して貰ったっていうか、ぶち切れて出てきただけだぞ」

「待て、それは大丈夫なのか? こっちにとばっちりは来ないだろうな?」

「教皇に話はつけたぞ。

 その前に国側の侍に襲われたんだ。ケチつけられる謂れはねぇな」

「なるほど、政争の類か。キミも辛い立場だな。痛いほどによくわかる」


 え? 全然違うけど?

 けど、何か言い辛い。しみじみ語っちゃってるし。


「んで? 場所はどこなの?」と攫われた子の話に戻した。


「ここの地下だ」


 ああ、なるほど。そりゃ嘘じゃねぇわ。だって嘘なら即効でバレるもん。

 となるとホセさん待ちかぁ。

 暇つぶしに雑談でもするか。


「それで、その子とはどんな関係なの?」

「ん? ああ、ルーナはカノン王国の姫で皇国に留学に来ている私の友人だ」


「カノン王国ってどこ?」と問いかけたら呆れた視線を向けられた。


 仕方ないだろ! 俺はこっちの人間じゃねぇんだよ!


 カノン王国とは連合諸王国の一角である小国。


 その姫は戦争に負けた時の保険の様で、皇国とのパイプの為に送られた子らしい。

 ただ、最初から身分と理由を皇子には明かして居たそうで、信頼できる友人だと言い張っている。

 戦争をこのまま終わりにしたい皇子には欠かせない人だと言う。


「へぇ。友人、なんだ?」


 皇子が単身で救出に向かうなんて、尋常じゃぁねぇよなぁ?


「なんだ、その目は。つやっぽい話は無いぞ。

 国家間の友好として、友として、何より根源が我が愚弟から来ているという理由でなんとしても助けねばならなかっただけだ」


 ふーん。でも最近まで戦争していた間柄なのに、連合の一角の小国の姫と仲良くなっただけで何か変わるのか?


 と口を挟んでみると、カノン王国とのパイプは足掛かりに過ぎず、この停戦を期に、せめてこのままで居られる関係までは修復したいらしい。


 そんな話をしている間に、下の様子に変化が見えた。

 バラけていた集団が、建物の前に集まっていた。


「もう下は集結した様だな」

「そうだな。けど、なんで上がって来ないんだろ」

「それはここが爆心地の様な状況だから警戒しているのだろうな。

 だが、そろそろ人が来る頃だ」


 何でそんな事がわかるんだよ。と言いそうになったところで足音が聞こえてきた。

 あぶねぇ、言わなくて良かった。

 全く、こいつは未来予知でもできんのか?


 丁度その時、爆速で道を無視してこっちに向かっているフルプレートメイルの騎士が遠目に見えた。


 あ、ホセさんも来たっぽいぞ。

 てか、クッソはえぇ。


 あっ、そうだ。

 あんまり見ない様にして、俺も思わせぶりやっとこ。


「そうか。それは丁度良い。俺の騎士もそろそろ来る頃だ」

「何……町の外に居たのだろう?

 流石に騎士の足を持ってしても半刻は掛かるはずだぞ」


 ふはは、俺は言わずに立ち止まれたが、キミは食いついてしまったな。次期皇帝君。


「俺の騎士は特別なんだ……」


 そう呟いて、壁の消えた建物の淵に立つ。 


「俺はここだ!! 我が騎士よ!!!!」

「何じゃ主、そんな大声出さんでもわかっとるわい」

「ちょっとぉ、ホセさぁぁん!

 そこは『ハッ! ここに!』とか言うところでしょ!?」


 もぉぉ、折角カッコつけようとしたのに。


「ほっほ、元気そうで何より。して主、この状況は何じゃ?」

「うん、色々な事があったんだ」

「それじゃわからん、説明できん話か?」

「いや、大したこと無い話過ぎてさ」

「何を言う! このありさまだけで大事じゃ!」


 そうした下らないやり取りをしながらも説明した。

 それはもう簡潔に。

 皇子がぁ、助けたい人がいてぇ、俺をぉ、巻き込んでぇ、と。


「なるほど。体よく利用されてしまった訳じゃのぉ」

「けどさ、戦争防げるっぽいしこれはこれでありじゃない? 結果論だけど……」

「うむ。悪くはない状況じゃな。では救出対象の居る地下へ向かうとするかの」

「オッケー。俺はどうしたらいい?」

「主は動かんで良いぞ。救出後に護衛でもしとってくれ。後ろには流さんがの」


 さっすがぁ!


「済まないな。迷惑を掛ける。この補填は必ずすると約束しよう」


 ホセさんは少し首をかしげ、こちらに視線を向けた。


「うん? どしたのホセさん。ああ、これ? 皇子」

「悪かったからこれは止めてくれ。本当に交渉ですむと思っていたのだ」

「……申し訳ない。主がとんだ失礼を。これ! 主! ちゃんと言わんか!」


 言ったよぉぉ。ホセさんが聞き流したんだよぉぉ。


「ああ、私の事は気にしないでいい。かなり強引に巻き込んだ事も理解している。

 状況が思わしく無くてな。どうしても保険が欲しかったんだ」

「そうでしたか。では一先ず道を作ります。

 皇太子殿下は主と共に付いて来てくだされ」


 畜生、俺悪くないのに。

 ホセさんめ、後でステラを嗾けてやる。


 そんな企みをしつつも椅子に縛り付けた奴隷商人の爺さんを担ぎ、ホセさんの先導について行き階段を下りていく。

 激しい戦闘になるかと思っていたのだが、最初に掛かってきた十数人が一瞬で倒されると遠巻きに見ているだけになり、特に足を止めるでもなく一階まで降りてこれた。


 床下収納の様な重い隠し扉を開けて地下に降りれば、一人の女性の泣き叫ぶ声が響いていた。

 その声を聞いた皇子は即座に走り出し、その後を俺たちも続く。


「ルーナ!」


 バンと扉を乱暴に開かれ、囚われの姫を呼ぶ皇子の声が響く。

 そこには衣服を剥ぎ取られ押さえ付けられた姫であろう少女の姿があった。


「なっ、何だてめ――――――――」


 暴漢が何かをする前に昏倒させて床に転がす。一人な上にまだ男は衣服をつけている。恐らく大丈夫、だよな? と思いつつ裸の少女をガン見する。


「ル、ルークさまぁぁぁぁ」

「ルーナ、もう大丈夫だ。遅くなって済まない。本当に、ごめん……」


 紳士な彼はバッとコートを纏わせて抱きつく彼女を抱き返す。


 うーむ。俺たちはお邪魔なのだろうが、護衛する必要があるだろうし。


「とりあえず、宿に戻りたいんだけど……」


 いつまでも抱き合っている二人だが、移動しようと声を掛ければすぐに従ってくれた。

 建物を出るときに再びホセさんが数十人ぶちのめす事態にはなったが、一つの危険も無く宿へと戻ってきた。

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