第75話

 早朝、皆を呼びに行く為にアイネアース方面へと戻るリックと別れ、教皇であるシホウインさんたちと教国へと赴いた。


 道中、彼女たちから教国の話を色々聞いた。

 今から向かう国はかなり平和な所らしい。皇国と比べ、治安が良く人口密度も高いそうだ。


 ダンジョンも国が管理していて、野良騎士が存在しない。

 住人が持ち回りで討伐しているのだそうだ。

 それが彼女が言って居た八万人の戦える一般人という事なのだろう。

 

 そこらへんはいいのだけど、問題は俺は何をすれば良いのかわからないってところだ。

 俺に出来ることといえば、魔法を教える事くらいだしなぁ。

 けどそんなの正直、一日で終わる。


 それにその程度で乗り越えられるほど温くないと思われる。

 人類が滅びるって言うほどだから、少なくとも東部森林の時の数十倍以上の戦力で襲ってくるのだろう。


 それくらいじゃなきゃ帝国の向こう側にあるアイネアースまで滅びたりしないだろう。


 ……そう考えるとかなり厳しいな。


 てか、無理じゃね?

 八万居たって雑魚ばかりじゃ蹂躙されるだけだし。

 それにダンジョンもそんなに無いんだろ?

 いや、そこは遠征してレベリングすればいいのか。

 うん。兵士もある程度連れてって鍛えた方が良いな。

 って言っても俺が面倒見れる程度の人数じゃ焼け石に水なんだよな。

 あっ、うちのメンバーに全員兵士を率いて貰えばよくね?

 全員二十人くらい連れてかせてガッツリ鍛えれば二百人以上の精鋭部隊が出来上がるしな。


 ただ、いきなり人を使えって言われても皆は嫌がるだろうなぁ……







 聖アプロディーナ教国へと辿りつき、ゆっくりと高級な部屋で休ませて貰った次の日。

 俺は、座布団の上で久しぶりに正座で座っていた。


「聖人様、よく来てくださった。私が教国の代表である、サクラバ・イチノジョウと申す」


 広い畳の部屋に、囲炉裏を挟んで座布団が敷き並び、数十のお偉いさんたちが詰めていた。


 そう。ここはお城の中だ。


 殿様への挨拶が一度も無いのも問題があると尋ねてきたお偉いさんに丁寧に説得されて結局畏まった席へと出る羽目になってしまったのだ。

 シホウインさんが何とかしてくれると言って居たのだけど……


 見回せば畳に着物、そして座布団。めっちゃ和風だ。

 さすがに時代が違いすぎて懐かしいとは思わないが、親しみ深い感情が沸く。


「どうも。カイト・サオトメです。宜しくお願いします」


 頭を下げて反すと一人一人役職と名前を名乗られた。


 さて自己紹介タイムが終ったのだけど、次は何をするのだろうか。

 そう思い視線を回すと、王の二つ隣に座るアキミネ大臣が口を開いた。


「聖人様は聞けば、突如なんの断りもなくこの世界に落とされたとか……?」

「ええ、まあ。今ではそれで良かったと思っていますが」

「なるほど……流石は聖人様、お心が広い。ですが、我等もその様な方にただ甘えるとなっては申し訳が立ちませぬな、殿」


 アキミネ大臣に話を振られた殿様は「確かにそうだ」と頷き、彼に意味深な視線を向けた。


「であれば、我が国の至宝とも言える姫を貰って頂き、せめて健やかな御心でお過ごし頂くというのは如何でしょう」


 ……あ、これ知ってる。あかんやつや。

 絶対ハニートラップだよね。

 でも、至宝とまで言われるとどんな子が来るのか見てみたくはあるな。

 まあ今までの流れで考えると俺の感性には合わないんだろうけど。


 そう思考している間にも、戸を引く音が聴こえ「失礼致します」と女性の声が響いた。


「おお、来たか。サオトメ殿、娘のトウコです。如何ですかな?」

「聖人様、お初に御目に掛かります。サクラバ・トウコと申します」


 隣に正座して深く頭を下げた妙齢の女性。ぽっちゃりしていて細い糸目が特徴的だ。

 彼女の表情を見るに、少しというかかなり不本意な様に見える。

 

 うーん……やっぱりか。可愛くないな。年も結構上っぽいし。

 まあ、どっちにしても断らないとダメなんだけど。

 それに彼女も乗り気じゃない様子。これは都合がいい。


「どうも、カイト・サオトメです。

 お気持ちは大変ありがたいのですが、私にはもう決めた相手がおりますので……」

「いえいえ、聖人様の甲斐性であれば何人娶っても問題ありますまい」

「そうですな。優秀なお子を残す為には姫が相応しいといえましょう」

「であれば、いっそのこと――――――――――」


 お断りを入れようとしたら次から次へと話を進められて何一つ答えてないというのにもう決定事項の様になっていった。

 これは拙いと必死に声をあげた。


「あのですね! 俺、実はその……俺の国とは美女の基準が違うというか……

 可愛くない子の方が好みといいますか……」

「いえいえ、その様に遠慮なさらずとも!」

「いえ! それはガチです! 嘘じゃありません!」


 ここは引いてはいけないと俺は精一杯声をあげた。


「では……どのような女性がお好みなのでしょう?」


 そう問い掛けたのは意外にもトウコさんだった。

 俺のカミングアウトに少し安堵している御様子。


「あー、そうですね。教皇様は可愛かったと思いますよ?

 他の女性は名前も知らない人ばかりなので……」

「シホウイン殿ですか!? な、なるほど……

 では折角ですので、妹もご紹介させて頂けませんか?」

「え? あ、はい。婚姻は受けられませんが……それでも良ければ……」


 彼女はイチノジョウさんに一つ目配せをし了承を貰ったあと、一人の少女を連れてきた。


 俺よりも少し下かな?


 黒髪黒目、日本人形の様なパッツンヘアー。小顔で少し垂れた優しげな瞳、整った小さな鼻に薄い唇。

 まるで寝巻きの様な印象を受ける白と薄いピンクの着物が良く似合っていた。

 

 あ、かわいい。と思わず声を上げれば周囲から驚きの視線を向けられた。

 だが、当の本人である彼女は先ほどのトウコさんと同様に俺を怖がっている様に見える。


「あ、あの……その……ユキコです」

「あ、うん。俺はカイトだよ。宜しくね?」


 とは言ったものの、婚約とか受ける気はないので先があるわけでもない。

 微妙な沈黙に困っていたら、イチノジョウさんが再び声をかけてきた。


「ふむ。サオトメ殿が良ければ、小間使いにユキコを付けましょう。この子は戦闘面で優れていますので護衛としても使えます」


 また話が勝手に進みそうだったので、嫁を貰うつもりは無いと再び告げてみたのだが、体裁の為にも血筋の者を傍付きにさせて欲しいと頼まれた。


 その程度なら問題ないので了承した。


 そうして話が済んだことで漸く本題に移ることができ、これからの対応について話を進める。

 その過程で俺が考えていた事もいくつかあげてみた。


「なるほど、遠征か……できなくはありませんが流石に他国に戦力を送り込むと問題視されるでしょうな……」


 あー、ガチで神託をスルーしてる感じなのね。

 いや、でも騎士の移動は基本自由じゃなかったっけ。

 少人数を転々と送り込めば大丈夫じゃね?

 一応言ってみるか。


「人数は多くなくてもいいんです。

 最低でも四十階層を単独で狩れる人員が欲しいんですよ。

 未曾有の混乱と言われるほどならそのくらいが最低ラインだと思われますし」

「単独……それが最低ラインか。

 なるほど。足りぬと言われてしまう訳だ」


 あ、いや、何の根拠もない話なんだけど……


 一応訂正を入れておくかと、『希望の光』の話を出して彼らならばこっちの四十二階層を回れる事を話した。

 神託の内容から考えるに、人類が滅びるほどであれば最低ラインがもっと上でも可笑しくない。不確定な推測である事をしっかり説明した。


「その者達を呼ぶ事は出来ないのだろうか?」

「難しい所ですね……オルバンズの計略によってアイネアースの戦力の半数近くが殺されましたから……」

「そ、それは……確かに難しそうですな」

「厳しそうであれば声は掛けますが、過度な期待はしないで置いてください」


 それからも話し合いを重ねた。

 魔物がどの辺りに居るのかを知れたり、その種類が知れたのはこちらとしてもありがたい情報だ。

 ヘレンズのダンジョンでいう所の二十五階層から三十五階層程度の魔物が闊歩しているらしい。

 その程度であれば、うちの面子で削る事も可能だろう。


 とはいえ、どれだけ居るのかもわからないから余剰戦力も欲しいところだな。


 そんな話し合いを続け半刻ほどたった頃、激しい音を立てて戸が開かれた。


 な、何事!? と視線を向ければ御立腹な面持ちのシホウインさんが立っていた。 

 そんな彼女にイチノジョウさんが鋭い視線を向けた。


「シホウイン殿、いくら教皇と言えど、無作法が過ぎるぞ」

「それはこちらの台詞です! 聖人様のお気持ちは伝えてあったはずですよ!?

 それをこの様に勝手に連れ出すなど!!」


 あー、なるほど。そういうことだったのね……


「シホウイン殿、いくら聖人様に見初められたからとて、独り占めしようなどそれこそ神の御心に反するのではないか?」


「「えっ!?」」


 待て待て待て! 可愛いと言っただけだろ!?


「ち、ちょっと待ってください!

 好みの容姿だと言っただけでそれ以上でも以下でも……」

「えっ!?」


 理解が追いつかないといった面持ちでイチノジョウさんと俺を交互に見るシホウインさん。


「なるほど、なるほど。では尚更手前勝手な判断をされては困る。

 この僅か一刻ほどの軍儀ですら必要な情報や提案を頂いた。これからも密に話を詰め、国が一丸となり全力で国の危機に立ち向かわねばならんのだ」


 まあ、うん。そこは概ね同意だけど。

 俺としてはある程度情報交換や指針を決めたら別行動がいいなぁ。

 是非ともシホウインさんに頑張って欲しいところ……なんだけど、何故放心状態なんだ?

 ダメだ。動きそうにない。

 まあ、言いたい事や聞きたい事の話し合いは大体終わったし、今日は帰らせてと言ってみるか。


「じゃ、俺はこの辺で……」

「ふむ。ではサオトメ殿、進められそうなところは進め、後に進捗を連絡をさせていただいても宜しいか?」

「あ、はい。宜しくお願いします」


 そう言って立ち上がると、ユキコちゃんが「では、こちらへ」と外まで案内してくれた。

 シホウインさん放置してきちゃったけどいいのだろうか。という思いを感じながらもいまさら戻れないので与えられた家へと歩を進める。

 すると、やはりユキコちゃんが後ろを付いて来ていた。

 黙っているのも気まずいと声を掛けた。


「えっと、成り行きでこんな事になっちゃったけど、大丈夫?

 辛ければ帰れるように話を進めて貰うけど?」

「だ、大丈夫です……」


 うん、あんまり大丈夫そうではないな。

 こういう時ってどうしたらいいんだろ。

 ああ、そういえば戦えるって話だったな。一先ずそこら辺から話を広げようか。


「ユキコちゃんは戦えるって話だったけど、何階層くらいに行ってるの?」

「は、はい……二十四階層です」

「へぇ。やるじゃん。その年でなら立派立派」

「あ、ありがとう、ございます……」


 ダンジョンの話ならいくらでも出てくるぞと、おどおどしているのにもお構い無しにどんどん話を振って会話を継続させた。

 宿に着くころにはある程度は気を許してくれたのか、顔の強張りは溶けていた。

 口説くつもりは無いが近くで辛そうにされても嫌なので一安心だ。


「それにしても高級感溢れる旅館だなぁ。もっと安い所でもいいのに」


 部屋に入れば、二度目ながらも思わず声に出る。

 だって三部屋もあるし、デカイ露天の檜風呂付いてるし。いや、檜ではないか。


「と、とんでもないです。聖人様をお泊めするのですから、足りないくらいです」

「あはは、歓迎されてて良かったよ。

 国の代表の人たちもまともな感じだったし一安心だ」

「そう評価して頂けたなら幸いです……」


 一先ず、座布団に腰を降ろした。


「ユキコちゃんはこれからどうするの? 朝になったらまた来る感じ?」

「いえ、その……出来れば御傍で仕えさせて頂けたらと……」

「あ、うん。そっか。じゃあそこは任せるよ。

 俺はこの部屋使うから適当に決めちゃって」

「あ、ありがとうございます」


 よし、これで彼女も落ち着くだろう。

 問題は俺が明日から何をするかだな。皆が来るまで遠出は拙いよなぁ。

 かと言って何もせずだらだら過ごすのもな。


 対策立てるのだってこっちのこと何も知らない俺じゃ今日話した事以上は無いし。

 

 あ、待てよ……こっちの魔法とスキルで知らないのとかないかな?

 そう思ってユキコちゃんに聞いてみるが、彼女が知っている範囲では新しいものは無かった。


 いよいよもってやる事が無くなったと『魂の聖杯』を限界まで使い、早々に寝に入った。

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