第74話


 数日の時が過ぎ、オルバンズ伯爵邸にてアイネアース国とティターン皇国による調停締結を行う会談が開かれることとなった。


 こちら側は女王、宰相、王女三人、俺が席に着き、向こうは皇帝、宰相の他に青年が一人に少女が三人同席している。


 場を取り仕切るのは皇国の文官の様で、直立して間に立ち契約内容を読み上げた。


 契約内容と言っても謝罪文は既に届きオルバンズ伯の悪行も下知されているし、損害賠償も既にこの場で成されている。


 ここで読み上げられたのは俺の安全を保障するというものだ。


 かなり俺に有利なもので、少しでも攻撃されたなら誰に何をしても許されるレベルのものだった。


 大げさに言うと、武器を向けられた場合、その周辺にいる人を皆殺しにしても無罪になってしまう程だ。


 さすが異世界。素手で殴られただけでも構わないというのだから過激にも程がある。


 他にも、子爵よりも上の身分の貴族に対し手を出したら死罪というお触れを出すそうだ。


 皇帝が命を賭けていいのだろうかと疑問だったが、自分が画策に関わっておらず手を出すなという通達を出せば貴族が暴走しても違反にはならないと聞いて納得した。

 不敬罪などの罪も一切問われない。

 

 俺の方の条件は、契約を逆手に取る真似をしない事。教国の使者と面会し話をつけるという事だけ。


 契約の他にも様々な確認事項の応酬が続いたが、半刻程度で一段落が着いた。


 さて、これで一先ず堅苦しい話し合いは終わりだなと一息つけば、意外な所から声が掛かった。


「キミが今回の戦争で指揮したんだってね。

 この件が片付いたら私の所に来ないか?」


 そう問いかけたのは皇帝の隣に座る青年だ。皇太子殿下らしい。

 頬に掛かる程度の長髪。細身で知的なタイプの青年だ。


 柔らかい笑みを浮かべているものの、相手を見透かしているかの様な自信気な目をしている。


「いや、俺は平和に暮らしたいんでお断りします。

 今回の件も半強制でやらされて、相当精神的にくるものがあったので……」


 うん。俺は魔物専門なんだ。正直戦争に連れて行かれるのはもう嫌だ。


「あーそういうタイプか。しかしそれは無理だろう。

 戦争で一騎当千を達成して平和に暮らし続けられた者の話は聞いた事がない。

 まあ、一応頭に入れて置いてくれ。配下に入るなら相応の好待遇は約束する」


 いや、千人切りなんて達成してないから。と弁解する前に皇帝からストップが掛かり、とりあえずこの場から開放されることになった。






「カイト様って本当に肝が据わってますよね……」

「はぁ? なんだよいきなり……」


 皇族御一行の立ち並ぶ人力車の一つに乗り、皇都を目指す最中、リックがそわそわしながらもジト目を向けてきた。


「言っておくがもう終戦したんだぞ? 行く理由もしっかりしてるじゃん。

 不安がゼロって事は無いけど、もっと悪い状況も覚悟してたからな」

「いや、そうとも言えますけど……いやまあ、とりあえず今二人きりなことに感謝しておきますか……」


 リックは一つ息を吐き、背もたれに体を預けた。


「そういえば、良かったんですか? 王女様たちは……」

「いや、良いも何もないだろ。どうにもならん事もあるっての」


 そう。三人には申し訳ないが当分は帰って来ない旨を伝えてある。

 珍しくリズが最後まで駄々を捏ねていたが全面戦争はできないだろと言い続け黙らせた。


「まあ、そうですよね。

 しかし大変ですね。王女様に惚れられるというのも――――――――」

「まったくだ。なんで俺なんかに全員来るんだろうな……」


 そうして二人で談話を続けながらも人力車で皇都へと進んで行った。





 あれから数日の旅を終え無事に皇都に入り、一先ずの住居として大きなお屋敷を貸し与えられた。


「なんか、凄い待遇受けちゃってますね、俺たち……」


 俺とリック二人だというのに家のギルド本部と大差無い大きさだ。

 調度品などを入れればこちらの方がよっぽど豪華と言える。


 使用人も八人ほど付いていて、執事を筆頭にメイドさんがせっせと働いている状態だ。


 適当に椅子に座れば、飲み物を差し出され後ろに常に控えてくれている。そんな状況で二晩過ごしたが、今の所なんの音沙汰もない。


「だよなぁ。まあ長居はしないだろうし、お貴族様気分を味わっとこうぜ」

「いや、カイト様は伯爵閣下でしょうが……」


 雑談が途切れ、手持ち無沙汰を誤魔化そうと魂玉の吸収を始めるた。


 だが、後ろに立っていたメイドが「なっ」と驚きの声を漏らした。


 ああ、そうか。これは人の魂って考えられているんだっけか。迂闊だったな。


「心配はいりませんよ。これは神様に与えられたスキルです。魂玉も犯罪者のもの。浄化されているのでしょう」


 俺がどうしようと視線を向ければ、リックが気を利かせてメイドに適当な言い訳を伝え難を逃れた様だ。さすが商人だな。


 メイドは気まずそうな表情で一つ頭を下げて持ち場に戻る。


 そんな時、ノックして入って来た執事から客が来た旨を伝えられた。

 教国の使者たちが来たらしい。


「とうとう来ましたね……」

「だな。俺は黙って居ればいいんだよな?」


 道中の打ち合わせではリックが間に入り話を進めてくれる手筈になっている。その旨を再確認すると彼は一つ頷いた。


 それを見て使用人に「通してくれ」と頼んだのだが、彼が動く前に戸が開いた。

 

「やっと、やっと見つけました。あなたがサオトメ・カイト様ですね?」

「えっと……そうですけど、あなたは?」


 迷わず目の前に来て問いかけられたことも意外だが、彼女の容姿への驚きの方が大きかった。

 巫女装束に黒髪ロングのぱっつんヘアー。物語に出てきそうな巫女そのものだ。

 後ろに控える四人の男も全員黒髪。袴を着ていて刀の様な武器を腰に差している。


「突然の来訪、失礼を致しました。わたしはアプロディーナ教の教皇を勤めて居りますシホウイン・アカリと申します」


 彼女が一つ頭を下げると後ろの四人も名を名乗り頭を下げていく。


「な、なるほど。私はアイネアース国の騎士カイト・サオトメと申します。隣に居るのはうちのギルドの商人でリックです。俺の話は彼と詰めて貰ってもいいですか?」


 お、おし!

 ちゃんとバトンを渡せた。これで後は成り行きを見守ればいいだけ。

 本当に大丈夫だよな、と彼女等の顔色を窺えば、後ろの男が訝しげな表情でリックに視線を向けたが、異論を言うほどでは無い様だ。


「ええと……先ず誤解が無い様に言わせて頂きますと、カイト様は事務的な話を少々苦手としておりまして慣れるまでは代理を立てたいというだけで他意はありません」

「なるほど、そう言う事でしたか。安心しました」

「それでは、御用向きをお教え願えませんか?」


 彼女はリックの問いかけにも丁寧に応え一つ頭を下げると語り始めた。

 




 話は十年前に下った神託の話から始まる。


『あと十余年ほどで人の世に未曾有の混乱が訪れる。その時に備えなさい』


 この神の言葉を聞き教国は隣国に親書を送り神託を告げたが、皇国も諸王国も戦争中で相手にされなかった。

 ならば自国だけでもと色々やって成果を上げて来たが、神様のおめがねには適わなかった様で何度もそれでは足りないという神託が下った。


 そして……


『このままでは人族は滅びる。

 これが私に出来る最後の慈悲。召還により見込みのあるものを呼び寄せました。

 カイト・サオトメという男です。この者は信徒ではなく客人。

 丁重に扱いその身を差し出してでも守りなさい。さすれば勝機は訪れるでしょう』





 と、俺が呼び出された下りに繋がった。


 ……いや、うん。

 召還された当初ならキレてたけど、今となっては逆に良かったかな。

 このままじゃ皆が死んじゃうらしいし。

 予想通りっちゃ予想通りだし、こりゃ受けるしかないなぁ。


「了解。それで俺はこれからどうすりゃいいの?」


「カ、カイト様!?」とリックに強い視線を向けられたが、神様にこのままじゃ滅びる宣言されたら協力しない方が馬鹿らしいじゃん。

 なんて思っていたらキッと睨まれてしまった。


 わかりましたよ。はいどうぞ。


「あー、先ず話を聞きかせて頂いて、実際にどうするかは深く話合うということで宜しいですか?」

「は、はい! それで構いません!

 その、できれば聖人様には我が国に来て頂いて、国を守って頂きたく……

 勿論、兵も全軍お預け致します」


 あれ? またそういう流れ?


「もし行くとしたら、うちのギルドメンバーとか全員連れて行ってもいい?」

「勿論で御座います」

「アイネアースも守りたいんだけど、そっちは大丈夫?」

「はい。北西に魔物の大規模な群れが出来ているそうなので、目下の標的となるのは我が国と諸王国となるでしょう」


 なるほどな。


 それなら問題無さそうだな。と声を上げようとした所でリックに腕を掴まれた。


「では、カイト様も前向きにお考えのようですし、条件のお話に移りましょうか」


 ああ、そうだった……

 受けた後に決めると条件が悪くなるから受ける前に話し合うって言ってたっけ……


「条件、ですか? 報酬ではなく……?」

「はい。ギルドメンバーの待遇。勝利の見込みが無い場合に逃げられる権利。有事までの間どれほどの自由を下さるのかなど、前もって決めて頂かねばなりません」

「ああ、なるほど。私に出せるものであれば、すべてを承諾致します」


 彼女は臆面も無く、そう言った。


「え? いや、その……

 教国では教皇様は王様と同等の権力を持つと聞いたのですが……すべて、ですか?」

「はい。神は仰いました、身を差し出してでも守れと。

 それは信徒である我が国の国民すべてに当てはまります。ですのですべて、です」


 彼女は当然だという顔で頷いた。


 えっと、何か怖いんですけど……

 神様も多分そういう意味では言ってないよ?


 そんな俺の心情を読み取ったのかリックが再び言葉を投げ掛けた。


「いやいや、本当にそこまでの全権があるのですか?」

「当然、命を差し出せと言えば異を唱えるものもは出るでしょう。

 ですが神の言葉に異を唱えるのであれば、その者は国民ではありません」


 四人の男たちも当たり前だと言わんばかりに頷いている。


 うへ、なんて怖い国だ……


「えっと、ではギルドメンバーも含めて十全な環境の下で生活が出来ると考えて宜しいですか?

 恐らく、色々なダンジョンに行くでしょうからこちらの都合で国を出る事もありますが……」

「当然です。問題ありません」

「では、詳細を詰めましょう――――――――」



 そうして、違う方向へと戦々恐々させられながらも教国へと移る事が決まったのだが、終始リックは不安そうにしていた。


 どうやら教国では契約魔術は御法度らしい。

 神様に軽々しく願い事をするなとの考えだそうだ。


 日本からきた俺としては普通なことなので特になんとも思わなかったが、契約魔術が肝と考える商人にとってはありえない事なのだろう。


 移動は一先ず俺が先に行き、リックはアイネアース方面へと戻って通信魔具でギルドメンバーと連絡を取り、教国へと向かう事となった。


 国が使う様な通信魔具なら此処からでも届くんだが、俺たちが使っているのでは結構移動しないと届かない。


 皆と合流してから向かう方が良かったんだけど、シホウインさんの強い願いにより彼女たちと同行する事となった。


 まあこっちとしても彼女が納得してくれないと、皇国との契約上皆が安心して皇国に入れないからな。



「ではティターン皇帝に許可を貰い、明日の朝出発しましょう」


 そう言って彼女は通信機で皇帝に繋ぎ、話が着いたことやうちのギルドメンバーが国を通過する事などを告げてくれた。


『うむ。話が着いた様で何よりだ。

 ならば、本日の宿はその屋敷を使うと良い。共に居る方が安心できよう』


「色々無理を言ってしまったのに、お心遣い痛み入ります」


『理由が理由だ。巫女殿に文句を言うつもりは無い。

 それに戦争や内乱のお陰でこちらはあまり余力は無いのでな。

 これで諸王国が疲弊してくれればうちは当分安泰という目論見もあるのだ。

 そなたらの活躍を期待しておるぞ。ではな』


 通信が切れると彼女等は打って変わって顔をしかめた。

 お付きの中でも若い二十代であろう男が口を開いた。


「この国の奴らは神のお言葉を何だと思っているんだ!

 アプロディーナ様は未曾有の混乱だと仰ったんだぞ! 大馬鹿過ぎるだろ!」

「こら、ハク! おやめなさい。みっともないですよ」


 言われて見れば確かにそうだな。

 どれだけかはしらんけど最低限、人を殲滅できるレベルの魔物の軍勢が近場に居るって事だもんな。


「まあ、最悪の最悪は魔物を誘導して皇国に流して無理やり手伝わせればいいじゃん?」

「おお、流石は聖人様! 良い事を仰る!」

「え……何で聖人様なの!? 俺は一般人だよ?」

「何を仰いますか。神に選ばれた尊きお方が一般人な訳がありますまい」


 あちゃー……また変な方向に勘違いが……

 ちょっとリック、何とかしてよ。こういう時のために居てくれてるんだろ?


「いや、カイト様は一般人じゃないですよ?

 まあ、聖人というより英雄という感じですがね」


 リックの言葉に教皇たちは「なるほど」と頷き納得の意を示す。


「いや待て待て。お前までハードル上げるなよ!

 ぶっちゃけ俺一人が頑張ったところでだからな?」


 なにやら変に持ち上げられて不安を煽られるが、それを言っても始まらないので「それで、その魔物の群れはもう攻めて来てるの?」と現在の状況をたずねた。


「いえ、送り出した調査隊の話ですとこのまま増えれば年内にはこちらに来てもおかしくないと聞いております。何分、まだまだ遠いもので正確な情報は……」


 それだけ遠いのに良く情報がつかめ……あ、なるほど神託でわかったのか。


「んじゃ、逆にそっちの戦力はどのくらい? ダンジョンの階層で言うとどのくらい奥に行けてるかな?」

「はい。我が国一番の精鋭である侍であれば、三十八階層まで進めております。

 ですが、一般の武士ですと大半が二十五から三十といった所です」


 あれ? そういえば教国のダンジョンの難易度知らんな……

 そう思ってリックにぼそぼそと尋ねてみたら平均すると帝国と同程度らしい。


 マジか……十数年育成したにしては弱くね?

 アンドリューさんたちの方がよっぽど強いぞ……


「いえ、聖アプロディーナ教国はダンジョンが少ないんですよ。一番神の御加護が強く、魔物が少ない地だと言われています」


 なるほどな。レベル上げが難しい環境なのか……まあ、それにしたってとも思うけど。

 そんな面持ちを察知されたのか、突如彼女が深く頭を下げる。


「申しわけございません。ですが兵数であれば八万は確保できます!」

「は、八万!?」


 あ、わかった。全体を満遍なく鍛えてるから育たない感じだろこれ。

 こちらの驚きの声に、彼女等は「神のお言葉を賜ったのですから当然です」と自信満々に頷いて反した。


「そ、そっか。んで、俺はそっちへ行って何したらいいの?」

「はい! 先ずは聖人様のお披露目をさせて頂くために、パーティーに数回出て頂きまして……」

「ま、待て待て待て! 世界の危機なんだよな? 少しでも時間を対策に当てるべきだよな?」


 まさか……俺がいれば余裕なんて勘違いしてんじゃないだろうな!?


「で、ですが、まずは聖人様の存在を知らしめねば命令を下すことにすら面倒をお掛けしてしまうかも知れません……」

「いや、俺から命令下すとかしないし。

 俺たちは別部隊だと思ってもらえた方が楽なんだけど?」


 一応、リックの方へと眼を向けて「だよな?」と問い掛けた。


「カイト様……お偉方とは顔繋ぎしておいた方が良いのではありませんか?

 その方がトラブルを未然に防げると思いますよ」

「えー、堅苦しい席に何度も着くのは嫌なんだけど……」


「そりゃ、気持ちはわかりますけど……人類の命運が掛かってるんですから」とリックに嗜められていると、再び彼女が声をあげた。


「わかりました。聖人様がそうお望みであれば、私の権限で何とか致します」

「お、助かるよ。じゃあ、そういう感じで!」


「か、カイト様……」と飽きれた視線を向けるリックをスルーして彼女たちとの話合いは終わりを告げた。


 その後は使用人に彼女たちの部屋割りを任せ、顔を合わせることもなくその日は終わりを告げた。

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