第71話


 流石にまだ逃げられないので不貞腐れて後方に戻り、アディに抱きついて愚痴を零す。


「アディ聞いてよ。酷いんだよ」

「ど、どうしたの!? そんな顔しないで……私が何とかするから言ってみて!」

「本当か!? いきなり総大将やれとか言われて困ってるんだよ! 助けて?」

「え、うん? いい事でしょ? 凄い事よね?」


 アディの問い掛けに一同が沸いた。何故かギルメン以外も盛り上がっている。

 

「何を嫌がっとるんじゃ。

 指揮を取れるベテランが勢ぞろいしとるんじゃから、お飾りで問題ないじゃろ?」

「それがぁ――――――――」


 どうやらお飾りは許されなそうな旨を皆に伝えた。


「ね? 貧乏くじでしょ?」

「いや、敵国侵入よりはいいんじゃねぇか? 下手すっと市民とまで戦うことになるだろ? 良く分からんけど」


 いや、それは無いだろ。

 流石に限界まで兵をこっちに寄越してるだろうし、多分隠密行動だよ?

 手薄なオルバンズ伯爵家に乗り込んで……あれ? あっちの方が楽じゃね?


「大丈夫だ。多分大丈夫。うん。攻めて来ない。何もしなくても無血開城」

「いや、城じゃねぇけどな?」


 ったく、レナードは人事だと思って気楽にしやがって。


「もうっ、しっかりしなさいよ!

 例え攻めてきても魔法で大半を削れるんでしょ。その時は私も戦うから」

「そうです。この日の為に、カイトさんとの逢瀬を我慢して加護を得てきたのです。

 どっしりと座っていて下されば良いのです」


 王女二人は平常運転。俺の気持ちを理解してくれる人は一人も居ない。


「あーもう、わかったよ! はーい、んじゃ前に椅子持って移動!」


 俺はもうやけになって椅子を持って移動した。

 そしてどっしり座って前を見据える。


 思ったとおり、この距離でも全員武器を収めていない程に気を張っていた。

 それを座って監視していれば後ろから声を掛けられた。


「ウォーカー卿とも話が付いて実行される事となった。

 サオトメ殿にはこれを渡しておく」


 ハロルドさんが玉二つと棒を渡してきた。

 なんです? 卑猥な冗談ですか? と彼の顔を見上げる。


「その棒は声を拡張する。通信はウォーカー卿とワイアット宰相へと繋がるものだ」

「なるほど。卑猥なものじゃなかった」


 思わず言ってしまったが彼は首を傾げるだけだった。どうやらその発想には至らなかったらしい。

 丁度良いやとニコラスさんへと通信を繋げた。


「カイトです。お疲れ様です」

『うん。先ずはこの言葉を贈らせてくれ。良くやってくれた。ありがとう』

「いや、まだ早いですってば。その前に何で俺が総大将なんだとか色々物申したいところですが、逃げられそうにないのでお願いがあります」

『うーん……奇抜な作戦を作ったのもキミだし、身分的にも妥当なんだけどね?

 それで、どんなお願いかな?』

「皆のご飯を作ってください」

『うん? もう一度いいかな?』


 なんだよ。それくらいしろよぉ。と思ったがどうやら彼は意図を聞きたいらしい。


「必死になって警戒している奴らの前で座って飯でも食ってやろうと思いまして」

『なるほど。それは……悪魔の所業だね。

 うん。あいつらには相応しい仕打ちだ。ただの嫌がらせかい?』


 いや、俺は悪魔じゃねぇよ?

 てか嫌がらせとかその言い方止めてよ。間違ってないけど。


「違うんですよ。格差を思い知らせる為です」

『ふむ。兵士の腹を満たす以外にも意味があるんだね。聞いてもいいかな』

「いえ、大した事ではないですけど……

 警戒にも値しない程に差があると言外にアピールするだけです。

 深読みして何か手がまだあるのだと思うかもしれないし。てかお腹すいた」

『……最後の一言が無ければ良い話だったんだけどね。

 少しエヴァンの気持ちがわかったよ』


 はぁ? あいつ何言ってんの!? めっちゃ気になる!


『まあ、兵站は必要だ。了解したよ』


 ちょっと、教えてから切ってよ!


「おい、リディア!」

「なんですかご主人様」

「膝枕」

「はーい」


 ふぅ。美少女の膝は心地良いな。もうこのまま寝ようかな。

 zzz





「……きて……おきて……く……かな」

「んだよ、うっせぇなぁ。疲れてんだよ!」


 もうちょっと寝かせろよ。そう思いながら片目を開けた。

 そこにはエヴァンの父ちゃんがいた。


「お、おはようございます」

「本当に寝ていたね?」

「ま、まさかぁ……」

「これも作戦かい?」

「そう、思います?」

「思えないよね?」


 ですよねぇ?


「ふむ、大将がそこまで負担だったのかな?」

「というか、森から森へと命懸けの連続ですよ。そしてどうにか切り抜けたと思った所で重い役職が来たんです。不貞寝くらいしますよ」

「戦の真っ只中で不貞寝は出来ないと思うけどね? 普通は……

 まあ、要望通り軽い食事を用意させたよ。サオトメ殿も手を付けてはどうかな」


 あ、そうだった。飯頼んだんだった。

 なんか余計に気まずい。頼むんじゃなかった。

 けどさ、ハロルドさんが居るんだから俺お飾りじゃん?


 って結構おいしそうな匂いさせてんな。何を持って来てくれたのかなと視線を這わせれば大きな寸胴鍋が数個置かれていてスープとパンが皆に配られていた。

 流石に全員一気に休憩とはいかないので、食べる奴は前に持って来た椅子に座らせて順番に食べさせた。


 そして、何時まで待つのかと不満そうにしている奴らに声を掛けた。


「今進めている作戦が上手く行けば夜くらいには戦争自体が終る。こんな一大事だし、そのくらい耐えられるだろ?

 まあ、失敗したら明日もこんなだろうけど……」


 その作戦について聞きたいという声が結構上がったが、当然スルーした。エヴァンの父ちゃんを見て、あいつの嫌味を思い出したのだ。

 情報は何処から漏れるかわからないという話を。


 人を考え無しの馬鹿扱いしやがって……俺は学べる男だぞ。


 そうして多少の情報開示をしたからか、お腹が膨れたからか、多少雰囲気が良くなった。


 しかし、あっちは大人しいままだな。もっとマイク使って何か言ってくるかと思ったんだけど。


 まあ、今は煽って動かれても帰られても困るし、向こうが動きを見せるまでは放置でいいかな。


 オルバンズ伯爵を討った知らせがきたら、折をみて降伏勧告でもすればいいだろ。

 それで逃げてくれなかったら面倒だなぁ。そこら辺考えてオルバンズ伯の通信魔具でも奪ってきてくれたらいいんだけど。

 この世界、死体が出ないから首を取れない訳だし、証拠がなぁ。


「カイト様、徽章光ってますよ?」


 と、コルトに言われて気が付き、即座に魔力を込めた。


『こちらは伯爵家前まで到着した。

 これから間もなく突入予定だが、カイト、問題はないか?』


 おお。早いな。俺、結構寝てたのか?

 ああ、うん。あれだけの飯を準備したんだから相当な時間だな。


「今の所動きはありません。そっちが終わったら降伏勧告しちゃっていいですか?」

『む、構わぬが捕虜とするのか?』

「いえ、戦死者は一人でも減らしたいし、逃げてもらいましょうよ。

 完敗した喧伝もしてくれるでしょうし」


 うん。ぶっちゃけさっさと終りにして終戦にして欲しい。

 その為にはお互いに被害が少ないほうが良い。

 こっちに手を出したら痛い目を見るのはわかっただろうし。


『わかった。では突入を始めた事と今の件、ウォーカー卿へと報告してくれ』


 その言葉に了承し通信を終わらせ、まだ此方にいたニコラスさんへと声を掛けた。


「今ルンベルトさんから通信があって着いたから突入すると報告を受けました。

 それが成ったら、そのまま降伏勧告して受け入れれば逃がそうかと思うんですけど、いいですか?」


 すぐ近くにいたので逃がしちゃっていいかと質問を投げた。


「ああ。そうしてくれた方が助かるね。流石に四千もの捕虜の維持費は安くない。

 今殺るか、逃がすかの二択だ。戦争を終えてから殺すわけにも行かないからね」


 彼は「出来ない事も無いが、和平を望むのであれば今しかない」と補足を入れた。


 結局は暫くは待ち時間だと気楽に構えて居たのだが、半刻程過ぎた頃オルバンズ軍が動きを見せた。 


『全軍突撃ぃぃ! 数で押しつぶすのだぁ!

 兵力差は倍以上、魔力が回復したのだ。戦えば勝てる! 進め進め進めぇ!』


 はぁ? 何ってくれてんのあの馬鹿。

 クソっ、こうなったらはったりで通すしかねぇ。


『オルバンズ軍に告げる! 戦争は終結した。もう戦わなくていいんだ!

 死にたくなければそこで止まれぇ!』


 まだ魔法の射程外。そのお陰か本当に敵兵は足を止めた。


『何を止まって居る! このまま帰っても命令違反で極刑に処すぞ!』


 指揮官の言葉に強い動揺を見せたが、足を止めたならばと畳み掛ける。


『その判断を下すオルバンズ伯爵は我らの別働隊によって討たれた!

 聞け! オルバンズの兵よ!

 此度の戦はオルバンズの独断。

 その戦犯たる男が死んだ以上、お前らを罰するものは居ない!

 このまま指揮官を差し出し、武器防具を捨て逃走するというのであれば、一切の手出しをせず見逃す事を、アイネアースの名を持って誓う!

 だが、それ以上進めば攻撃を開始する。

 生か死か、己で選べ!』


 そう告げてみれば、彼らの行動は思いの外早く、一目散に武器を捨てて逃げ出した。

 大半は防具までは捨てていないが、逃げ出した以上これでもう安心だ。


 けど、指揮官は? と目を凝らせば一緒になって逃げようとしていたが、蹴飛ばされて転がり、魔法を撃たれていた。

 そして彼が取り残されたまま、国境門が閉められる。


 直ちにルンベルトさんへと報告を入れた。


「――――――――ってな訳でそっちに敗残兵が一杯行ってますけど、多分戦意は無いはずです。

 そっちは時間掛かりそうですか?」


 報告と問いかけを行えば、向こうから悲鳴が聞こえる。戦闘中の様だ。


『ふむ。そういう事であれば、一族郎党は諦めるか。

 オルバンズ伯とその後継は既に捕らえた。

 本館近くの別館も制圧は終わって居る。終りにしても良いころじゃ』


 すげぇな。さっきの通信から一時間程度だってのに、電光石火じゃん。


『では、我等はオルバンズ伯を運び帰還する。カイト、良くやった』

「それはこっちのセリフでしょ。お疲れ様です。お気をつけて」


 通信を切ってアレクにお爺ちゃんが無事な事を伝えて居れば、周囲に人が集まって来た。


「サオトメ殿、勝鬨を」


 え? なにそれ。

 どうやんの? とこっそり、レナードに問い掛けた。


「あれだ。うぉおぉぉぉ! って声を上げれば――――――――」

「「「うぉぉぉぉぉっ!!!」」」


 やっちまったと口をパッカリ空けるレナード。


 俺達はそれを見て唖然としたのち、爆笑した。


 緊張が切れたこともあるのだろう。

 何故か笑いが止まらず「戦犯、戦犯」とレナードを指差して笑った。


 勝鬨の声が静まり、浮き足立った面々が暫く雑談を始め落ち着いてきた頃、ハロルドさんが声を響かせた。


「諸君、良くぞやってくれた。

 この戦いは東部森林大討伐に続き、永遠と歴史に残るものだろう。

 今日、我らは国の英雄となった。これは参加したもの全員の戦果である!」


「「「うぉぉぉぉ」」」


「これより後ろの救護所へと移動し、別働隊が帰還し次第帰るものとする。以上だ」


 そうして全員で百メートルほど離れたソフィアたちの居る救護所へと移動した。


 そちらでは俺達を向かえる為か待ち構えていて、どこかの騎士団が武器を掲げるとそれにあわせて喝采の声が上がった。


 先頭で待ち構えていたソフィアが一目散に走り飛びついてきて『また周囲へのアピールか……』と呆れそうになったが彼女の泣き声を聞いて思い改める。


「本当に良かった。生きててくれて。ありがとう、本当にありがとう」


 縋り付き掠れた声を張り上げるソフィアの頭を撫でて慰める。


「ああ。これはお前のヘイストのお陰でもある。ありがとな?」

「大好きぃ! 大好きぃぃ!」

「はぁ? おま!! ちょ……」 


 驚いた顔で全軍が此方を見ている。


「皆見てるから離れろって。じゃ、仕事は終わったから俺は帰るから!」


 とソフィアを引き離し逃走を図ろうとしたが、リズとアリスちゃんに両腕を掴まれた。


「カイトさん! 私もお慕いしております!」

「一番貴方を想っているのは私よ!」


「「私よ(です)!!」」


 なにキミ等……なんでわざわざ大声を上げるの? 俺を追い込みたいの?

 いいだろう。こうなったら言い返してやる。


「俺は時と場所も選べない慎みのない女は嫌いだ!!

 本当にもう逃げる! もう知らんからな!」


 人の事を考えない振る舞いに頭きて、怒鳴り声を上げれば王女三人はお得意の武器を出した。


 そう。『涙』だ。


 俺は困った顔をするハロルドさんに通信魔道具を返し、一目散に逃走した。


「ちょっと、カイト様!」とコルトの声が聴こえたが、スルーして走り続ける。

 さて、もう良いだろうと振り返ればうちの面々も付いて来ていた。

 足を止めてみれば飽きれた顔でこちらを見ている。


「いや、だって普通逃げるじゃん。あんな仕打ちされたら」

「確かにあれはないと思いますが、総大将が逃げて良かったんですか?」


 うっ。そう言われれば……そうかも。


「まあいいじゃねぇか。これがカイトさんだろ。相変わらず予想外だけどよ」

「確かにねぇ。カイト様らしいかも。あはは」


 レナードとエメリーがあっけらかんと言い、納得の声が上がると自然と町の方へと歩を進めた。


「カイト様、逃げると言っていましたが次は何処へ行くのですか?」


 少しワクワクした様子で問い掛けるソーヤ。


「馬鹿じゃないの! ちょっとは考えて喋って。まだ報酬貰ってないでしょ!」


 キッと睨みつけるソフィ。


「あら、カイト様は報酬なんて気にしないわよ?」


 おっとりと微笑を浮かべるアリーヤ。


「おし、次は皇国を抜けて連合諸王国にでもいくか?」


 聖アプロディーナ教国でもいいが、宗教国家は文化が違うイメージがあるのでそんな提案を上げてみた。


「かっかっか、主は本当に自由奔放だのう。

 まあ、そっちの酒も味わってみたくはあるな」

「お、そうだな。良い女も居るといいんだが……」

「まずはカイト様の安全だ。レナード、羽目を外しすぎるなよ」


 いや、俺はもうそこまで雑魚じゃないだろ。

 纏い使えばお前らと同等以上には戦えるぞ。


 まあそれはいいか。守ってくれるのはありがたい。


 ん? どうした、ソフィ。ジッと見上げて。


「本当に報酬を捨てて逃げちゃうんですか?

 カイト様が英雄として称えられる所見たかったのに……」


 ええ? それってソフィにとってはいいものなの?


「それ言ったら私だって見たいわよ」

「そうですね。素敵でしょうね……」


 アディとアリーヤまで……


「うん。私もみたーい! よーし、じゃあ説得しちゃおっか?

 カイト様ぁ、その姿見せてくれたら、私達が全員でご奉仕しちゃう!」


「はぁ? 全員で一度に?」と、皆を見回してみれば満更でもない顔をしていた。


「そんなの出るに決まってるじゃん! ほら、早く王都に帰るよ!」


 皆を急かして帰路を走る。


「ま、しょうがねぇよな。童貞卒業したばっかりだしな」

「レナードぉぉぉ!!」

「なんだよ! 今のは別に悪くないだろ!?」


 そんな風にいつもの様に騒ぎ、俺達は王都へと戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る