第66話
あれから二月が過ぎ、あのカミラおばちゃんがやってきた日から俺はずっと至福の時を過ごしている。
アリーヤ、エメリー、アディ、サラ、ソフィ、リディア。彼女達が順番に夜中に部屋に来てくれるのだ。
もう昼間は完全な賢者だった。
一度軍儀に呼ばれてお偉いさん達と顔を合わせることになったりもしたが、予想に反してかなり友好的に受け入れられて特に嫌な思いをする事もなく終わった。
それ以外は毎朝、魂玉を吸収した後はボスが居そうな三十階層前後のダンジョンへと毎日遊びに行っていた。
ボスを討伐するのにも慣れてきたが、あれからドロップは一度も無い。まあ、これが普通なのだろうが。
魂玉のお陰で俺とアレクは結構魔力総量が増えた。最初は十一個しか吸収できなかったが、今は三十個以上いける。
すべてを吸収に使っているから正確な魔力量は測れていないが、熟練度で魔力消費量が変わったりしなければ少なくとも倍以上になっているだろう。
魔力が増えたとテンション上がりっぱなしのアレクや勤勉なリズは毎日の様にうちの男勢と共にダンジョンにお泊りしている。
アリスちゃんとソフィアも毎日レベリングに勤しんでいるようだ。
アリスちゃん辺りは即行で夜這いでも掛けてくるかと思ったが、そんな事はなかった。
三人とは二日に一回は顔を合わせているんだけど、いつも通り軽く擦り寄ってくる程度でそれを受け入れているが、賢者モードなので特にそれ以上のことは無い。
うむ。平和ならそれが一番いいのじゃ。
今日はソフィちゃんを抱き枕にしながら目が覚め、女の子達に囲まれながらモーニングティーを楽しんでいる。
もう言う事はなかった。
ダンジョンが家? いやいや、俺の家はここだよ。と手の平を返すほどに満喫していた。
そんな時、通信魔具が光った。
今では名前を付いたケースに入れているので誰からの通信だかすぐにわかる。
というか、今光っているのは特殊な形をした貴族の証でもある通信魔具だ。
名誉伯爵になった時に貰ったやつである。
要するにカミラおばちゃんかワイアットさんからの通信という事になる。
一体なんの用だと少し戦々恐々としながらも魔力を送り起動する。
「はい、カイトです。どうされました?」
『おお、すんなり通じてよかった。オルバンズ軍がとうとう動き出したと連絡が入っての。このまま行けば来週にも始まる。開戦じゃ』
はぁ? 来週って四日後じゃん。まだ春にはなってないよ?
いや、それはあっちの都合でいくらでも変わるか。
「わかりました。うちの面子はいつでも出れるようにしておきます。どこにどの様に集まり向かうのかが決まり次第連絡お願いします」
『うむ。話が早くて助かるわ。一先ず王都に集まる予定となっておる。
全軍集結までには二日は掛かるが、その前に動く事になるじゃろう。
今すぐ動く事はないが念の為そのまま待機を頼む。また連絡を入れる』
色んな所に連絡入れまくりで大変だろうから完結に終わらせて、リズに通話を繋げる。
「おい、話は聞いてるだろ? うちの連中を屋敷に戻すように言ってくれ」
『はぁ? そんな事いきなり言われてもわからないわ。何の話よ』
あれ? ワイアットさん俺の方に先に連絡くれたのか。
「オルバンズの兵が動いたってよ。戦争が始まると今連絡を貰った。指示があるまで『絆の螺旋』は屋敷で待機する事になったんだ。リズも戻ってこいよ」
『―――っ!? わ、わかったわ。今すぐ片付けて向かう!』
「おう。無理はするな。早ければ来週開戦だと言ってたから時間の余裕はある」
その言葉に落ち着きを取り戻したのか『そう』といつもの様に短く返すと通信が切られた。
他への連絡は勝手に回るだろうし、一応アイザックさんにも話を回してそのまま待機かな。
そうして連絡を入れれば、かなり驚いて居たが、後武運をと戦勝祈願されて話はすぐに終わった。
「カイト様、本当に勝てるんだよね?」
「エメリーあんた何言ってるのよ。そんな事わかる訳無いじゃない!
まあ、でもカイトくんが居るんだから有利なのは間違いないけど」
「あー、でも数の暴力って予想以上にヤバイから調子に乗るのだけは止めろよ?」
うん。ステラみたいな事をされたらマジで死んじまうからな。
って何で皆余裕の笑顔に変わったの?
「カイト様の予測では調子に乗れるほど余裕な事態になるんですよね?」
「うふふ、カイト様がそう予測されているなら安心です」
「待て待て、多分大丈夫だとは思うけど、戦況なんてどう転ぶかわからないっての」
てかぶっちゃけ六千の敵に本当に勝てるのかと俺は未だに疑ってる。
ただ、この戦いで死ぬとは思っていない。多くの人が死ぬとは思うけど、俺と仲間を生き残らせるくらいは出来るだろうと思っている。
なぜなら俺たちの配属場所が森の中。伏兵の役目だからだ。
仮に本隊がぶつかり乱戦になって参戦の指示が降っても、側面から回り込んでケツに魔法をぶち込みまくってやればいい。
魔力が尽きそうになったら様子見て特攻するか考えればいいのだ。
こっちの面子は半数以上が知り合いだ。そこら辺の指示もスムーズにいくだろう。
そう、俺達と『おっさんの集い』と何故かヘレンズ騎士団が一緒らしい。
ヘレンズの騎士団は会った事ないんだけど、指揮権は俺にあるみたいだし問題ないはずだ。
俺たちの担当は北。ポルトール方面へと続く森の中を守ること。
その件でリズが自分も伏兵に入ると大分ごねたが、普通に無理なので突っぱねた。
正直心配だから参戦して欲しくないのだが、勝てなくても引かせるくらいは出来ると思っているので王女が討ち取られる可能性は先ず無いと思う。
そんなこんなで家で寛いでいたらバタバタと音を立てて皆が帰って来た。
その中に何故か王女三姉妹も居る。
「主、只今帰還した。状況をお聞かせ願いたい」
「あ、うん。来週辺りに開戦だから自宅待機でって言われたよ。
リズも知らなかったからオルバンズに居る密偵から連絡が入って即伝えてくれたんだと思う。
会議の時にも言ってたけど、動いてから最低三日は掛かるらしいから明後日にでも出れば間に合うんじゃないかな?」
ホセさんはその言葉を聞いて「うーむ」と唸り声を上げると一つ頷いた。
「ヘレンズからの援軍が間に合うか不安じゃったが、ギリギリいけそうじゃな」
あ、そうか。割と強行軍で来ないと二日じゃ着かないよな。三日で着くと考えるとギリギリだわ。俺たちみたく交代で走り続けたりしないかもしれないし。
「春って話なのに、もう始まるんだね。カイトは怖くないの?」
ルンベルトさん立っての願いで俺たちの隊に配属になったアレク。彼もわかっていた。森への配属が一番安全そうだと。
まあ、それでも血走った目で頼むぞと三度念押しされたけど……あれは怖かった。
「怖いっちゃ怖いけど、森の中に隠れて狙い打ちだぜ?
面子もアーロンさん、ホセさんは王国の主力クラスだ。
一番激戦なのは本隊だが、それもあの『希望の光』がいる。
王国騎士の生き残りは当然として近衛の精鋭も凄かったしな。
正直、リディアから聞いたオルバンズの騎士はかなり弱そうじゃん?
俺が怖いのは知り合いが死ぬ事だな。俺は死ぬ気ないし」
お茶を啜りながら声を返していれば「全くカイトは大物だね」とアレクは笑った。
「ふ、ふふふ、また対人戦やれるのよね? 指揮官はあなたなんでしょ? 私の使い方わかってるわよね?」
……全くこいつは。
ステラを見上げながら嘆息する。正直なんでこいつがこっちなのかがわからない。
もしかしたらポルトールでの二度に渡る命令違反が伝わり、厄介払いで送られてきたのかもしれない。
そんな疑いを持ちながらもステラに言葉を返す。
「森を出るのだけはダメだぞ? 入って来た奴に対しては好きに暴れていい。ただ、怪我してもまだやれるはダメだ。暴れ続けたければすべて避けろ。いいな?」
「何それ! 楽しそう!」
「「はぁ」」と俺とホセさんの溜息が被る。
そう、彼は意気揚々とステラの育成に着手したのだが、どこまでも無理をする彼女に早くもついていけなくなっていた。
何故か彼女はもう三十二階層で暴れまわっている。そう。俺は抜かされてしまったのだ。
予てからの約束通り一度木刀での手合わせをしたのだが、辛勝だった。
ギリギリで勝てたが、どう考えても戦闘センスでは負けていると実感させられた。
彼女は順調に生物兵器への道を進んでいた。
ま、まあ? 魔法無しだし? まだ俺のほうが強いし?
そんな言い訳を並べながらも彼女から視線を切り、王女たちに視線を向けた。
「お前らは城に帰らなくて大丈夫なの?」
「いいえ。けど、急ぐ事はないわ。もう連絡はしてあるもの」
「はい。このままお城に戻ってもはらはらして居られませんわ。カイトさんと一緒の方が心が落ち着くのです」
あら可愛い。と、アリスちゃんを膝の上に座らせた。
「ちょっと! そこは私の場所でしょ!?」
「そんなの決まってません! カイトさんが私を座らせたという事はそう言う事です。何時までも過去の栄光に囚われるのはお止めください」
「このっ……前は素直で可愛かったのに……お姉様は更正したけどアリスは不良化したわね」
「そうね。アリスは最近悪い子ね」
「カイトさぁん、お姉さまたちがいじめますぅ」
くっ、利用されているとわかっていてもアリスちゃん可愛い。
「アリスの事はいいわ。それよりも準備の方はいいの?」
ん、なんの準備?
ソフィアの問い掛けに首を傾げ、聞き返した。
「森に隠れるんでしょ? 下調べしたりしないの?」
「あっ、そうだよ。その準備やってないわ!」
その瞬間、皆から棘のあるジト目を頂いた。
「いや、うん。ワイアットさんに連絡入れてすぐに行こう。
こそこそやりたいし時間掛かると思うし」
「全く、カイトは本当に抜けてるよね? 僕が居ないとダメなんだから!」
いや、教えてくれたのはお前じゃなくてソフィアだろ?
そう思いつつも、迅速にワイアットさんに連絡を取り、現地で下準備すると告げて王女たちとは別れ、オルバンズへ国境近くの森へと向かった。
途中で穴を掘る為に使う道具や、ロープや板など色々買った。
そうして全力疾走で半日以上かけてやってきました国境門北の森。
もうかなり遅い時間だ。森の中は真っ暗である。
「この中で作業するのかよ。なんも見えないじゃねぇか」
「いや、折角でかい車で来たんだし、今日はもう寝よう?」
「「「えっ!?」」」
おい! 何で文句言ったレナードまで疑問を投げ掛けるんだよ。
目立ちたくないから早朝から作業するつもりだけど、見えないとどれだけ上手く隠れられてるかもわからんだろ?
そんな旨を説明して納得してもらった。
どうせ数時間仮眠する程度で夜が明けると横担って雑談してればいつの間にか夜が明けていた。
皆戦争前で気が張っているんだろう。誰一人眠りにつけなかった。
だが、うちはダンジョンでお泊りとか状態日常茶飯事だ。
だるさはあるが慣れもある。すぐさま動き出して深い茂みや葉の多く茂った背の低い木の下などに穴を掘っていく。
これは非戦闘員や緊急避難としての場所だ。
最初は利用して攻撃するつもりだが、一度攻撃を行えばすぐにバレる。
だから戦闘員が出てって敵を連れまわし、色々なポイントから狙い撃ちをしてもらう事にした。
いくつもポイントを作り、俺たちの中で闘える奴を転々と配置する。
その中でホセさん、アーロンさん、ステラの三人は遊撃だ。ステラは怪しいがこの二人が避難場所や援護があるのに遅れを取るとが考え難い。
ステラは希望しているし、言う事を聞かずに飛び出すだろうから最初から出しておくしかない。
そんなこんなで木の植え替えまでして偽装工作を施した。
広い範囲で地面すれすれまで葉が茂っていて中が見えないので掘り返してもバレ難いので、好きな場所にポイントを作れて都合がよかった。
そうして準備は終わったので再び王都へと戻る。
その日の夕方、ウェストが家を訪ねてきた。昼間に来るよって知らせが来ていたので用意して待ち構えていた所だ。
「やぁ、先触れを当日に出す失礼をして申し訳ない。だが、もう時間も無いのでそのまま来させて貰ったよ」
「いや、俺にそういう気遣いはいらないって。上がれよ――――」
と中へ案内しようと思ったら後ろに強面のオッサンが見えて身構えた。
「ああ、紹介しよう。私の父だ」
「お初にお目にかかる。名誉伯爵殿。私はヒューゴの父、トマス・ウェスト伯爵だ。
貴殿には深く感謝している。息子共々宜しく頼みたい」
「こちらこそ、ウェスト……じゃなかったヒューゴには色々世話してもらいまして……カイト・サオトメです。宜しくお願いします」
軽く頭を下げて、待たせるのもあれだとすぐに中に案内しようとしたのだが、他にも行くところがあるらしく今日は顔合わせに来ただけらしい。
「忙しなくて申し訳ないが、一度顔を合わせ礼を告げておきたかったのだ。ヒューゴを守ってくれて感謝する」
えぇ? 守ってないよとウェストに視線を向ければ彼も苦笑していた。
「まあ、サオトメ殿にそのつもりはなかっただろうね。
ただ、今の私ではポルトール騎士団と合同での突撃でも生き残れたかわからない。
あの時、ソフィア様の護衛として残してくれたのは間接的に守ってくれた様なものなのさ」
「ああ、なるほど。けど、それなら戦場に出ないほうがいいんじゃないか?
息子までもが出る義務はないだろ?」
「馬鹿を言わないでくれ。これは人の領地の争いごとじゃない。我が国の危機だ。
武家と謳うウェスト家の成人した男児が引き篭もるわけにはいかないよ」
うわぁ、大変だなぁ。
けどこういう人に守られてるからこの国は今まで平和だったんだな。
「そっか。ならもう言わない。一緒に頑張ろうな」
「ああ、お互いに生き残ろう」
ウェストと握手をして声を掛け合えば、彼の父親も手を重ね「勝利してが足りんな」とニヤリと笑った。
そうして彼らは帰って行った。
「ははは、とうとう大貴族が普通に挨拶にくる家になってしまいましたね……」
と、出て行くウェスト伯爵を見詰めながらコルトがそう言った。
「そ、そだね。でも大丈夫そうだぞ。皆、割と緩かった。俺の適当な挨拶でも普通に返してくれたし」
うん。大半の人が受け入れてくれて、お城に行くのが怖くなくなってきたもん。
「そりゃぁそうだろ。カイトさんは今や時の人だぜ? 周囲の人間考えりゃ嫌われたくないだろうしな」
あ、ああ。王女三人とかな? ワイアットさんも色々目をかけてくれてるしな。
「んじゃ、そのポジションを守る為にも働くとするか。明日から」
「おう。明日からな。んじゃ俺は戦争前の定番って事で女でも買いに行くかな」
「おう。コルトも行ってくれば?」
「え? いえ、俺はそういうのは……いや、まあ、行って来いというなら……」
「ソーヤ、お前もレナードに連れて行って貰えよ」
「え? 怖い所にお金払って行くなんて嫌ですよ。命令なら行きますけど……」
ふむ、コルトは予想通りブレたが、ソーヤはガチで言ってたのね。
誰かうちの子に優しくしてあげてぇ!
そんなこんなで出て行く二人にお小遣いを上げて部屋へと戻った。
「そんな所に行く奴らにお金なんて上げなくて良いのに」
「聞いてたのね。てかいいじゃんか、あいつら今は相手居ないんでしょ?」
「居た試しが無いわね」
や、止めたげて!
「カイト様を誘わなくなったので私は何も言う気はありません。気持ち悪い」
サラ、言ってる! 思いっきり言ってる!
「お前らがそんなだからソーヤが女性恐怖症になっちゃってるだろ! どうすんだよ!」
いや、割とマジで。
ほら! ソーヤも「恐怖症って言い方はおかしくないですか? そもそも女性って怖いですよね?」と真顔で言ってるじゃん!
「ソーヤァ!」
こらっソフィ! そういうの止めろって言ってるの!
そんな言い合いをしていれば、ふと袖を引かれた。視線を向ければステラが見上げていた。
「私、今日は泊めて貰いたいんだけど、いい?」
「あー、部屋はあるし構わないぞ。親御さんに連絡は?」
「問題ないわ。基本、お城に住んでたからそっちに居ると思ってる」
ああ、なるほど。まあ明日から動き出しそうな感じだし、泊めちゃっていいよな。
「んじゃ、アリーヤさん、部屋に案内してあげて」
「別に用意しなくていいわよ。師匠と寝るし」
ん? と自然とみんなの視線がホセさんへと向く。
「何を見とるんじゃ。年の差を考えんか。そんな訳があるまい」
「……師匠が振り向いてくれない。最高のパートナーなのに」
あらら。ステラの片思いか。まあ、そこら辺はノータッチを貫こう。
さて、今日はアリーヤさんだなと彼女に視線を向けて一つ頷く。
「精の付くものを後用意します」
その言葉に「宜しくね」と返しつつも彼女の料理姿を眺め、悪戯をしたりして夜が更けていく。
だが、俺の夜は長い。まだ始まったばかりなのだ。
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