第59話
無事にアイネアース国に戻り、ポルトールの首都と言える大きな町へと移動した。
腰を落ち着けてのレベリングが始まり二週間の時が過ぎ、順調にソフィアの育成が進んでいる。
まだまだ戦い方はなってないが、最初と比べればもの凄い進化を遂げたと言っていいだろう。
うん。最初の頃のアリスちゃん程度にはなった。
まあヘイストのお陰で速度もあるし、レベルもある程度上がっているからあの頃のアリスちゃんよりは余ほど強いが、戦闘技術的な意味合いでは変わらないと言える感じだ。
通信魔具でリズとアリスちゃんにそうした状況報告をすれば、二人から『それならもう帰ってきてよ』とせっつかれた。
そうだな、そろそろ帰ろうか。という話しになったのだが……二人の女の子が駄々を捏ねて帰りたく無いと言い出した。
「ねぇウェスト? 今は危険も無いのだし、もう少しくらい良いと思わない?」
「そうです! ソフィア様は私がお守りしますから!」
「いや、そういう訳にもいきません。皆待っているのですから。
それにリーズはソフィア様の護衛をしていないじゃないか」
そう。駄々を捏ねているのはソフィアとステラだ。
俺はそろそろ自分を鍛える事に専念したいので断固として断っていたら、ウェストに標的が移った。
彼はたじたじになりながらもやんわりとお断りを入れるが、このままでは埒が明かないと通信魔道具を再び起動してテーブルの上に置いた。
「えー、ソフィアが帰りたくないと申しております」
『お姉さま、帰って来ないと後々カイト様に会えなくなりますよ?』
『ええ、お母様もこれ以上我侭言うなら考えがあると言ってたわ。いい加減にしておきなさい』
と、アリスちゃんとリズの言葉にソフィアが折れ、釣られてステラも諦めたのか口を尖らせ俯いている。
「てか、ステラはアリスちゃんと話して修行継続をお願いすればいいじゃん。
戦力はマジで必要になるだろうし、お前の我侭って感じじゃなく通ると思うぞ?」
そう。こいつは本当に放って置くだけでいつまでもダンジョンに籠もっている。
まだ二十六階層程度だが、自由だけ与えておけば勝手に急成長するだろう。
俺の方もソフィアの育成の合間である程度は伸びた。というかサラと一緒に回る事で安全が確保されたという側面もあるが、二人で三十一階層へと足を伸ばしている。
しかし二十九階層辺りから感じていたが、予想以上に魔物が強くなってきている。
多少、真面目に取り掛からなければ危ないというレベルだが。階層を下げずにじっくりやって行かなきゃならない所まで来た様だ。
そんな風に帰ってからの予定を考えて居れば、ステラが珍しく縋り付いてきた。
「ねぇ、お願い! あんたから口添えして? ね? 何でもするからぁ!」
「いや、別にいいけど、本当に何でもするのか!?」
「カイト様ぁ? ダメですからね!!」と、サラに耳を抓まれながらもステラに言うだけならと約束をした。
そして、明日の早朝にポルトールを出ようと話が落ち着いた。
「ねぇ、明日って事は今日は暇なのよね?」
と問うソフィア。そういえば一日も休日が無かったと、今日くらいは自由にしていいぞと告げた。
「なら、今日は私とデートして。一緒に行きたい所があるの」
まあそれくらいはいいかと一応ウェストに構わないかと問いかければオッケーが出たのでソフィアと出かける事になった。
ポルトールの町並を見ながらソフィアと歩く。領地の境界にあった寒村と思えた町程に田舎では無いが、王都と比べればやはり田舎に思える町だ。
だが、緑豊かで旅行としてくるならもってこいかもしれないな。
そんな感想を持ちつつも色々見渡していれば、後ろから付いて来る影が見えた。
また面倒事かと疑いを持ちつつも、さり気なく後ろを確認してみればウェストたちだった。
すんなり了承したと思ったら元々そういうつもりだったのか。
まあ、いいけどね。ソフィアは気がついて居ないみたいだし、俺もこのまま知らない振りをしておこう。
そうしてソフィアの行きたい所へと付いて行ってみれば、何故か武器屋に到着した。
「どうしてここなん? お前、装備は俺より断然良いやつ使ってるよな?」
「うふふ、今日はあなたの装備を買いに来たのよ! この前のお礼もしたかったし」
この前のって……あれは謝罪の品なんだからお礼なんていらないだろうに。
そう言って辞退しようと思ったのだが、ソフィアは遠慮しないでと店主にガラスケースに入った高そうなやつを試着させてと頼んだ。
「いやお嬢ちゃん、こりゃミスリルだ。子供に買えるもんじゃねぇ。
流石に冷やかしの試着はお断りだぜ?」
と、苦笑する店主に彼女は「これでも足りないかしら」とカウンターに大金貨を数枚並べた。
これは失礼と店主は大急ぎで装備を出すと、問答無用で俺に装着させた。
「うん、似合うわ!」
そう言って鏡の前に立たせるソフィア。
ホセさんたちが使うフルプレートメイルの様に完全に体を覆うものじゃないが、ちゃんとした鎧だ。
手甲や脛当て、一体化したブーツもセットになっている。
魅せる為の装飾が多く、洗練されたフォルムになっている装備だ。
「こりゃ、中古ではあるが値段以上に良い装備だぜ?
物理衝撃を緩和する魔具が付いて居て、体を守るだけじゃなく鎧の耐久度まで上がるんだ。
それだけじゃなくフィット感を増す体型に合わせた変形機能まで付いている。
当然ミスリルだから魔力が良く通る。だから魔力を纏った時に魔法防御も上がり易い」
「あら、重量を減らす魔具はついていませんの?」とソフィアが問えば店主は鼻で笑い首を横に振る。
「そう言った常時発動する系統は魔力を常に必要とするし、魔力を薄く纏うのも難しくなるんだ。そういうのは後ろで指示だけ出すお貴族様がつけるもんなんだよ。
衝撃緩和には魔石を使う仕組みになってるから、その心配もいらねぇんだぜ」
店主の熱い解説にソフィアは関心した様に納得している。
外見も気に入ったし、衝撃緩和という要素もありがたい。
魔力を通せば本当に体にフィットした。
完全にフィットしたという事は総合的な防御力も増すだろう。
これマジで欲しいと値段が知りたくなり、思わず「でもお高いんでしょう?」と問いかけた。
「たりめぇよ! ミスリル使ってんだ安い訳がねぇ。
丁度大金貨で八枚だ。中古ってのもあるし、これでもかなり安くしてるんだぜ?」
ほほう。それなら余裕で買えるな。
いい加減、皮鎧を卒業するべきか迷ってたし買っちまうかと財布に手を伸ばしたらソフィアに怒られた。
「ちょっと! 何で自分で出そうとしてるのよ!」
「いや、流石に値段が合わなすぎんだろ?」
「いいの! この為に今まで貯めていたお金持って来たんだから!」
貯めてたお金とか言われても余計に困るんだけど……と余りに高額なプレゼントに受けとれないと思っていたが「なら、これはお礼!」とソフィアは店主にお金を払ってしまった。
俺達が自分が出すと言い合っている様をみた店主は戦々恐々として「もしかして、お貴族様で?」と顔色を伺っている。
「ええ、この人は名誉伯爵よ」
「おい、馬鹿止めろ。気にしないでください。俺は先月まで平民だったくらいだし、気にしてませんから」
「そりゃおめでたい事で……」とへこへこし出した店主。
少し申し訳なくなりすぐさま店を後にした。
「しかし、これほどいいものを貰っちゃうとなぁ……何かして欲しい事ないか?」
少しでもお返ししたい衝動に駆られソフィアに問いかければ、彼女はちょいちょいと路地裏に入り手招きをした。
何となくして欲しい事がわかってしまったが、リズのお陰で色々手遅れだしなと彼女の誘いに乗って路地裏に入った。
「その、別に嫌なら断ってもいいわ。それは私の感謝の気持ちなの。強制じゃないのよ? でも、あのね? その……私もキスをしてみたいの……」
やっぱりか。まあ、もう俺伯爵だし?
降嫁ってやつなら王様になる必要もないし?
てか、こんな美少女にキスをおねだりされたら断れないだろ、と肩に手を乗せて軽いフレンチキスを交わした。
「えっ!? もう、お仕舞い?」
「ああ、後ろからウェストたちが付いて来てるしな」
あとを付けられていると聞いてすぐさま出ましょうと手を握って道に出たソフィアは周囲を見回してウェストたちを発見した。
少し遠くに居た事に安堵を見せたが、すぐさま赤い顔でキッと睨むと諦めたように溜息を吐いた。
「もうっ、こんな機会早々無いのに……」と半べそを搔くソフィアに「別に無けりゃ作ればいいだろ?」と返せば驚いた様に顔を上げた。
「あっ、でも結婚だなんだって言われても困るからな?
別にキスくらい嫌じゃないくらいにはお前の事好きになったってだけだからな?」
「す、好き!? 今好きって……ホントに本当?」
いや、だからそこまでじゃないってと後ろ頭を搔いて居ると、ウェストたちが近づいてくるのが見えた。
完全に尾行がバレた事に気が付いてもう隠れても無駄だと寄って来たのだろう。
ソフィアにそれを教えてこの話は終わりだと告げた。
「す、すみません。完全に二人にしては何かあったときに危険だと思いまして……」
「か、構いません! 私の我侭を叶えようとしてくれたのですから!」
赤い顔で笑顔を作り手をぶんぶん振るソフィア。その様に、四人からジトッとした視線を向けられた。
下手に追求されたら危険だと話を変えようと即座に話題を提供した。
「な、なぁ、これからどうするよ。どうせだから皆で飯でも行くか?」
「それはいいが……その鎧、ミスリルだよな? 買ったのか?」
ウェストが言った言葉に皆の興味が鎧に向いた。これは話題を変える好機とあの店でソフィアが買ってくれたんだと説明した。
「カイト様、流石にそれほど高価な贈り物を貰ってしまっては……」
と、サラだけじゃなく他の面子からも批難の目が殺到した。
「ち、違うのよ? この人には色々助けて貰っているからそのお礼なの。
ただのお荷物だった私が役に立てる様になったことが本当に嬉しかったから」
ソフィアは少し苦い顔で笑みを浮かべて言葉を続けた。
今までの自分の行いを懺悔するかのように。
父の仇を討たない兵士に暴言を吐き、戦争を仄めかし、無謀な行いをして護衛を死なせた。
そんなどうしようもない自分にやり直す機会をくれたことへの感謝の気持ちなのだと。
「この人がくれたあの言葉が無ければ、今も私は道を違えたまま、自分と共に周りを苦しめ続けていたでしょう。
だから、私からすればこの程度じゃ足りないくらいなの」
そうして独白を終えたソフィアは、ウェストたちに少し怯えた視線を向けた。
近くに身を置いていたステラでさえも彼女のして来たことの事実に驚いて言葉が止まっている。
その様を見て目を伏せそうになったソフィアの頭をポンポンと叩き言葉を返した。
「ただお説教しただけだろ。お前が自分の力で立ち直ったんだ。
てかあれくらいの説教他のやつからされなかったのか?」
「お説教はされたわ。けど、そこに私が納得出来る理由が無かったの。
あの時はお父様の敵討ちがすべてだったから受け入れられなくて……
ごめんなさい」
再び俯いたソフィアの頭を撫で回して「大切なのは今だろ。今のソフィアは良い奴だ。このまま行けば大丈夫だって」と無理やり頭を上げさせた。
「ええ。私も自ら国の為に動くソフィア様に感銘を受けたくらいですから」
「そうですね。うちの国ではその程度は温いくらいです。うちの家族は気分次第で人を切り殺すくらいは普通にやりますからね」
と、ウェストの言葉に乗っかるように続いたリディアの言葉に俺達は絶句した。
「お前それ、マジ話?」と思わず確認を取れば……
「この前も言ったじゃないですか。兄のエベレットは平民を数十人は殺してますよ。一方的な虐殺です。奴隷にしたり売ったりもやりたい放題です」
マジかよ。それもう野盗の類じゃん。
そんなことして捕まったりしないのかと問いかけたが、取り締まる騎士団に勤める伯爵家の息子って事でどうとでもなったそうだ。
「ますます持って恐ろしい国だ。
難しくとも、人が住む場所までの侵略は絶対に許すわけには行かないな……」
「そうですね。アイネアースの民で良かった……」
ずっと訝しげな目で俺を見ていたサラまでもが思わず口を開き、リディアを見た。
「あ、でも表向きは平和そうに見えますよ。
無茶苦茶やるのはうちとその寄子の中でも近しい家だけですから」
……何のフォローにもなってねぇ。
「お前がそれやったらマジで許さないからな?」
「何を言っているんですか。そんなのオルバンズでもやったことありませんよ。
私はいつもやられる側です!」
と胸を張るリディア。
いや、それはそれでダメだろと苦笑させられた。
そんな話のお陰かソフィアも気持ちを持ち直していて自然と俺達は歩き出し、良い匂いに釣られて食堂に入った。
皆でメニューを回して注文を出した頃には場の空気も緩み始めて居たのだが、隣の客から聴こえてくる話で会話が止まる。
「なあ、聞いたかよ。北東の村が盗賊に襲われて壊滅したらしいぜ?」
「ああ、聞いた。一昨日の話しだろ? いったい騎士団は何をやってんだ?」
そう話す彼らにウェストが「その話、聞かせて貰えないか?」と問いかけた。
彼らは少し驚いた顔を見せたが「いいぜ。他人事じゃねぇしな」とそのまま教えてくれた。
「確定した話じゃねぇが、最近皇国から流れてきた盗賊らしい。
もう二月くらい前から商人たちの被害報告が出てるんだ。
当然、領主にも騎士教会にも話しは回ってるはずなんだが、いまだに討伐されてねぇのかよ何て話していた矢先にこの事件だ」
「なんでもすげぇでけぇ盗賊だって話だぜ? ギルド『畑の守り手』がやられたってよ」
ギルド名に少し気が抜けそうになりながらもでかいところなのかと問いかければ、十数人程度だがそれなりにベテランも居て依頼達成率はかなり高い所だったらしい。
そうして話を聞いている間に料理が運ばれてきて、食事が済んでいた彼らは「お前達も気をつけろよ」と言って店を出て行った。
「ここから北東と言えばウェスト領からも近い。実家に連絡を入れたいので少々失礼する」
ウェストは間髪入れずに立ち上がり、少し離れたところで通信魔具を起動させている。
「私も連絡を入れさせて頂きますね」とソフィアはその場で起動させた。
通信の相手はリズだ。彼女に先ほど聞いた内容を伝える。
『そう。一つの村とギルドが潰されたって事は場所は割れてるのに未だ討伐できてないって事だものね。確かに相当な規模の可能性があるか……
お姉さま、申し訳ないのだけど、領主に話を聞いてもう一度連絡下さる?
とりあえずワイアットとウォーカー卿に連絡を入れるけど、王国騎士を動かすかどうかはそっちの領主の情報次第よ』
「ええ、理解しているわ。
この通信は対応のために暫く帰れないけど許して頂戴ねという事よ。
ああ、ウェストが実家には連絡を入れていることも伝えておいて頂戴」
リズはいつもと変わらない様子で了承し、何故か俺を出せと言ってきた。
「いや、俺も聞いてるぞ」と声を出せばそのままリズは話し始めた。
『話を聞くだけよ。ちゃんとすぐ帰ってきなさいよね!
絶対首突っ込んじゃダメよ!? わかった?』
「別にヘイスト掛けてやるくらいはよくね?
それだけで生存率かなりあがるとおもうぞ?」
話しに寄れば、ヘイストを教えたのは王国騎士団と近衛騎士団だけらしいし。本当に大規模な盗賊なら、そのくらいの支援はしてあげた方がいいと思うけど……
『……本当に支援するだけで居られる? あなたすぐうろちょろするから心配だわ。
装備もまともなの付けてないんだから対人なんて絶対ダメだからね!?』
お前はおかんか! そう突っ込みながらも、防具はソフィアが最高なのを買ってくれたから整ってるぞと返せば『……帰ったらお話があります。とりあえず無理はしないで』とぶっきら棒に言って通信が切れた。
その頃にはウェストも戻って来て、とりあえず食事を終わらせようと飯を食うことにした。
そして食事を終えて早々に向かった先は騎士教会だ。
着くなり足早にカウンターに向かうウェストに付いて行って隣で話しを聞いた。
だが新たな情報は無く、依頼も領主の沙汰があるまで一時保留となっているそうだ。
そこから何故か人力車を取りにいき商会へと訪れ人足の手配をした。
そのまま領主の館に向かわせ、俺達は車内で寛いでいる。
「そのまま走って行った方が早くね?」と何故わざわざ取りに行ったのかを問いかければ、それが貴族のマナーだという。
こんな時まで見栄を気にするのか、と呟けばステラが説明を入れてくれた。
「馬鹿ね。相手に礼を尽くすべき相手だってわからせなきゃダメなのよ。
仮に歩きで向かって平民だと思われて失礼な事されたらお互いに気まずいでしょ?
他にも傍目や格を下げるなんてのもあるけどね」
「そうだ。常識知らずだと思われれば表面上は装っても相手にされなくなる。
緊急時ならその限りではないが、その場合でも先触れはした方がいい」
なるほど。確かに常識を知らない奴の言葉はどうしても信憑性に欠けるもんな。
意味わからんと思ったが、色々理由があるんだなぁ。
そうして話を聞いていれば、然程間を置かず領主邸宅へと着いた。
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