第30話
王家の家紋の付いた豪華な人力車で王都に向かう道中、何故か俺は針の筵の中に居た。
「おい、なんで怒ってんの? おまえ」
車内には、エリザベス、エマさん、ソフィ、ソーヤ、俺の五人だけだが、女性陣全員から睨むような視線を浴びていた。
「あなた、目の前で他の女とキスしておいて、よく言うわね!」
そう。帰りの見送りの際に感極まったアディに抱きしめられ、その勢いで口付けされたのだ。
それを見た他の女性陣も一人一人抱きついてキスをしてくれたのだ。
「いやいや、それをお前に咎められる理由が無いだろ。
言っておくが、俺はお前の彼氏じゃないからな?」
「どうせすぐそうなるのに、なんでそこまで抵抗するのよ!
恥かしがりやにも限度があるわ。それを言い訳のネタに使うなんて……」
え? こいつは何を言ってるの……
「本気で違うよ? 確かに良い女だなとは思うけど、他にも良い女一杯居るし、お前を選ぶ理由ないし!」
「そんなのこれからすぐにできるのよ! いいから他の女にデレデレしない!」
「嫌ですぅ」と必死に彼女と戦っていれば、ソフィちゃんが悲しげにこちらを見上げる。
どうしたの?
「みんなズルイです。私だけ抱きつく理由がありませんでした……」
そんなのいつでも大歓迎だよ? ほら、おいでと正面からギュッと抱きついたのだが、太ももに激痛を感じてすぐに離れる羽目になった。
「お、おまっ! だからそういうの止めろって!」
ツーンと顔を背けるエリザベス。
「ほーう。そういえばお前、体を許すからどうのって言ってたよな?
ほれほれぇ、ええ乳しとるやないけぇ」
手をワキワキさせながらエリザベスに仕返しを試みようとしたら目の前に刃物が見えた。
「これ以上は護衛の一環として殺す。恩人でもここは曲げられんぞ。ほら、早くやれ」
嬉しそうに笑みを浮かべたエマさん。そんなに俺を殺せるのが嬉しいの?
ふん、そっちがそういうつもりなら、それを理由にさせて貰おうか!
「あー、エマさんが怖いからエリザベスを選ぶなんて考える事すら無理だわぁ」
「エマを遠ざければ選んでくれるのね!?」
え? いやいや、考えられないって言っただけだよ?
「なっ!? 貴様、卑怯だぞ!」
あれ? エマさんもガチギレしだしたし、言葉のチョイスミスった?
ヤバイ、話を戻してこの場を収めねば……
「冗談は置いておいて、俺は愛しあう関係じゃない限り、そういう相手だと認めないから」
ちょっと真剣な顔で言ってみれば、何やら収まった様子。
エマさんも深く考え込んでいる。どうしたんだろうと顔を覗き見れば、彼女はどうやらとんでもない事を考えて居た様だ。
「そうだ。体が目的なら私の体を使わせてやる。だからエリザベス様に不埒な事をするのは止めろ!」
いやいや、何を言ってるの?
ほらぁ、エリザベスも怒ってるよ?
「エマぁ?」
ほら。あらぁがエマぁに変わったよ? キミ、結構ピンチだよ?
「いえ、これは妙案ですエリザベス様。私がこの淫獣を体で手懐け、国に従順な犬にしてみせます。ここはお任せください!」
その直後、車内にゴンと鈍い音が響いた。
つーか誰が淫獣だ。てか流石にエマさんとは無理だし。怖くて近づけないわ!
「お止めなさい。体を使おうなんてなんてはしたない」
いや、お前が言うなよ……
ほらぁ、皆「え?」って首傾げてるぞ?
「ゴ、ゴホン。それより、魔法の話を聞かせなさい。
あなた、回復魔法の事で何か秘密にしている事があるのでしょう?」
彼女は仕事用の冷たい視線を向けてごまかしの言葉を吐いた。
俺はジト目を向けて彼女の頬を軽く抓る。
「お前、俺にその目向けんの止めろよ。もう友達みたいなもんだろ?
普通に教えてって言えばいいんだよ。わかったな?」
「わ、わかったわ。じゃあ、お願い?」
頬を抓られて嬉しそうなエリザベス。やっぱりMなんじゃん。
「んじゃ、書くもの寄越せよ」と言えば不承不承ながらもエマさんがすっと紙とペンを差し出した。
それにすらすらと詠唱を日本語で書いて、皆に覚えさせた時と同じようにエリザベスにも試した。
怪我人が必要だと自分の手を切りだしたエマさんにはドン引きしたが、後で俺が治せばいいかと続けた。
だがその必要は無く、血が垂れる程度には切った手のひらの傷は完全に消えた。
「うそっ、私回復魔法の適正は高くなかったはずなのに……」
「こ、今度はもう少し深く切ってみます!」
「やめい!」と思わずエマさんをチョップしてしまった。
「ほう、貴様を傷つければいいということだな?」
「待て、違うから! 効果が確認できたならとりあえずいいだろって事!
女の子が傷を作るもんじゃありません!」
そうして彼女と攻防を繰り広げていれば、エリザベスが突如肩を掴みジッと視線を合わせてきた。
「これ、王国騎士団にも広げていいわよね?」
「ああ。構わないぞ。じゃあ、金貨三枚な!」
「え? あなた、馬鹿じゃないの?」と心底呆れた顔を向けるエリザベス。
「カッチーン。じゃあいいよ。簡単には売ってやらん。大金貨三枚だ!」
「足りないわ。二十枚は出させます」
はぁ? 何言ってるの。馬鹿なの?
ほら、エマさんも「流石に多すぎでは」と言ってるよ?
「馬鹿はあなたたちでしょ!?
戦いで一番先に尽きるのは月の雫なの。それでもこの凄さがわからない?」
あっ、そうか。王国騎士団の皆も月の雫がもっと早く手に入ればと嘆いていたもんな。
「けど、そこまでの効果じゃねぇよ? ヒールの回復力が倍になる程度だし」
元々低すぎる効果しか持たないヒールだから欠損を治すには相当かかる。だが、十分すぎると彼女は言って居たので後は任せればいいか。
ああ、じゃあファイアーボールもつけてやろう。貰い過ぎだしな。
「よし、こっちも付けてやる。
けど、多すぎるからそんなに無理して出さなくていいぞ? 十枚でも多いなぁ?」
ファイアーボールの方も紙に書いて渡せば、彼女は「車を止めなさい!」と声を響かせた。
ちょっとなんでそんなに顔がガチなんだよ! 怒ってんのか?
「違うわよ! 今すぐ試すの! 早く教えて。お願いするからぁ!」
「お、おう」と引きながらも声を返せば、どうやら彼女は火魔法に適正があるらしい。
なるほど。強くなれるかもと思って興奮しちゃったのね。戦姫とか言われるだけはあるな。ビビリの癖に。
そうして彼女にレクチャーすれば、中々いい感じの火の玉を打ち上げた。
俺のよりは僅かに小さい。だが、順位的には俺が見た中で三位と言えるほどにはいい感じのファイアーボールだった。
「いいじゃん。中々の威力じゃね?」
と喜ぶ彼女に笑みを向ければ、すっと笑みを引っ込めた。
なんだよ。褒めたじゃん!
「あなたのも見せてくれない?」
別にいいけど、大したもんじゃないぞと前置きしてファイアーボールを空に撃った。
「言っておくが、ホセさんのがこれより一回り大きいぞ。そこまで凄いもんじゃないからな?」
だから面倒な事言い出すなよと念を押しておく。
「あんたも大概だけど、あの人も凄いわね……まあいいわ。いいことなのだし。
帰ったらワイアットを交えてお話するから宜しくね」
「おいぃ! だから面倒な事を言い出すなとあれだけ……」
「あら、別に嫌なら来なくてもいいわよ。こっちでやっとくから。
けど褒賞の時は呼ばれるからね。そこはお金の為だと思って我慢しなさいよ?」
お、おう。なんか最近話がわかるな。
「わかったよ。宜しくな」と頭を撫で撫でして車内へと戻る。
先ほどの場所に座れば、エリザベスとソフィちゃんも同じく俺の隣に座った。
向かいにはソーヤとエマさんが座っている。ずっと小さくなりっぱなしなソーヤがちょっと居た堪れない。
「そういえば、ソーヤとソフィちゃんは王都に付いたらどうする? なんか家を貸してくれるって言ってたし、そこに一緒に住もうとは思ってるんだけど……」
「カイト様のお傍に居たいです」
珍しくはっきりソーヤが主張したが、俺は士官学校に行くだろうしなぁ。
あぁ、またアレクちゃんにガミガミ言われそうだ……
「いや、お前らは他の道探した方がいいんじゃね? 俺は多分士官学校に行く事になるぞ? 今からじゃ学年も変わるだろうし、一緒に授業は無理だしさ……」
「嫌です! お傍でお仕えします!」
えぇ……ソフィちゃんまで……
どうしようとエリザベスを見る。
「騎士見習いなら編入は可能よ。同じ一年からね。けど、それじゃ結局騎士になって戦争に行くこともありえるわよ?」
戦争は一度始まると相当長くなるらしいからと彼女は語る。
そうだよなぁ。
じゃあ、やっぱりやめとこ? と二人に告げる。
「カイト様、僕は騎士でやって行くと決めて見習いになったのです。
強くなるための時間を頂けるだけで十分ですから……」
「私もです! 一緒に居させてください!」
うーむ、ルンベルトさんの気持ちがわかってしまった。
これは嫌だなぁ……
「おい、オンジン。貴様も剣を受けたのなら取り上げる様な真似をするな」
エマさんが初めてエリザベスの関係ない事で話しかけてきた。
しかし、オンジンって……名前言いたくないなら最初から貴様でいいじゃん。
「まあ、とりあえず一緒に居たいのなら士官学校へ行かせれば?
卒業までゆっくり話し合えばいいじゃない。資格を得なければ立ち位置は変わらないのだから」
「「あ、ありがとうございます。エリザベス様」」
彼女は二人にニコリと笑みを返してソフィに「けどそのまま主従でいるのよ?」と告げた。
ソフィは首を傾げつつ笑みを返す。
そうして居る内にいつの間にか日も暮れていてウィルソルの町に着いていた。
「え? 早くね? 行きは野営したんだけど……」
「あらぁ、王家の人足なのよぉ?
この程度の重量なら行商人の倍速はでるわ。当然じゃない」
ちょっとイラっときたので『あらぁ、よかったわねぇ?』とお返ししつつ納得した。
そういえば王国騎士団の時も恐ろしいほどの量の装備を乗せてたもんな。
そして早速宿を取る。
日も暮れていていい時間だからちょっと心配だったが、問題無く二部屋取れた。
それから外食に出て腹ごしらえをした後、宿に戻って各自部屋にという事になる。
「じゃあ、ソーヤ俺たちはこっちだな」と彼を連れて部屋へと移動すれば、当然の様にソフィちゃんも付いて来た。
「ああ、流石に王女と一緒はきついか……」
そう言えば彼女はコクコクと強く頷く。だがベットは二つ。仕方ないとソーヤに一緒に寝るかと問いかけた。
「えっ!? えっと、僕は床でも……『ソーヤァ?』いえ、僕はベットを使い一人で寝たいです! ソフィちゃんと寝てください!」
え? ソフィちゃんのそんな責めるような声初めて聴いた……
驚いて彼女に視線を向ければ気まずそうに目を逸らす。だが、一緒に寝るか。いい響きだな。
「よし。じゃあそうするか」と、ソフィちゃんと一緒に横になった。
だがいざ横になってみれば、どこぞのお嬢様の様な可憐さを持つソフィちゃんの顔が目の前にある。
こ、これはもういっちゃうしかないか!? そう、覚悟を決めそうになったときだった。
「あらぁ、ソフィがこっちに来ないから呼びに来たのだけど?」
ぼちぼち可愛い声がした。
俺は溜息を吐きながら終わったと幸せタイムは終わったのだと仰向けになって目を瞑った。
だが彼女のぬくもりが何時まで経っても消えない。
おやっと目を開けてみれば、思い切り寝た振りをしている彼女が居た。
「スヤースヤー」
演技へたぁ!
けどこれはこれで可愛いとほっぺを弄る。
すると俺のほっぺに激痛が走る。ちょっと待て、どういうことだ?
「あなた、この期に及んで無視をするなんてどういう了見かしら?」
「いや、ソフィちゃんがお前らとじゃ緊張するからこっちが良いって……」
「そんなのダメに決まっているでしょう!? ダンジョンなら兎も角、宿で男女が寝るなんて……そういうのは先を誓い合った仲の者がすることなの!」
くっそう。体はエロ担当の癖に固いことを。
「だってさ。ほらっ、寝たふりはわかってるぞぉ!」
と脇をくすぐれば弱かったらしく「ぎゃはははは」と涙をちょちょぎらせながら大声を上げた後、じっとりと睨まれてしまった。
そうして彼女はドナドナされていき、部屋がやけに静かになった。
「なぁ、ソーヤ。ソフィちゃんて結構怖いの?」
「いえ、あの中では怖くない方です」
あの中……なるほどな。
「そっかぁ……お前も大変だな」
「いえ、カイト様ほどじゃないです」
……そっかぁ。俺って大変だったんだなぁ。
けど、そんな風に同情の視線を向けるのは止めて?
「そういえば、ソーヤは好きな子とか居なかったの?」
ちょっと話しの方向を変えよう。皆でお泊りの定番トークだ。いや、女の子ばっかり出てくるアニメ中の話しだから間違っているのかも知れないが……
「ええ!? いませんいません。そもそも怖くない女の人が居ません」
「ああ、成る程なぁ……けど、お前王都に行ったらモテるかもよ。あっちの学校じゃ強い方らしいから」
そういえば、彼は顔を青くしている。どれだけ女性が怖いのか。そう問いたくなるほどだ。
「優しい子もちゃんと居るからね?」
「ほ、本当ですか!?」
ぱぁっと顔を明るくさせるソーヤ。
「おう。お付き合いとか出来る相手が見つかったら報告しろよ。応援してやるから」
「そ、そんなの無理ですよ。けど、士官学校に行くのはちょっと楽しみです」
そうしてお互い天井を見上げながら会話して居れば、いつの間にか眠りについていた。
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