一九八四年

 こちらも知名度は高めです。ディストピアものの始祖のような小説で、後に創作されたさまざまな作品に本作の影響を見て取ることができます。

 私が本書を初めて読んだのは中学二年のときでした。図書館でなんとなく借りて読み始め、ショックを受けてしばらく落ち込んだ記憶があります。


 世界を三つの大国が分割する一九八四年のロンドンは、オセアニアという国家に支配されています。指導者B・Bことビッグ・ブラザー牛耳る全体主義国家である、オセアニアの公務員ウィンストンが主人公です。

 支配者である党が掲げるスローガンは、「戦争は平和なり 自由は隷従なり 無知は力なり」です。これは有名ですね。

 主人公が働くのは報道や歴史事実の改竄を行う真理省です。戦争を担当するのは平和省、法や秩序の維持を担うのが愛情省、経済を管轄するのが潤沢省。このネーミングはとても好きです。

 物語に登場するオセアニアの異様さを表すものとして「ニュースピーク」と「二重思考」が挙げられます。


 オールドスピーク、つまり英語の語数を極限まで減らし、簡素化したものがニュースピークです。「良い」の反対語の「悪い」は「非良い」へ、「素晴らしい」や「申し分ない」は「超良い」という具合に語彙を減らすことで国民の思考力を低下させ、より支配を深めるというなんとも恐ろしい新言語がオセアニアで浸透し始めているのです。

 アメリカ独立宣言をニュースピークで表現すれば「犯罪思考」の一言で済むのだとか。


 もう一つの二重思考は、これを理解することにも二重思考が要求されます。二つの事実が矛盾するということを理解しながら、どちらも真実であると信じ、なおかつその矛盾を忘れてしまう思考法のことです。過去は党によって改変されるものでありながら、党の支配は何十年もの間続く正当なものであることもまた真実であり、二足す二は四であり五でもあります。


 さて、このような社会に反発を抱き、密かに日記をつけるという行為(オセアニアでは思考犯罪にあたります)を始めたウィンストンは、とある女性と恋に落ちたことをきっかけに、ビッグ・ブラザーの宿敵エマニュエル・ゴールドスタイン率いる地下組織に接触します。


 前回のアメリカ大統領選挙でトランプ氏が当選した際、本作が再ヒットしたそうです。今思えば考えすぎのような気もしますが、トランプ氏のあのキャラクターを考慮すれば仕方ないでしょう。

 本作の作者ジョージ・オーウェルはイギリス人ですが、冷戦時代には反共産主義のバイブルとして、本作がアメリカで読まれたという事実があります。内容に加え、名作であることで様々な形で本作は政治利用されました。

 オセアニアのような社会が実現してくれるなと祈るばかりです。

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