4 工場-2-

「また人が増えたんじゃないか?」

 腰をおろすと同時に彼は言った。

 ここの椅子は材質が良くて座り心地がいい。

 これひとつとっても、儲かっていることは分かった。

「流れてくる奴が多いんだ。クジラ様のお恵みだけじゃ生活できない者が増えてる」

 お茶を淹れながら男――ウォーレス=ハントは諦観したような口調で言う。

「部品を売りに来て、ついでに雇ってくれって連中がな。おかげ様で売り上げも順調だし、追い返して暴徒化されても困る。

ま、この町のためだと思ってできるだけ雇用してるってワケだ」

「ありがとう、いただくよ」

 出されたお茶を飲み、カイロウはようやく客人らしく振る舞うことができた。

「ただ雇い入れたはいいが、大半が素人なのがな。技術が圧倒的に足りない。量産品のサイクルばかり速くなってもな……」

「最初から手慣れた人間なんていないさ。それ相応の動機があれば習得も早いが」

「あんたもウチに来ればいいのに。待遇は破格だぞ」

 ウォーレスは指で金額を示す。

 だが彼はかぶりを振った。

「いや、遠慮しておく。私はひとりでやるほうがいい。それに――」

 豆粒ほどの茶菓子を口に入れ、その味を存分に堪能してから彼は言った。

「――死んだ人間を雇いたいと思うかい?」

「……………」

「……………」

「うむ……惜しいが、無理強いはできないな」

 ウォーレスは口説くのをやめた。

 その後は近況報告も兼ねて、2人は他愛ない会話で時を過ごした。

 しばらくして、

「さて、そろそろ目的の物を見ようか」

 ウォーレスはちらりとバッグを見て言う。

 残ったお茶を飲み干し、カイロウはバッグの中身をテーブルに並べた。

 様々な形状、サイズの金属パーツがずらりと50個余り。

 楕円形に叩いただけのアルミ板や、細い管を束ねたチューブ状のものなど多岐に渡る。

「確認させてくれ」

 そのうちのひとつを丁寧に持ち上げ、ウォーレスは持っていた仕様書と見比べた。

 もちろん肉眼で全てが分かるハズはなく、このあと検査機器を通してはじめて合格と言えるのだが、

「今回も見事なものだな――」

 彼は検査結果を待たずに仕事ぶりを称賛した。

「発注はこれだけだったのか?」

 褒められたところでカイロウは驕りも謙遜もしなかった。

「あの時はな。先日、追加の注文が来た。これだ」

 カイロウは提示された注文書を見た。

「H-1規格のものばかりだな。こっちはカラーリングの指定か」

「そのわりに単価を下げられてる。去年と比べて20%減だ」

「こんなので利益が出るのかい?」

「正直厳しいが、こっちには文句を言う権利はないからな。無理でもやるしかない」

 注文書は数十ページに及び、形状や塗装等の規格などが仔細にわたって指定されている。

 特に目を引くのは大型の部品に関する項目で、どこの工場のどの設備を用いるかまでを限定され、

 あまつさえ工員数や作業に携わった者の氏名まで提出せよと記されている。

 ここまで来ると指定というよりは指示や命令に近い。

「役人が考えているのはいつも、”私たちをどうやって苦しめるか”だよ」

 カイロウは憤然とした口調で言い、政府の印が押された注文書を投げるようにテーブルに置いた。

 小さな町工場に過ぎなかったレキシベル工業がここまで発展したのは、政府の力添えがあったればこそだ。

 注文の内容はうるさいが、定期的に大量の発注が来るから仕事には困らない。

 しかも入札制ではなく直接のご指名である。

 指示どおりにこなしていれば食うには困らない。

「それで私はどれを受け持てばいい?」

「HシリーズとDシリーズ、それとHS規格を頼みたい。あんたの得意とするところだろう」

 レキシベル工業が政府に納めている製品の一部は、カイロウが手掛けていた。

 特別な技術が必要で量産に向かないものを好んで引き受け、その対価を得る。

 これが彼のもうひとつの収入源だ。

 責任者のウォーレスと親しくなったことで、報酬にも色を付けてくれる。

 当該製品の製造については外注として処理されるが、外注先の情報まで政府に提供する義務はない。

 高度な技術者が少ないレキシベルにとっては手間が省け、カイロウにとっては何にも縛られずに仕事ができる、理想的な関係だった。

 信頼関係は技師としての腕で築いてきたので、ウォーレスも彼の素性について探ろうとはしない。

「引き受けよう。材料はいつもの倉庫に頼む」

「分かった。今日受け取った分は検収後にあんたの家に届けさせる。いつもどおり現金でいいか?」

「ああ。事前に連絡をくれ。家にいるようにするから」

 話がまとまれば長居は無用だ。

 ウォーレスにも仕事があるだろうし、特別待遇を受けている人間が接待を受けているのを見たら、工員も良い気はしないだろう。

 次の訪問日を確認し合い、カイロウは裏口から出ていった。


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