3 調達屋-1-
日が沈み、民家の明かりもまばらになった頃。
ダージは音を立てないように通りを横ぎった。
目指すは同業者の間で”第3の聖地”と呼ばれている東の丘。
この辺りで3番目にクジラの恩恵が多く降る場所、という意味だ。
普通は恵みの雨が降ると同時か、やや間をおいて飛び込むのが定石だが、彼は敢えて数日後のこの深夜を選んだ。
もちろん目ぼしいものは採り尽くされているだろう。
行ったところでそれこそガラクタしか残っていないにちがいない。
――というのは素人の考えだ。
探してみれば意外と宝はどこにでも転がっているものだ。
それにモノの価値は人によって異なる。
骨董品のように意外な物に高値がつくことだって珍しくはない。
この業界で成功する秘訣は一に目利き。
次いで必要なのは、無価値と思う物でもとりあえず持ち帰る貪欲さだ。
「今日は月が出てないからな。足元に気を付けろよ」
今夜は仲間のクイとネメアも一緒だ。
「気を付けるのはお前だろうがよ! 連中はどこから襲ってくるか分からんぜ!?」
クイは大笑した。
この屈強な男はダージが雇った用心棒だ。
周辺には稼ぎを横取りする賊も多く、万が一のときのための保険だ。
現に数日前、貴重な獲物を強奪されてしまっている。
「ま、もらってる分はしっかり働くから、安心してくれやっ!」
彼は拳を鳴らして豪快に笑った。
ダージは舌打ちした。
どうも彼は品性に欠ける。
筋骨隆々で頼りにはなるが、もう少し思慮深さが欲しいところだ。
これでは何のために人目を忍んで行動しているのか分からない。
そもそも賊を避けてこの時間帯を選んでいるのだから、目立ってしまっては意味がない。
「あんた、ちょっとは静かにしなよ。ご近隣の皆さまの迷惑になるだろ」
もうひとりの用心棒、ネメアがたしなめる。
こちらは女ながらボディガードとしての体力や腕力は男に負けていない。
見た目にも強そうだがそれだけでなく、女性特有のしなやかさも見える。
わざわざ深夜に行動するという、隠密性が必要な理由をちゃんと理解しているようだった。
次からはクイを雇うのはやめよう、と思いつつダージは闇にまぎれるように町を移動した。
目的の聖地までは町を出て、さらに数十分ほど歩かなければならない。
途中の道は整備されていないから、移動には意外と時間がかかる。
ダージたちは小さなランプを手に、丘を目指す。
「お前さんよう! なんでわざわざこんな遠い場所を選ぶんだ?」
先ほど注意されたばかりだというのに、クイはまた大きな声で言った。
「漁り場なんて他にいくらでもあるじゃねえか」
「静かに……! あるものを回収しに行くんだよ」
「あるものって何だ?」
「行きゃ分かる。無事に持ち帰れたら報酬を上乗せしてやるよ」
「そりゃ景気がいいや!」
どうやら静かにしろ、というのは彼には難しい注文のようだ。
なだらかだった道に勾配がつきはじめる。
ランプの灯をしぼり、できる限り自分たちの存在を隠す。
ダージは微苦笑した。
この仕事を始めて間もない頃、落下物による負傷を避けるため、今のように日が沈んでから出かけたことがある。
その時、辺りにほのかな火がいくつもゆらめき、彼は人魂が出たと言って慌てて引き返した。
仲間にそのことを話すと、あそこで死んだ者たちの霊が成仏できずにさまよっているという。
怖くなったダージはしばらく夜の外出を控えていたが、のちに人魂の正体が同業者であることを知る。
彼らが持っていたランプだ。
幽霊の話が広がったのも、おそらく競争相手を減らすための策略だったのだろう。
いま自分がその人魂になっていることに、ダージは妙な懐かしさを感じていた。
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