2 修理-2-
「一息入れたいところですがあと2人です。もう少しがんばりましょう」
術衣をまとえばリエはにこりともしない。
いちおう彼女なりにねぎらいの言葉のつもりだったようだが、カイロウ含めスタッフの気は張るばかりだった。
隣の部屋では既に次の患者の準備ができていた。
もう1人の子どもも状態は同じだったので施術はスムーズに進んだが、残る男はかなりの長身で体格もよく、
そのためにパーツの調整に時間を要した。
欠損部分は同じでも患者の体格や体重が僅かでも異なれば、繋ぎ合わせるパーツも異なる。
1ミリのずれがエラーを引き起こすこともあるから、施術に最も必要なのは知識や経験よりもむしろ最適なパーツの組み合わせを見つけ出すセンスといえる。
カイロウの場合はそのあたりの勘が働くのに加え、パーツをその場で加工して不足を補えるので重宝がられていた。
「ドクターの技術には頭が下がりますよ」
一仕事終え、休憩していたカイロウに声をかけてくる男がいた。
スタッフのひとり、コルドーだった。
彼も施術においては相当な技量の持ち主だが、カイロウには及ばない。
「日頃からあの手の部品は飽きるほど見ているからね。パズルを解くようなものだよ」
実際、義肢作製の成否はパーツ選びにかかっている。
もちろん業者に発注すればそんな苦労はしなくてすむが、それでは金も時間もかかりすぎる。
なによりこの仕事は公にはできないのだ。
施術が医療行為と認定されれば政府の監視が厳しくなる。
人やモノの出入りが逐一筒抜けになるのは、彼としては最も避けたいところだった。
ここも医療施設という看板を掲げて営業しているのではない。
表向きは資産家の遊休施設として通してあり、倉庫付きの庭と屋敷があるのみだが、その地下には種々の設備が整っている。
運び込まれてくる患者はたいていが体の一部を失っている。
欠損の具合に応じて必要なパーツを見繕って義肢を作製し、身体の機能を回復させる。
それが彼らの仕事だった。
といっても職業として認められているワケではなく、実態は闇医者も同然だ。
リエを含め、出入りするのは政府との関わりを断ちたい者ばかりである。
かつて人を殺めた者もいれば、何らかの理由で身寄りを喪った者など、境遇は様々だ。
彼らは互いの背景について過度の詮索はしない。
脛に傷を持った者同士、惹かれあうようにここに辿り着き、非合法の処置を繰り返すことで生計を立てている。
「しかし今日の実入りは期待できそうにありませんね」
コルドーはため息交じりに言う。
「いつもうまくとは限らないよ。継続が大切なんだ。辛抱強く待ち、そして続けることがね」
あの2人の子どもからは代金は取れない。
調べたところ保護者がおらず、保護施設にも入っていないらしい。
ゴミ漁りをしながら町を転々としていたようだから、蓄えもないだろう。
「クジラの恩恵も僕たちにまでは回ってこないのでしょうね」
彼は嘲るように笑った。
「私は恩恵などと思ったことは一度もないよ」
カイロウは言ってから口に手をあてた。
今のは失言だったか、と焦ったが小うるさいダージはここにはいない。
そもそも役人にここを突き止められた時点で、失言云々の前に連行されるだろう。
「ああいう場面は何度か見たが……みんな命懸けだった」
クジラがもたらすのは、文字どおり恵みの雨だ。
腹からこぼれ落ちるものに種類も規則性もない。
植物の種も、何かの肉も、金属の塊も、おもちゃ箱をひっくり返したように地上めがけて吐き出される。
だから一番乗りした者はおそらく誰よりも欲しいものを持ち帰ることができる。
ただし同時に降り注ぐ重量物を避けられればの話だ。
たいていは戦利品に気を緩めた瞬間、別の何かに頭を潰されるか手足を落とされるかの悲劇が待っている。
そもそも遥か上空からの落下物である。
小石程度の物でもかすめるだけで大怪我は免れない。
それが頭部にでも直撃しようものならカイロウにも出番はないだろう。
しかしそんな危険を冒してでも恩恵にすがりたい人間は大勢いる。
豊かとはいえないこの世界で、クジラからしたたり落ちる恵みはまさに千載一遇のチャンスだ。
価値ある一品を手に入れ、そして無事生還することができれば生活は一変する。
その一方で命が惜しい者たちは遠巻きに包囲網を張る。
放出を終えてクジラが再び遊泳を開始すると同時に、彼らは一斉に宝の山めがけて突進する。
ここでは落下物による死傷の恐れはないが、代わりに凄絶な奪い合いが起こる。
早い者勝ち、は公平にジャッジできる審判がいてこそ成り立つルールだ。
どちらが先に目をつけていたとか、指先が触れるのがわずかに早かったとか、当事者ですら分からない判定には暴力に訴えるのが手っ取り早い。
いずれにしても富の前に流血は避けられないのだ。
無傷で済ませるには残り物を漁るしかないが当然、その頃には傷んだ野菜や割れ欠けた器くらいしか手に入らない。
ダージはその点の駆け引きが巧く、毎回なかなかの収獲を得ているが、彼もまたいつ命を落としてもおかしくはない。
「それは僕も同じですよ」
コルドーはポケットから植物の茎を乾燥させたものを取り出し、口に含んだ。
「あの危険なところに近づくのかい?」
「いえいえ、恩恵と思ったことはない、って話です。僕はあれで家族を喪いましたから」
苦々しい経験があるらしい。
詮索はご法度だが、自分から打ち明けるには問題はない。
「それは……お気の毒に――」
気の利いた慰めの言葉が見つからず、決まり文句を呟いておく。
彼はそれ以上は語ろうとはせず、所在なさそうに視線を彷徨わせている。
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