2 修理-1-

 ドアを激しく叩く音にカイロウは目を覚ました。

 ぼんやりした視界に時計が映る。

 午前9時を少し過ぎたところだった。

「ドクター、いらっしゃいますか!」

 彼のことをこう呼ぶ人間は限られている。

 それにこの凛然とした女の声。

 助手のリエにちがいない。

 カイロウは慌ててドアを開けた。

「いつも起こしてもらってすまないな、リエ君。急患かい?」

「ええ。ついさっき運ばれてきました。子どもが2人に、大柄の男性が1人です」

「部位は?」

「全て左足です。全損はありません」

「なら庭に置いてあるパーツで足りるな。きみ、いつもの場所から部品を車に積んでおいてくれ。私もすぐに準備する」

 カイロウは素早く顔を洗って身支度をすませる。

 彼が外に出たころにはリエは頼まれたことを全て片付けていた。

「手際がよくて助かるよ」

「仕事ですから」

「ああ、それから、私のことをドクターと呼ぶのは――」

「飛ばしますよ! しっかりつかまっていてください」

 助手席に座ったカイロウがベルトを締める前に、リエは既に発進させていた。

 このあたりは悪路が続くせいで車体が激しく上下する。

 だがそれを差し引いても彼女の運転はスピードを優先した危険な走行だった。

「もうちょっとゆっくり走れないか? パーツが壊れたらどうする」

 対向車と数センチ差ですれ違うのを見てカイロウは胆を冷やした。

「ちゃんと緩衝材で包んでますから!」

 車は砂利を蹴り飛ばすようにして坂道を登っていく。

「ああ――手際がいいな、本当に」

 彼は巻いた舌を噛まないように口を噤んだ。


 違反すれすれの走りのおかげで、目的地である作業場には5分ほどで到着した。

 待っていたスタッフが駆けつけ、車から荷物をおろす。

 その間に2人は術衣に着替え、全身を消毒して施術室に入った。

 整然と器具が並べられた部屋の中央。

 作業台に両手首と右足を拘束された男の子が横たえられていた。

「経緯は?」

「クジラの恩恵に飛びついた拍子に転倒したようです。そこに金属板か何かが落ちてきたようで」

 リエは淡々と述べたあと、一瞬だけ男の子を見てすぐに目を伏せた。

 彼の左足は膝から下がなかった。

「なにが恩恵だ。こんな目に遭ってまで」

 カイロウは男の子の顔を覗きこんだ。

 麻酔はしっかり効いているようである。

「始めよう。1番から3番までのパーツを持って来てくれ」

 スタッフによってただちに部品が運び込まれた。

 用意された様々な形状の金属を組み合わせ、まずは膝の切断部を円形状のチタンで覆う。

 そこに大小異なる棒状の金属を差し込み、ネジで固定。

「ん……このままでは駄目だな」

 持って来たパーツでは用途に少し余りがあったらしい。

 カイロウは小刀ややすりを使ってその場で長さを調節した。

「誰か、ここを押さえておいてくれ……そう、そうだ。そのまま向きを変えないように」

 ここからは繊細で複雑な作業が続く。

 強度を確かめつつ、可動部がスムーズに動くかを見る。

 パーツの組み立ては厳密過ぎてもいけない。

 常に動かす部分だからいくらかは遊びも必要だ。

 組み立てが終われば質感や色味に不自然さがでないよう、人工皮膚で外格を覆っていく。

「よし、これでいいだろう」

 カイロウとリエで入念にチェックする。

 最後に機器による検査を経て、異常がなければ施術は完了だ。

「検査結果が出ました。項目、全て正常です」

 リエが言うと、スタッフは安堵のため息をついた。

 実際にはこの後も定期的に患者の様子を診て、微調整を繰り返すことになる。

 義肢が完全にその人の一部となるには、最低でも半年はかかる。

 その場限りではない責任のある仕事に、カイロウはいくらかのやりがいを感じていた。

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