第14話 旅人

「僕は本当はここにいちゃいけない人なんだ」

 公園のベンチで木漏れ日を浴びながら安水君は言った。俺は真面目で繊細な安水君が何か気落ちしているのだと思った。

「そんなこと言うなよ。お前がいなくなったらみんな悲しむよ。相川さんなんか絶望するだろうな」

 安水君は俺から視線を逸らした。

「ごめん。こんなこと、言っちゃいけないのは分かってるんだけど、僕は本当にここにいちゃいけない人なんだよ」

 俺は首を傾げた。どうやら気落ちしているわけではないらしい。

「転校してきてから、みんな僕に優しくしてくれた。みんなが仲良くしてくれて、目の前にいる人を大切にしてくれる、そんな当たり前のことが嬉しかった」

 安水君はベンチから立ち上がり、座ったままの俺を見下ろした。

「ごめんね。僕は、二十年後の未来からやって来た未来人なんだ」

「はぁ?」

 俺は喉の奥から素っ頓狂な声を上げた。安水君は穏やかに笑った。

「信じてくれなくてもいいんだよ。僕の住んでる未来では、インターネットが発達して、人と人とのコミュニケーションが濃密になった。中学生でさえ携帯電話を持ってインターネットをするんだよ。いつでも同級生と繋がれるようになる。三百六十五日、二十四時間、ずっとね」

 俺は話に付いていけず、黙って安水君の言うことを聞いていた。

「僕は息苦しくなってしまった。寝ても覚めても、人を傷つける言動をしていないか気になるようになった。そして、インターネットの発達していない過去の世界へと逃げてきてしまった。でも、それももうおしまいだ。夏休みが始まったら、僕は未来へ帰る。みんなのこと騙してて、ごめんね。相川さんにも悪いことをしてしまった」

「二十年経ったら、俺たちはまた会えるのか?」

「運が良ければきっと。でも僕は二十年経ってもまだ十四歳だよ」

 安水君は朗らかに笑った。二十年経ったら俺たちは三十四歳だ。俺は開き直って安水君に言った。

「じゃあ、未来へ帰ったらダンディーになった俺を見つけてくれよな、坊や」

「うん。あっちで再会するのが楽しみだよ」

 安水君は曇りのない笑顔を浮かべた。

 夏休み前の日射しが、眩しく公園を照らしていた。

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