第8話 一点の光
私はベランダに出て、星々の煌めきを見ていた。しんとした住宅街には家明かりや街灯が灯っていて、夜空の星と同じように輝いていた。闇はどこまでも街を覆い、宝石のような光の煌めきをぼんやりと空中に浮かばせていた。
本物の星は遠かった。小さな白い輝きが空一面に広がって私の目に映っていた。何もかもが無音で、吸い込まれそうなほど静かだった。
試験勉強は辛かった。明るい部屋にいるのも辛かった。深い闇だけが私を裏切らず、心を癒してくれるような気がした。私はベランダの手摺りに手を掛けて、はあっと息をはいた。手の甲にあたたかい息が掛かり、自分もこの世に存在している一人の人間なのだという自覚が湧いて、急に自分自身が恐くなった。
私は遠い星を見上げた。恒星は今も熱く輝き、街の灯りも生きているように光っていた。私の胸も、終わりなく鼓動を繰り返していた。
私は部屋から椅子を引っ張り出してきて、深々と座った。暗闇に目が慣れて、細かい星もはっきりと見えるようになった。椅子だけでは物足りず、熱めのココアも入れて、星を見上げた。熱いカップは手のひらに心地よく、湯気のぬるさも顔をあっためていった。甘い香りがベランダ一杯に広がった。
暗い闇と静かな灯りとココアの甘さが私の胸を鎮めていった。あんなに綺麗なのに、星も街灯も暗闇の中のたった一点の輝きに留まり、決して暗闇全部を照らそうとするわけではなかった。それでも満足そうに、ひたむきに輝いていた。
私はあたたかい溜め息をつきながら甘いココアを飲んだ。手足が燃えるように熱くなった。
ココアを飲み干すと、私はベランダを片付けて、眩しい部屋に戻った。机には広げっぱなしの参考書があった。
私は部屋の中からもう一度、闇の中の一点の煌めきを見た。やはり満たされたような落ち着いた様子で静かに輝いていた。私の胸にも一点の輝きが灯った。
私はベランダから戻したばかりの椅子に座り直し、試験勉強に戻った。
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