第7話 日記帳 (2020.2.6 推敲)
私は家に帰ると、文具店で衝動買いした日記帳を机に置いて、何を書こうか考えた。B6判の上製本で、紺色の表紙には翼を広げた一人の天使が可愛らしく描かれていた。
表紙を捲ると、罫線が引かれた真新しい頁が、目の前に眩しく広がった。一頁で二日分書ける日記帳で、頁の上部と真ん中に、日付けを書く欄があった。
私はまだ何も書かれていない日記帳に胸が高鳴った。この日記帳に何を書こうか、指に挟んだペンをゆらゆら揺らしながら、私は頭の中で色んな計画を立てた。真新しい日記帳に最初の一文字を書くのが恐くて、日記帳は白いままだった。色々と思い浮かんだ計画は、泡のようにあっさりと消えていった。
次の日、私は朝日に射たれた街中を走る通勤電車の窓を見ながら、今日がどんな一日になるかぼんやりと考えていた。朝起きてから電車に乗るまで、特に変わったこともなく、いつも通りの穏やかな朝だった。窓の景色はずっと動いていき、林立する高層ビルは朝日を照り返して銀色に輝いていた。
夕方になるとこのビル群は夕日に照らされて、今度は黄金に輝いた。光の裏で深く伸びる澄んだ影が、冷たく美しかった。
家に帰ると、私は食事やお風呂や雑事を終えて、また机の上に日記帳を広げた。今日一日、頭の中の架空の日記帳には、色々な記録が書かれた。今日食べたもの、仕事の内容、人との会話、電車の窓から見えた景色、テレビのトップニュース、スポーツの結果。私は実際の日記帳ではなく、架空の日記帳ばかりが詰まっていくことにふと気が付いて、苦笑いをした。
何を書こうか。本当に今日から書き始めていいものか、私はまだ迷っていた。迷えば迷うほど、架空の日記帳は詰まっていった。私は本当に可笑しくなってしまって、買ったばかりの大切な日記帳を一度閉じて、本棚に仕舞った。
何も書かれていない日記帳には、目に見えない希望がたくさん眠っているような気がした。
私は日記帳の背表紙を指で撫でると、電気を消してベッドに入った。
私は明日もきっと、架空の日記帳にたくさんのことを書くのだろうなと、布団の中でくすくすと笑った。
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