第2話 グラウンド

 僕は金網に指を突っ込んで、ぐっと力をこめた。かたく編まれた金網は少しも軋まず、僕の手が痛くなっただけだった。校舎は物静かに佇んでいた。みんなあらかた寮に帰ったようで、グラウンドに人影はなかった。

 僕たちの学校は、この金網に囲まれていた。外出や面会には申請が必要で、むやみに学校を出ることはできなかった。

 僕はもう一度手に力をこめて金網を握った。やはり僕の手が痛むだけだった。

「そこで何をしているんだい」

 背後からルトの声がした。

「外へ出たいのかい?」

 そう言いながらルトは僕の隣に立った。学校の外には家並みが続いていて、ルトも金網越しの町を眺めた。僕は夕空高く飛ぶ烏の影を見て、思わず呟いた。

「烏のように飛べたら、僕もきっと自由なのに」

「外は自由だもんね」

 僕の気持ちを代弁するようにルトは言った。

「成績も気にしなくていいし、山ほどある課題だってやらなくていい。家柄や容姿をからかわれることだって、きっとここよりは少ないよ」

「ルトもここから出たいと思ったことあるの?」

 僕が訊ねると、ルトはうなずいた。

「ここは、寂しい場所だからね」

 ルトは広いグラウンドを眺めた。

「でも、僕はこのグラウンドが好きなんだ。夕日を浴びて海みたいに輝いている」

 僕もグラウンドを見た。ルトの言う通り、グラウンドに敷かれた細かい砂の一粒一粒が夕日を照り返して輝き、辺り一面光の海だった。僕は眩しくて目を細めた。冷たかったはずの指先が急に熱くなった。ルトは光を浴びながら落ち着いた口調で言った。

「僕も逃げたくなることがあるけれど、何もできない、物知らずな自分では終わりたくないんだ。少しくらいは、難しいことに立ち向かってみたい。この光を見ていると、負けたくない、何もしないまま終わるのは嫌だって思うんだ」

 砂の底から湧き上がる目映い輝きがルトの眼を照らした。背筋を伸ばしたその立ち姿は堂々としていた。

「そろそろ寮に戻ろう。門限になるよ」

 ルトに言われて、僕はうなずいた。

 燃えるように輝くグラウンドを横目に見ながら、僕たちは歩き出した。

 光のさざ波の音が、僕の耳に押し寄せて聞こえた。

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