すれ違い

monitor

限りなく100%に近い彼女

コンビニから出ると、雨はより一層強くなっているようだった。

数種のカップ麺とコーラの入ったレジ袋を片手に、古くも新しくもないアパートへ向かう。

僕には、理想の女の子ってやつがいる。

「俺たちは、ただ名ばかりでシャボン玉のように膨らんでしまった、そんな夢幻の恋人に恋焦がれている。さあ、受け取れ、この偽りを。そして真実に変えるのは君だ。」

いつからだろうか、

エドモン・ロスタンが戯曲に描いたように、僕はその理想に執着している。

偽りは、いつまで経っても真実に変わらないまま、心を締め付けていた。

雨の奥で電車の音がする。

大通りから路地に入り、向きを変えた雨を感じながら、濡れた求人広告をにじった。

塾講師のバイトは三日前に辞めてしまった。

給料は高かったが、バカそうな小中学生の幼稚な会話に合わせている自分に嫌気がさしたのだ。よく続いた方だと思う。

だが、そのおかげであと1週間は仕事を探すことを考えずにすみそうだ。

あともう半年もすれば、僕の履歴書には空白の一年間が刻まれるというのに、僕には全く働く気は起きなかった。


ふと、雨が止んだ気がして傘を持ち上げた。

赤い傘の下に、白いワンピースの女の子がいた。

彼女も雨が止んだと感じたのか、傘を傾けた。

僕が歩みを止めると同時に、彼女も止まった。

目が合った。

瞬間的に悟った、彼女は理想そのものだ。

長年思い描いてきた理想と完全に一致する。

外見も、人格も全てだ。

根拠などない、直感だ。

一目惚れを遥かに上回る衝撃に突かれ、不意にカップ麺を落としてしまいそうになった。

彼女の薄い目が瞬く。先ほどの電車から降りてきた直後なのだろうか?彼女の白いワンピースは全く汚れていなかった。

間違いない。彼女は僕の恋焦がれていた“偽り”だ。

…ああ、なんて不運なのだろう。

僕にとって彼女は理想、100%だ。

だが、彼女にとって僕は100%か?

ただの通行人である僕は、貴女が私の100%なのです、と告白することすらできないのだ。

もし彼女にとって僕が100%だったとしても、雨の中すれ違ったに過ぎない僕たちがそれを認識することはできないだろう。

一瞬ののちに、再びお互いの歩みが始まる。

赤と黒の傘が交差する。

10歩ほど歩いて、彼女を振り返った。

もし、もし彼女が振り返って、もう一度目が合ったら。

その時は君が100%なのだと、正直に告白しよう。

僕は希望に胸を躍らせ、鼓動を押さえつけながら、小さくなる彼女を眺めた。彼女の薄い目が僕をとらえるのを待った。

彼女の行動は冷酷で、僕のきた道を遡るように、振り返ることなく路地から大通りに抜けた。

100%に限りなく近い相手を失ってしまったようだ。

失意に濡れながら、独居老人の住んでいるような、クリーム色のアパートに向かった。

彼女が僕より早く、僕のことを振り返っていた事を知らずに。

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