入部式

 今日は部活の入部の最終期限の日だ。

 駿河南では入学式の一週間後に部活の入部式というものがある。


 駿河南はそれほど熱心ではないが文武両道を唱えている学校で、生徒は部活に入ることが義務付けられている。

 そのため入部式の日は、授業は午前中で終わり午後から部活動の活動場所でその部活に所属する上級生も含めてオリエンテーションが行われる。

 一年生はそこで入部届を出して、正式入部となる。


 ただ殆どの生徒は予め何度か入部する部活には顔を出していて、部員と顔見知りになっていることが多い。

 俺も「前の世界」では入学式の次の日から練習に参加していて、入部式のときにはすでに顔見知りの生徒しかいなかった。


 今回は全く顔見知りがいない状態で突っ込んでいくので完全にアウェーだ。

 しかもおそらく女子生徒しかいないだろう。

 正直に言うとどんな状況になるかさっぱりわからないな。

 まあなるようにしかならないけど。



 ~~~



 野球部の入部式が行われる場所はグラウンドだ。

 俺は校庭に出ると、特に意識することなく一直線に野球部の部室の方に歩いていく。


 すると一塁ベンチのところに30人ほどの集団ができていた。

 どうやら2年生と思われる練習着を着た少女達が、ジャージ姿の一年生に入部届を配っているようだ。


 俺が集団に近づいていくと、明らかに奇異の視線が集まってくる。

 うわ。すごいな。めっちゃ見られてる気がする。

 ほんとに女しかいないんだなぁ。


 もちろんその視線は一年生だけでなく上級生の視線も含まれている。

 ここにいる生徒の視線が俺一人に向けられ、少しベンチ前がざわつく。


 どうしたらいいかわからず、少しの間立ち尽くしていると入部届を渡す係の先輩と思われる人に声をかけられた。


「君も野球部に入部?」

「はい。そうです。どうしたらいいでしょうか?」

「もうすぐ監督が来るから。それまでにこの入部届を記入しておいてね」

「わかりました。ありがとうございます」


 俺は入部届を受け取ると用紙に目を通す。

 入部届に記入する項目は単純で、クラス、名前だけだ。

 俺はすぐに用紙を記入すると、監督がベンチ前に向かって歩いてきているのが見えた。

 なんか微妙に不穏な空気だったし、遅れて教室を出て正解だったな。



 しばらくすると監督がベンチ前に辿り着いた。

 予想通りといえば予想通りなのだが、監督もやはり女性だった。

 身長はさほど大きくなく、丁寧に手入れされた髪が印象的だ。

 ユニフォーム姿も決まっていて、おばさんというよりはかっこいい大人の女性というイメージだ。


「全員集まってるか? 一年生は入部届を持ってきなさい」


 監督がそう言うと一年生は入部届を提出するために監督のもとに集まる。

 俺が入部届を渡したときに監督はちらっと顔を見てきた。

 しかし特に声を掛けてくるわけでもなく、一年生が元いた場所に戻ると話を続けた。


「野球部顧問の木原だ。まずはたくさんある部活から野球部を選んでくれてありがとう。先に言っておくが、我が校は甲子園を目指して練習している。練習はキツイものになるだろうから覚悟しておいてくれ。それから一年生でも実力があるものはどんどん試合で使っていくから頑張ってくれ」


 監督の挨拶が終わると、少女が続けて前に立つ。


「キャプテンの赤坂真湖(あかさかまこ)です。一年生の皆さん入学おめでとう。知っての通り7月には県大会が始まります。部員一丸となって甲子園を目指しましょう。」


 キャプテンの真湖さんか。

 当然のことだけど部員の名前も覚えておかないと。

 練習着に名前が書いてあるからそれほど問題はないかもしれないけど、読めない名前も普通にあるからな……。



 でもやはり「前の世界」の20歳までの意識があるから、3年生でもやはり年下の女の子といった印象がどうしてもあるな。

 だからこそそれほど緊張もしないっていうのもあるけどな。

 先輩だし対応には気をつけよう。


 そうこうしていると、どうやら簡単な自己紹介をする流れになった。

 三年生から順番に学年と名前、ポジションと一言を添えて話している。

 言ってしまえば、予定調和のイベントだ。


 まあこういったイベントは無難にこなすのが大事だ。

 下手におちゃらけた発言をして空気を凍らせるなんてことはあってはならない。

 すでに目立たないようにするのはこの感じだと無理だ。

 それでも少しでも目立たないようにする努力は大事だろう……。


 他の一年生の自己紹介が終わるといよいよ俺の番だ。

 なんとなく輪に入りづらかったので、端っこにいた俺の自己紹介の出番は最後だ。

 他の一年生のときと比べるとグラウンドにいる生徒の視線が一斉に集まるのがわかる。


「神山伊織です。伊織って呼んでください。ポジションはピッチャーかセカンドを希望です。エース目指してます! よろしくお願いします!」


 女子しかいないグラウンドで唯一の男子が大きな声で宣言した。


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