勇者の憤怒/魔王の憂鬱

まかろーん

第1話

何回目だろう。


魔王のもとを目指して旅に出てから魔物や魔族を手にかけるのは。


魔族の群れを切り裂きながら考える。


魔族や魔物を殺すという事は生命を殺すことだ。


しかし、数年前の魔王軍の侵略によってでた多くの犠牲にくらべればこのことはあまりにも小さい。


そう。小さすぎるのだ。


魔族の大侵略のとき、4つの国家のうち、じつに3つの国家が壊滅した。


大半の市民は悲鳴をあげて逃げ回り、そして殺された。


対抗するための戦士たちは多くの魔族の力に屈し、儚く散っていくものも多くいた。


魔族の力はあまりにも強大すぎた。


否、自分たちが弱すぎたのかもしれない。


人間の戦士たちは徐々に劣勢にたたされ、魔族にもだいぶん被害を与えたとは思うが、壊滅。


他の国から増援の戦士があつまってくるものの、時すでに遅し。


1度壊滅した戦線はもう戻ることはなく、ただただ魔族よる蹂躙劇が行われただけであった。


そして魔族は国の中心まで潜り込み、


――崩壊。


そう。こうして魔王の支配する領地と接していた、ひとつの国家は、正しく崩壊したのであった。


次に魔王が狙いを定めたのはその国に接していたふたつの国だった。


2つの国は、連携をたくみに取りながら戦った。


いや、連携をとりつつ作戦を完璧にとることでしかまともに戦えなかったというべきか。


しかし、両国の兵の軍長は聡明であった。


決して魔王領に接していた国が愚かであった、ということではないが。


あの戦いは耐えるしかなかったのだから。


ふたつの国は国自体を放棄することを早々に決定して事前に罠や大砲等を多く設置し、兵器を駆使しながら撤退戦を始めた。


もちろん撤退戦では消耗は激しく、戦いの最前線にいた戦士たちの多くの犠牲があっての撤退だ。


そして、戦力の低下を3割に抑えつつ魔王軍に甚大な被害をもたらしながら撤退戦は成功し、国を失いつつも4つ目の国に多くの戦力集中させることができた。


人類最後の砦、4つ目の国は2つの国が撤退戦を繰り広げ戦力を集中させることができたからだろう。


魔王軍とまともに渡りあうことができた。


戦線は引きも押しもしなかったが、いままでのことを考えると、むしろそれができたことを賞賛すべきであろう。


しかし、2つの国の戦力がなければまともに戦うことの出来なかったことも事実だ。


国は滅びず、5年間を戦い続けて魔王軍を撤退させることに成功させた。


国は滅びなかったが僕が失ったものは多かった。


例えば、故郷。


僕が住んでいた国は最初に襲われた国で、もちろん国はなくなってしまった。


例えば、家族。


家が魔族に襲われたときに父と母は自分の身を犠牲にして僕を逃がした。


例えば、友人。


一緒になって逃げてる途中、


「お前は人類の希望だ」


と言い残して遭遇した魔族に立ち向かって言った。


この間、僕には何も出来なかった。何も。


なぜなら僕は勇者として産まれたのにも関わらずこのときはまだ幼く、10歳にも満たない少年だったからだ。


――ああ。悔しい。とても悔しかったよ。


当たり前だ。故郷を、家族を、友人を、失ったんだ。


勇者たる自分が力不足だったせいで。


先程、魔王軍撤退したと言ったが実はそうではないのではないか。


なぜなら魔王軍でいちばん強いのはもちろん魔王だ。


その魔王が出てこず、撤退した。


恐らく、苦しかった人類とは反対に余力はあっただろう。


それが、僕にはどうしても


「お前たちなどいつでも潰せる」


と、嘲られていたようにしか思えなかった。


しかし、皮肉な事だ。


魔王軍が戦いから身を引き、行動を起こさなくなってから自分はすくすくと成長し正しく「勇者」となった。


次は失敗しない。


僕は、魔族の群れを制した。


犠牲は出さず、魔王を滅ぼす。


そして、いつの日にか人類の平和を勝ち取るために。


だから、戦おう。


魔王を見据える。


――今、自分をつき動かしているものはなにか。


それは、紛れもなく憤怒だ。


「人類のためだ。死んでもらおう。」




******************************************




「はあ…」


何回目だろう。


こうしてため息をつくのは。


俺は、はるか先で次々と倒れていく仲間たちをを見つめながら考える。


果たして、俺の父が成したことは正解だったのか。


あのときの人類への領地への侵攻。


いいや。間違いだっただろう。


もっとなにか、できることがあったはずだ。


例えば交渉。


人類とわかり合い、手を取って互いに生きていくという道はなかっただろうか。


例えば、沈黙。


なにもしないことで、人類を刺激しない。


そして、別々に生きていく。


このような道もあったはずだ。


なのに何故、短絡的に人類を滅ぼすという道に走ってしまったのだろうか。


ああ、憂鬱だ。


自分はなぜあの時、憤怒に駆られる父を止めることができなかったのか。


何故部下たちを止め、救うことができなかったのか。


次は人類が憤怒に駆られると、わかっていただろうに。


何も出来なかった自分に嫌気がさす。


何故。何故。何故。


侵略が始まって約6年。


俺は、止まらない実の父親を手にかけた。


――ああ。もちろん寂しかったよ。


しかし、仕方なかった。この世界を救うために。


だが自分が動けたのは、あまりにも遅かった。


既に1つの国は消滅し、2つの国は放棄されて魔王領と化していた。


そして、最後の4つ目の侵略を始めて5年が経っていたのだった。


魔王は表向き老衰したということになり、自分が魔王に成り代わったことで急いで人類領に攻め込んでいた仲間たちを魔王領に引き上げた。


それから数年。


もちろんこちらから争いは仕掛けず、人類も戦争を仕掛けてこなかった。


ああ。終わったのだ。


そう思っていた。否、思いたかっただけかもしれない。


安息の数年間が終わり、今度は人類が魔王領に攻め込んできた。


ああ。当たり前だとも。


俺がしたことは全て手遅れだったさ。


俺の父はそれくらい悪い事をした。


悪あるところに正義ありとはよく言うものだが、その悪は誰かにとっての正義かもしれない。


その正義は誰かにとっての悪かもしれない。


難しいものだ。


そう考えてると、将達が集まってきた。


将達の方に顔を向ける。


そして、1人の将が口を開いた。


「王よ。お逃げ下さい!もうすぐとてつもない力をもった勇者が到着致します。どうか…どうか…」


なるほど。そういう事か。


「よい。俺が勇者を食い止める。お前たちが逃げよ。」


「しかしっ…!我らは王を失っては何もできません…」


将は顔を悲痛な面持ちでそう叫んだ。


「いや、逃げ延びよ。これは魔王令だ。すぐに追いつく。だから、死ぬでない。必ず、生き残るのだ。」


将達はしばらく先程よりも悲痛な面持ちで黙っていた。


「さあ、行くがよい。それともお前たちはそんなに俺が信用ならんか?」


「いいえ!そんなことはありません。それでは行かせていただきます。魔王様、ご武運を!」


最後に将達は大粒の涙をうかべながら去っていった。


「よい。それでよいのだ。」


そして、前方で戦っていた最後の仲間が倒れ、俺の前に勇者が現れる。


ここは通さぬ。絶対。


俺の仲間が俺を信じて逃げてくれたのだ。


その期待に応えられず、何が魔王か。


そして、勇者も殺さない。


そうして俺がこの悲しみの連鎖を止めるのだ。


だから、戦おう。


この世界の平和を勝ち取るために。


目の前で戦い意志を示した勇者を見据える。


「ああ、戦おうぞ。」




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