妹はSじゃありませんが!

暮影司(ぐれえいじ)

妹はSじゃありませんが!

「アニキさぁ、私の飲み残しのジュース飲んだでしょ」

「飲んだよ、勿体無いだろ」

「最悪。私が飲んだジュース飲むとか、ホントやめてよね、気持ち悪い」

「はぁ? 間接キスとか気にしてるワケ?」

「げっ、その言い方もやめて。マジでキモイから、死んで」


 そう言い残すとブレザーのスカートを翻してリビングを出ていった。今のクッソ生意気な生き物が俺の妹だ。中学二年生という誠に取扱い注意なお年頃だ。

 さて、今のよくある兄妹のやりとりだが、俺はこれがたまらなく大好きだった。


 勘違いしないで欲しい。

 妹のことが好きなのではない。


 ただ、気持ち悪いとか、死んでとか言われるのがね。

 あの汚らわしいものでも見るような目つきがね。

 たまんないんだよ。

 ゾクゾクしてしまう。

 そう、どうやら俺はMということのようである。


 別に妹はつり目でいかにもドSという見た目、ではない。

 タレ目でもなく目つきは普通なんだが、表情が豊かなのだ。

 笑顔はもの凄い笑顔だし、さっきみたいなキッツイ顔もする。

 見た目は、まぁ兄から見た妹だからよくわからんが、中二にしては垢抜けていて、なかなかスタイルもいいかもな。しかし、まぁそこはそれほど問題ではない。

 微笑めば男子から人気が出るような女子中学生から、汚物を見るような顔で、口汚く罵られて、クソゴミ以下の扱いをされるということが大事なのだ。


「「いただきます」」


 夕飯の時間である。妹は年頃のため、食事の後に俺と会うことは殆どない。風呂上がりを俺には見られたくないだの、部屋の中には絶対入ってくるなだの、まぁ可愛くない。

 よって今から父と母と妹の家族全員で食事をするわけだが、この時間にどれだけ妹からヒドイことを言われることが出来るか。いや、むしろ殴られたり踏まれたり出来るか。俺にとって真剣勝負が始まるのである。

 妹はまだ制服のままだった。食事の後で風呂に入るまで着替えない作戦なのだろう。はっきり言って都合がいい。女子中学生の格好をしている方が罵られたときの快感が得られるからだ。なぜかと問われてもそれはわからん。見た目というよりも設定なのだと思う。きっとメイドさんや巫女さんでも興奮すると思います!


 さて、快楽を得るために頑張って罵られるぞ!


「妹よ、醤油取ってくれ」

「は? 妹よって何? 醤油ならあんたの方が近いじゃん。そもそも何に醤油かける訳? 今日シチューだよ?」


 こめかみの近くで木のスプーンをくるくる回しながら、頭おかしいんじゃないの? という顔で見ている。

 た、たまらんなぁ。

 醤油取ってと言っただけで3Mとは。

 3Mというのは俺が勝手に決めたポイントだ。決して付箋とか作ってる会社のことではない。マゾとしてのポイントをMポイントとしている。

 簡単に言うと1回ゾクッとすると1Mで、3回ゾクッとしたら3Mなのだ。今日はすでに4Mをゲットしている。ちなみに1日の最高記録は15Mだ。

 今日は最高記録を狙えるかもしれない。目指せ、ハイスコア!


「あんたねえ、お兄ちゃんに向ってその言い方はないんじゃないの」


 母が妹を注意した。

 なんつー、余計なことを。

 今のままでいいんだよ! もっと言って欲しいんだよ!


「ちっ、しょうがないなぁ」


 妹がいやいや醤油を取ってくれた。

 しかし、もちろん醤油に用などない。シチューに醤油をかけるなんて言ったら、いじめてもらえるだろうと期待して適当に言っただけなのだ。

 どうしよう。


 ここでかけないのも意味がわからないので、スプーンに掬ったクリームシチューにちょっとだけ醤油を垂らした。


「おい、それはないだろう、母さんが一生懸命作った料理だぞ」


 オヤジに注意された。もっと早く言えるタイミングあったよね? 止めて欲しかったんだけど?

 当然ながらオヤジにそんなこと言われても全然嬉しくない。オヤジに文句言われて嬉しくなるほどのド変態ではないんだ。


「味薄かった? ごめんね」


 母ちゃん、すまん。

 そういうわけではないのだ。


「うわー、マジでクリームシチューに醤油かけてる……引くわー」


 妹が俺をジト目で見ている。

 あぁ……イイ……1Mゲット……。

 俺は母ちゃんを泣かせてまでも1Mが欲しい親不孝者だ。


「いや、カレーに醤油を垂らすと一味変わるじゃん。ちょっとやってみようかと」


 俺は適当なことを言った。本当に適当だ。


「決して美味しくないとかじゃないんだよ、ごめんねママン」


 両手を握って大げさに謝ってみる俺。

 もちろんママンなどと呼んでみたことはない。

 母への謝罪の気持ちは本当だが、本心は妹にキモがられたいだけである。


(ぱくぱく)


 アァッ?! あっさりスルーされた。

 妹はクリームシチューのブロッコリーに夢中であった。

 くそう、0Mか。


「ママンとかキモいんだけど……」


 なんと母からキモがられた。うぇ~っと舌を出しながら眉根を寄せまくっている。

 残念ながら母からキモがられても全く気持ちよくない。

 ショックなだけである。当然0Mです。誰でもいいってわけじゃないのよ。


「あおい、部活はどうなんだ?」


 父が話を変えた。

 あおいというのは妹の名前だ。俺は妹に「妹よ」などと言ってるのはもちろんキモいと思われることを想定して言ってるのであり、父が娘に「娘よ」と呼びかけるような特殊な家庭ではない。特殊なのは俺の性癖だけだ。自覚はちゃんとあります。


「冬だから週に1回温水プール行くだけで、後は筋トレだよ」


 妹は水泳部である。妹の命令で寒中水泳させられたらMポイントが稼げそうな気がしますね。なお、俺は高校三年生なので部活はもう引退した。


「そうか。やっぱり筋トレすると胸も大きくなるのか?」

「うわっ、父さんそれセクハラだから。二度と言わないで気持ち悪い」


 妹が嫌なものを見る目つきで父を見ている。

 ず、ズルいぞ父さん。

 俺もそれ、やりたいッ!

 確かに最近あおいの胸は急成長している気もする。それ事態はどうでもいいがその話題に触れるとMポイントが稼げることを考えていなかった俺はバカ。


 「お父さん……?」


 ママン……じゃなかった母が父に向かって青筋を立てていた。


 「ヒィッ!?」


 母を怒らせた父は恐怖に怯えていた。可哀想に。俺と同じ性癖だったら、幸福を味わえたのにな。

 さて、父はどうでもいい。今するべきはそんなことじゃないんだ。


「じゃあ、あおいはお尻の方はもっと鍛えているのかな?」


 俺もセクハラ路線を攻めてみることにした。

 さっき父に向けた目を俺にも向けてくれっ! 気持ち悪いとか死ねとか言ってくれっ!


「誰がデカ尻だ、こらぁ~」


 妹にツッコまれたが、思ってたのと違う!

 握りこぶしを少しだけ上げる、わざとらしい抗議のポーズがちょっと可愛い。


 ところが妹に可愛い仕草なんてものは、俺は全く求めていない。

 どうした、あおい、もっとコミュ力低かっただろ?

 なにセクハラをうまいこと躱してんだ。お前は美人秘書か。

 ヘンタイを! 見るように! 俺を! 見ろよ!

 俺は悔しさをごまかすように固いパンをかじる。


「ほー。お尻大きくなったのか」


 撫でり。

 父が木の椅子の隙間から手を伸ばして妹の尻を撫でた。


「きゃああああ! 何すんのよ、ヘンタイ、バカ、クソジジイ!」


 妹が父を物凄く罵倒している。

 う、羨ましィィィィィィィィ!

 別に妹の尻を触りたいわけではないんだ。

 俺はただ妹に罵倒されたいんだ。


「父親が娘の尻を撫でて何が悪いんだ」

「悪いに決まってんでしょ、サイテー」

「昔は俺が紙おむつを変えてあげてだな」

「そういうのはいいから! 私は女子中学生なのよ!? JCなのよ!? バッカじゃないの」


 あぁ、なんて羨ましい光景なのだ。

 よだれが出てきた。

 しかし今から俺が妹の尻を撫でるのは難易度が高すぎるだろう。

 胸を触るとか。

 いや、おそらく殺されてしまう。

 妹に罵倒されて死ぬなら本望では有るが……


「父さん、俺の尻も撫でてくれよ」


 俺はヘンタイ路線に走ることにした。

 もちろん、父親にお尻を撫でられたいヘンタイと妹に罵られたいからである。


「えぇ……息子の尻なんか撫でたくないよ」

「ほら! やっぱり娘だからじゃん! エロジジイ! ヘンタイ!」


 あおいはゲンコツを肩にぼこぼこ当てていた。痛そう。いいなぁ、いいなぁ。クッソー、またオヤジばかり。羨ましい、羨ましい、羨ましい!

 俺がオヤジだったらもう15Mくらいイっている。なんてこった、セクハラをすればよかったとはね。その発想はなかった。だって妹を性的に見たことなんてもちろん一度も無いからね。足を見て踏まれたいとは思うけど。


「母さんがお尻撫でようか?」

「いらないよっ!」


 母の気遣いは無用である。

 母親に尻を撫でられたい男子高校生がどこにいるというのだ。

 ちょっと考えたらわかるだろう、全く。


「えぇ、父さんには撫でられたくて、私には撫でられたくないって何それ……」


 母はまたしてもドン引きした。だから母さんは0Mなんだって。くっそー、あおいは俺のことなど完全に無視してオヤジをひたすらなじっている。俺は放置プレイとか無視とかでは全く快感を得ることは出来ない。この世界にも色々あるんですよ。


「はぁ、もういいわ。ごちそうさま」


 あおいが席を立ってしまった。

 なんてこった、タイムオーバーか。まだ3Mしか稼げてないじゃん。オヤジめ~。


 いや、まだだ、まだ終わらんよ!


「妹よ、実は食後のデザート用にアイスを2つ買ってある」


 肩甲骨あたりまである髪がふわっと舞うほどのスピードでバッと身体を翻す妹。

 そのままスリッパをぽこぽこ言わせながら元の席に着地した。


「で? お兄ちゃん、どうすればいいの?」


 話のわかる妹だ。

 しかし、ここで罵倒してくれと言って罵倒されるのは違うのだ。

 それでは演技だ。

 とんだ茶番だ。

 本心から蔑んでこその目。

 本音で口からでてくるからこその言葉。


「踏んでくれ」

「えっ……どういうこと、怖い」


 うーん、怖いじゃ駄目なのだ。

 0Mです。

 もっと気持ち悪く言えばよかった。反省。


「いや、どうも背中が痛くてな。寝っ転がるから踏んで欲しいんだ。指圧じゃパワーが足りない」


 俺は用意しておいた口実を述べる。


「ふ~ん、まぁ、5分位ならいいけど」

「それで問題ない」


 あおいを広い場所に誘導するべくテレビの前に移動。

 カチャカチャとせわしなくベルトを外してズボンを下ろした。


「脱ぐな!」


 ローキックを食らう。素肌を直接踏んで欲しかったが、この一撃だけで我慢しよう。1Mだ。

 仕方なくズボンを履き直した俺は、リビングのカーペットに寝っ転がった。


「なんで仰向けなのよ、バカ兄貴」


 ツッコミを入れられながら、スリッパを脱いだ妹に顔を踏まれた。

 少し蒸れた靴下が左頬と鼻に押し当てられ、グッと体重がかかる。


 ありがとうございます! ありがとうございます!


 俺は心のなかで感謝した。

 制服のスカートからチラリと下着が見えたが、俺は妹のしましまお子様ぱんつなぞに欲情するような変態ではない。罵られながら顔を踏まれることに興奮しているだけだ。

 部活帰りのまま、履き替えていない靴下で鼻をぐりぐりと踏まれるのはかなりポイント高い。5Mゲット。


「さっさとうつ伏せになんなさい」

「へーい」


 あのまま2時間くらい踏まれていたかったが、仕方ない。

 うつ伏せになると背中にグッと重みがかかる。

 妹が乗っかったようだ。


「太ったか?」

「うっさい」


 脇腹を蹴られた。

 全然太ってないと思うが、このセリフで1Mを得た。重ければもっと気持ちいいかというとそういう事ではない。痛ければ痛いほど気持ちいいかと思ったら大間違いなんだからね? もっと精神的なものなんですよ。

 さて、あとはどうすればいいだろうか。


「どう?」


 妹が背中を踏みながら質問してきた。


「普通に気持ちいいから、全然気持ちよくない」


 しまった、本音が出てしまった。


「えっ、どういうこと?」


 訝しむ妹。そりゃそうだ、これほど日本語として矛盾していることもあるまい。

 よもや本当は俺がドMで痛くされたいことがバレるのでは? いや、それはないな。でも、なんとかごまかさないと。


「そ、それはだな」


 狼狽して肩をあげる俺。


「う、うわっ。急に動かないでっ、わわっ」


 背中で足踏みしていた妹がバランスを崩した。


 お尻の下辺りに妹の足がドンと来る。


 ギュッ


 どうやら、俺の玉が踏まれてしまったらしい。


 ――――――――――ァ――――――――――!


 声にならない声を出して悶絶する俺。

 死ぬ、死ぬほど痛い!

 だが、今ので15Mくらいになった。

 今日は新記録更新だ。我が生涯に一片の悔い無し。


「ごめん、ごめんね、お兄ちゃん」


 少し顔を赤くしながら手を合わせて一所懸命謝罪する妹。


 うーん。

 悪いと思ってるなら、謝るんじゃなくて、もっと罵ってほしいなあ。

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