間章 夢のお話
遠い記憶の影
「おーい。いおりー」
「ちょっと待ってよ」
俺の前で、少女が笑いかけてくる。
少女は、走ってどんどん進んでいき、俺はそれに追いつこうと必死だ。
「**は走るの速いよな、女のくせに」
隣で〇〇が俺に言う。
「本当だよな」
もうなんなら男の俺達より速いんじゃないかってレベルだ。
毎年運動会の選抜リレーに選ばれるし、運動神経抜群。
羨ましい。
俺もあんなに動けたらサッカーとか上手くなれるのに。
「いおり?」
「いや、なんでもないよ」
俺は〇〇にそう言うと、走って**を追いかけた。
遠い背中を追いかける。
アイツは既に丘の上だ。
丘の上で何やら捕まえようとしている。
俺達も追いつくと、**は言った。
「いおり、バッタ!」
「うぉおぉ!?」
目の前に緑色の生き物を突き出されて思わず尻もちをつく。
「いおりは本当に虫苦手だよな」
「ていうかビビりだよね」
「う、うるさい!」
人間誰だって得意不得意はあるものだ。
虫が苦手だって良いじゃないか。
しかし、
「ほら、いおりも持ってみてよ」
「は?」
優しい顔で**が言ってくる。
なんだコイツ。
俺は虫が嫌いって知っててなんてこと聞くんだ。
持つわけないだろ。
「嫌だよ」
「ええー可愛いのにー」
**が拗ねたような顔をすると、〇〇が笑う。
「お前、持ってやれよ」
「えぇ……」
そう言われると、何だか持たないといけない雰囲気になってくる。
**なんか、期待したような目で見てくるし。
「あーもういいよ! 持てば良いんだろ?」
俺は**の手から乱暴にその緑色をひったくる。
そして、じっと顔を見つめた。
うーん、意外と可愛い、かも。
「どう? 可愛いでしょ?」
「まぁ……」
確かにそんなに嫌いじゃないかもしれない。
俺は笑う。
「なんでこんなのにビビってたんだろ」
「それはお前が単にビビりだからだろ。食わず嫌いはあんまり良くないんだぞ?」
「はいはい」
〇〇は何だか母さんみたいなことを言ってくる。
それに対して、**も笑い、俺も笑う。
すると〇〇は言った。
「なんで**はあんなに足速いんだ? 女のくせに」
「別に女だからとか関係ないよ」
笑って答える。
「女だから足が遅いとか、そういうのは偏見なんだってパパが言ってたよ」
「偏見?」
「うん」
〇〇は少し考えると、頷いた。
「ごめん、なんか」
「いいよ」
**も笑いかえす。
心地よい風が俺たちを包んだ。
柔らかい春の日差しの下で、なんだかポカポカしてくる。
そして、**の笑った顔になんだか見惚れてしまった。
「いおり、どうかしたの?」
「な、なんでもねえよ!」
つい目が合ってしまい、俺は顔を赤くする。
バッタは未だ俺の手の中だ。
バッタを見せつけて言った。
「お前の顔見てたらバッタみたいだなって思っただけだよ」
「ひどーい!」
なぜか、意地悪を言ってしまった。
そんな事言う気じゃなかったのに。
俺は少し罪悪感に見舞われる。
しかし、そんな時だった。
「あら依織。こんなところに」
「か、母さんと父さん……」
背後から声が聞こえて振り返ると、そこには父と母が立っていた。
母が目ざとく俺の手の中の緑色に気づく。
「なんてもの持ってるの!」
早速母は、俺の手からバッタを取り上げる。
「何するんだよ!」
「汚いでしょ? 虫に触るなって教えなかった?」
「それは……」
俺が口ごもると、**が俺を庇うように言った。
「わ、私が持ってって言ったんです」
「どうしてそんな事を」
睨みつけるような厳しい目を向ける。
「その、バッタって可愛いから……」
「だからって、依織に持たせるのはやめてくれない?」
「母さん……」
「依織は黙ってなさい」
母は俺をピシャリと言いつけると、説教するように**にあれやこれや言い出す。
いつもこうだ。
俺が何をしてるか、何を食べるか、どこにいるか、全てを制限してくるし、監視してくる。
確かにまだ小学生の俺は心配なんだろう。
でも、友達と遊んでいる時に割って入られるのは嫌だ。
さらに、
「依織、帰るぞ」
父も似たようなものだ。
俺の手を引いて強引に帰ろうとする。
「待ってよ!」
「ん? なんだ?」
俺が止めると、父は厳しい顔で言った。
「お前はこんな所で油を売っている暇はないぞ? 早く家に帰って習い事と勉強をしなさい」
「嫌だ!」
「うるさい!」
俺が拒絶すると、父は大声を出した。
「お前はいつも逃げてばっかりだ。家に帰ってもくだらない漫画や小説ばかり読んで」
「……」
「お前はうちの後継なんだ。こうやって訳の分からない近所の奴らと遊んでいる暇はお前にはない」
後継……か。
俺の両親は海外で企業を起こしているらしい。
お陰で家には家政婦までいる。
引っ越しが多いことから、家自体には金をかけてないみたいだが、十分な広さだ。
俺は興味もないしあまり聞いていないが、両親の会社はかなり凄いみたいな話は家政婦から聞く。
俺はなすすべもなく、そのまま手を引っ張られて家に連れ帰られてしまった。
「「いおり!」」
**と〇〇が俺を呼んでいるが、無駄だ。
俺にはどうしようもない。
だが。
俺は二人と離れるのがとても嫌だった。
特に、**とは二度と会えない気がしてならなかった。
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