変人と彼女
「それにしても」
俺が玲音に気持ち悪いと言われ、落ち込んでいると、玲音が言う。
「君と赤岸さんってどういう関係なの?」
「はぁ?」
どういう意味だろうか。
聞きたいのはむしろこっちなんだが。
そもそもまともに話したのも今日が初めて。
それ以前は授業の時と、玲音が転校してきた日だけだ。
何らかの関係に発展するほど俺と赤岸に接点はないのである。
「俺が知りたいくらいだよ」
「本当に?」
「嘘ついてどうするんだよ」
俺が苦笑すると、玲音は何やら顎に手を当てて考え出した。
まるでその仕草は、かの有名な小学生探偵のようだ。
それにしても、あの探偵さんはいつになったら大人に戻れるんだろうか。
少し不憫だ。
「依織くんって、変な人」
「おい、急に喧嘩売って来たな?」
「いや、別に喧嘩売ったわけじゃなくて、ただ単に変な人だと思っただけだよ」
「余計ディスられてる気がするんだが」
そんなことを軽く返しているうちに、ふと気づく。
ーーなんで俺、こんなに平然としてるんだ?
ついさっきまで、あんなに慌てていたのにどうしてこんなにも落ち着いて居られるのだろう。
玲音の一挙一動に反応し、その度に胸がドキドキしてたはずだ。
それが、どうして。
俺は今一度玲音の顔を見つめる。
しかし、やはり緊張はしない。
「なに? 人の顔じろじろ見て」
「いや、相変わらず整った顔だなって」
適当にそう返すと、玲音は顔を赤くして俺の胸をぽかぽか叩いてくる。
「もぉ、やめてよ」
なんだろう、凄く嬉しそうだ。
俺をひとしきり叩いた後は、顔を手で覆いながらソファに倒れ込む。
そして、それを見ていると心が温まってきた。
「はっ!」
そうか、これがリア充と言う奴なのか。
俺はこの時初めて高校生活で幸せを感じた。
「どうかした?」
「なんでもない」
尋ねてくる玲音にそう答え、俺は感傷に耽る。
つい先週まで、冴えないモブキャラだった俺が、こんなにも人生を謳歌している。
人生とは、本当に何が起こるかわからないものだ。
今までの人生でできた彼女は、玲音だけ。
それまではずっと彼女なんてできなかった。
というより、そもそも人を好きになることなんてなかった。
昔から、彼女が欲しいとは思っていたが、実際に自分が付き合ってどうこうって事は想像できずにいた。
それは、俺が昔から好きな人が出来たことがなかったからだろう。
「俺、好きな人いないんだ」
こう言うとみんな、彼女出来ないからって見栄張んなよ、とからかってきた。
だが、俺は本心だった。
大真面目だった。
俺は本当に人を好きになったことがなかったのだ。
当然、可愛い子を目で追う事はある。
でも、恋愛とは少し違った。
俺の中で、性欲と恋愛は別個。
延長線上でもなんでもなかった。
でも、あれ?
何かがおかしい。
何かが頭の奥、いや胸の奥で引っかかる。
しかし、思い出せそうで思い出せない。
その違和感が何なのか、俺にはわからない。
モヤモヤだけが胸を締め付ける。
「ねぇ、どうかしたの?」
「いや、ごめん。急用を思い出した」
「えっ!?」
嘘だ。
用事なんて何もない。
「ごめん。今度埋め合わせするから、今日は帰る!」
「ちょ、ちょっと!」
止めようとする玲音に二千円を渡すと、俺は部屋を出た。
二千円は俺の分以上だし、おそらく余ると思うが、これはわざとだ。
早く帰ることへのお詫びだ。
俺は、走ってカラオケを後にする。
それからも走った。
走って走って、遠くに離れた自宅へ向かう。
「くそっ! なんなんだ、ちくしょう!」
むしゃくしゃしていた。
頭と胸の奥で引っかかる何かに苛立っていた。
大切なものを忘れている気がした。
俺は家に帰ると、自分の部屋に閉じこもる。
そして、スマホの電源を切ってベッドにうつ伏せに寝転がった。
「悪い事したな……」
玲音への罪悪感が積もる。
だが、それよりもあれ以上の時間あの場に耐えられなかった。
正確には、申し訳なかったのだ。
変に自分を見つめ直したせいで、本当の自分の心に向き合ってしまった。
ーー俺は、玲音を好きじゃない。
気づいてしまった。
自分の想いが上部だけであることに。
俺は、玲音の見た目や優しくしてくれる所とか、表面での付き合いの部分しか見ていなかった。
全然中を見てなかったのである。
最低だ。
「玲音にLINEしとかないとな」
一人きりの自室でポツリと呟きながら、俺はスマホの電源を入れる。
『今日はごめん』
短いが、素直に謝った。
するとすぐに既読がつく。
『今度、埋め合わせしてよね?』
しっかり俺の最後の一言を覚えていたみたいだ。
うーん、あいつのことだ。
恐ろしい事を注文してくるに違いない。
正直あまり請け負いたくはないが、仕方がない。
自業自得だ。
『うん。わかってる』
俺は返信を返すと、ベッドの端に腰かけた。
そして、無気力に呟いた。
「人を好きになるって、なんだろう」
何故かその時、赤岸の笑顔が頭をよぎった。
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