清楚の降臨
次の日のことだ。
「依織っ! お前知ってるか?」
「何がだよ」
俺が教室に入るなり、話しかけて来たやつは数少ない友達の苅田権三かりたごんぞうだ。
いつの時代に生まれたのかと思うだろうが、残念ながら平成生まれである。
「聞いてくれよ!」
「はいはい」
俺が通学かばんをダルそうに机の横にかける中、権三は興奮したように言った。
「今日転校生が来るらしいぜっ!」
「へぇ、転校生ね」
「なんだ、反応薄いじゃん」
「だって転校生って情報だけじゃ、男かもしれないし、女でもブスかもしれないだろ」
俺がそう返すと、権三がニチャァと心底気持ちの悪い笑みを浮かべた。
「それがさ、実はめっちゃ可愛いらしい」
「そーなんだ?」
「だから依織反応薄いって!」
俺は権三に冷たい目を向けて現実を突き詰めてやった。
「例え、転校生が美少女だとしよう。
で、それがどうしたんだ?
お近づきに、とか考えてるのか?
それは人生を甘く見過ぎてるな。
美少女転校生とのイベントが発生するのは、ラノベではぼっちのオタク童貞野郎かもしれない。
でも現実ではクラスの中心核のイキリ野郎だけだ。
よってお前みたいな隠キャにイベントは発生しない。
諦めろ」
「か、格差社会……!」
権三は衝撃を受け過ぎて、某昨年M-1優勝者コンビのツッコミのようになってしまったが、事実だ。
転校生とのイベントが起こるなんて、現実では陽キャだけなんだぜ。
俺たちみたいな隠キャにそんなイベント発生しないんだぜ。
わかったか全国の隠キャども。
希望なんか捨てちまおうぜ。
「でもよ、席替えなんかでの楽しみは増えるよな」
「そうか?」
これもまた、疑問である。
「なんでだよ。もしかしたら美少女と隣の席になれるのかもよ。俺みたいなコミュ障は話したりはできないけど、その代わりずーっと舐め回すように眺められるぞ」
「うん、とりあえずさっきから発言がキモいな」
「でさぁ」
「あ、はい続けるのね」
「しかも、授業中のペア活動なんかで合法的に目を見ることもできる」
「大丈夫だ。俺たちでも流石に美少女の目を見るくらいで捕まったりはしないさ」
最近の権三は誰のせいか知らないが、なんだか悲観的だ。
もう少し自信を持てばいいのに。
いや、やはりダメだ。
まさに蛇足。
俺たち隠キャに自信は余計なものだ。
校内好感度カースト最下位、『イキリ隠キャ』に成り果ててしまう。
「依織もそう思わないか?」
「何が?」
「さっきの話だよ」
さっきの話と言われても、もうお前の話で覚えてるのは悲観的だってのと、気持ち悪かったってことくらいだ。
舐め回すように見つめるって……
あ、思い出した。
「俺はそうは思わない」
キッパリと言った。
「なんで?」
「いや、お前さんよい。美少女の隣の席なんか他の男子の恨み買うだけだろ。
しかも俺たちは無口な隠キャ。
せいぜい陽キャ男子どもから、『まぁ、オタク童貞君にもこのくらいの幸せあってもいんじゃね? あははー!』なんて言われておしまいだよ」
「確かに、それは嫌だなあ」
「あぁ、そうさ」
そうして俺は自分の席を指す。
「幸いにも俺の席は教室の真ん中の列の最後尾だ。と、言うことは少なくとも両サイドに転校生が来ることはない。多分来るとしたら……」
「俺の席の横……?」
「と、後は窓際の最後尾だな」
俺は哀れみの笑みを浮かべて、権三の肩を叩いた。
「お前の席は通路側だし、多分ないと思うが、万が一にも隣の席になったら頑張れよ」
権三の絶望で真っ黒になった瞳を見て、俺は満足した。
そして予鈴によって俺は席に着いた。
---
ほどしばらくして、担任が入ってきた。
ニコニコと笑顔を張り付かせていてギョッとした。
何故なら、うちの担任は不機嫌で有名だ。
いつも何故か怒ったような顔をしている。
しかし、それがどうした。
今日はびっくりするくらいの微笑みである。
「みんな、おはよう!」
誰なんだ、あんた。
「みんなに、今から重大な発表があります!」
先生がそう言うと、クラスから声が上がる。
「転校生ー!」
そう叫んだのは、伏山だ。
クラスの中心核の男子である。
個人的に一番嫌いな奴だ。
こいつは普段はうるさいくせに、学級委員とかそういうのは静かな子にやらせる。
よくいるダメな方の陽キャだ。
「そう、転校生が今日からこのクラスに来ます!」
先生はそう言って、廊下に顔を出す。
「さぁ、入って。え、恥ずかしい?」
やりとりを聞くに、シャイなのかもしれない。
いいね、恥ずかしがり屋さん。
隠キャ女子なのか……?
そんなことを考えていると、先生が俺たちの方に向き返って、釘を刺した。
「えーと。彼女はお母さんがフィンランド人のハーフで、ちょっとコンプレックスがあるらしいのであまり突っ込まないであげてくださいね?」
は、ハーフだと……?
しかもフィンランドって、すごい期待値上がるな。
テンション激増。
ただ、北欧系ハーフってなんだか覚えが……
「「うおぉー!」」
男子の雄叫びによって現実に引き戻された。
俺は我に返って前を見る。
そして、絶句した。
それは、転校生が俺の方を見ていたからだ。
驚いたように目を見開いて。
俺も同じように目を見開いた。
だって、そこにいたのは。
昨日道案内をしてあげた、『清楚』な白いあの美少女が立っていたからだ。
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