勇気のキスⅢ
ギアを破壊され、これまで特派が仲間の血を流してまで手に入れてきた十五個のイクシード――その全てがたった一瞬で奪われた。
朦朧とする意識の中、屈辱と後悔、そして怒りが心の中で激流となって渦巻いていた。
この十年間の苦労を私が無駄にした。
リッカさんが、オズさんが必死になって造りだしてくれたイクスギアが私が弱いばっかりに壊されてしまった。
クロムさんが、特派の皆が――私によせてくれた希望を、死という最悪の形で裏切ろうとしている。
なにより――
大切な人を誰一人守れなかった自分の力がたまらなく悔しい――……
一騎君を守りたかった。
クロムさんを、リッカさんを、オズさんを、特派の皆を守りたかった。
ユキノお姉ちゃんをこの手で救い出したかった。
けれど結局、イノリの願いは何一つとして果たされる事はなかった。
守りたかった一騎はイノリの身勝手な願いのせいで心を砕かれ――
特派の皆はイクスギアを、イクシードを、最後のギア適合者を失う事でこの世界で生きる術を失い――
ユキノお姉ちゃんは、もう手の届かない遠くへと行ってしまった――
その間、私は何をしていた?
無策に挑み、負け、涙を流していただけだ。
(本ッ当、情けないぁ……)
いつも助けてくれるのは周りの優しい人たちだ。
私はただ彼らの腕に抱かれ、泣きじゃくるしか出来ない。
結局、変らないのだ。
イクスギアという力を手に入れても。
超常と戦う力を持っていても、扱う術を知っていても。
イノリの本質は何も変っていなかった。
十年前のあの日と同じ。
瓦礫と業火に埋もれ、ただ泣くことしか出来なかった泣き虫のまま。
一騎というイノリにとってかけがえのない存在がいなければ何も出来ない臆病者。
だから――
「か――ふっ……」
イノリは腹圧で臓物が飛び出す事も躊躇わずに地面を這った。
弱々しい両の手がガリガリと地面を毟る。
爪がめくれ、皮膚が裂けようとお構いなし。
どす黒い血で出来た一本の道しるべは彼女の決意の表れだ。
そして辿りつく。
手を伸ばしても届かなかった彼の元へ。
一ノ瀬一騎の側に。
彼の目の前に辿りついても、一騎の瞳はイノリを見てはいない。
空虚な瞳は消え去ったユキノを探し求め、干からびた唇は依然として謝罪の言葉を囁いている。
声も枯れ、涙も涸れ、唇の端から流れる涎。
祈るように合わせた両手は何度も力強く擦ったせいか、皮膚が裂け、血が滲みだしていた。
今もなお、罪という牢獄に囚われる一騎――その痙攣する頬にイノリはそっと手を添えた。
(一騎君が教えてくれたんだよ?)
死の瀬戸際に立たされてなお、イノリは一騎に優し笑みを浮かべる。
それはかつての記憶を思い出して。
あの時、光輝いていた一騎の顔を思い浮かべたからだ。
十年間、くじけそうになったイノリの心を支えてくれた存在。
それが今じゃ幻想の中だけでなく、手の届く場所にいるのだ。
だから、まだ戦える。
心が挫かれようと、
十年前、一騎とイノリの中に芽生えた絆はまだ傷一つついていないのだから。
(これは私に不思議な力をくれる――勇気をくれるおまじないだって、君が教えてくれたんだよ?)
イノリはそっと一騎の唇に自分の唇を押し当てる。
それはかつて、一騎がイノリに教えたものだ。
不思議な力を与えてくれる。
勇気をくれる。
立ち上がる力をくれる。
――キス。
二人は戦場の直中にありながら、死の淵に身を委ねながら、熱いキスを交す。
幼かったあの時は違う。
イノリは一騎の口内に舌を忍ばせ、その温もりを味わうように蹂躙する。
紡がれる謝罪の言葉を強引にせき止め、唾液を飲み干し、唇を貪る。
二人の唇の隙間から唾液と血が溢れ出す。
イノリの中から逆流した血が一騎の口内に押し寄せたのだ。
「う――うぐんッ!?」
その直後、一騎の口から喘ぎ声が漏れる。
突然の血の味に意識が覚醒したのだ。
そんな事は露とも知らず、イノリは恍惚とした表情を浮かべ、一騎の口をなめ回す。
(ほら、一騎君の言った通りだった)
キスは暴走状態の主人公の正気を取り戻す。
それも一騎が教えてくれた事だ。
それがイノリの血が溢れ出した偶然がもたらした結果だったとても、関係ない。
これはイノリにとって、何ものにも勝る――勇気のキスなのだから。
「い、イノリ……さん?」
半ば正気を取り戻した一騎が目を白黒させながらイノリを見つめた。
イノリの姿に一騎は言葉を失う。
四肢は砕け、骨と臓物が飛び出した姿は死を連想させるものだったから。
けれど、イノリは勝ち気な笑みを携える。
大丈夫。ありったけの勇気はもらった。
だから――
「見てて? 今度こそ君を守ってみせるから――
《
イクスギアから最後のイクシード――《
イノリの体が禍々しい漆黒の魔力に包み込まれた――
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