勇気のキスⅠ
「――っ~~」
ガキンッ! と甲高い音を響かせ、イノリの体が山なりに吹き飛んだ。
一発の銃声、そして放たれた弾丸を刃の腹で受け止めたイノリはその衝撃で吹き飛ばされたのだ。
空中で体勢を立て直しながら、辛くも着地。
すぐに射線上から体を逃がす。
直後、鳴り響く銃声。イノリが一瞬前まで立っていた場所が蜂の巣になる。
その無数の銃撃を視界に焼き付け、赤い鎧の少女が持つ銃を見極める。
「マシンガン……ッ!」
ただの拳銃だと思っていたが、二つの銃口から放たれる大量の弾丸は弾切れを知らないマシンガンだ。
イノリを追うように少女の持つ二丁の拳銃が向きを変える。
イノリは少女を中心に円を描くように射線から逃れ、反撃の来を伺う。
相手は正体不明のイクスドライバーの適合者だ。
魔力量はイノリよりも圧倒的に多いだろう。
しかも、その大容量の魔力を暴走させずに手なずけているのだから、魔力操作もイノリより上と見て間違いなかった。
魔力面では赤いギアを纏う少女が優れている。
けれど、スピードではイノリが上だ。
「ちょこまかと!」
鬱陶しげに銃を連射する少女。
二丁の拳銃はイノリの姿を捉えきれていないのだ。
《
本気になったイノリを並の人間では捉える事は出来ないだろう。
そして、イノリの姿を追えなくなった赤いギアの少女は隙だらけだ。
イノリは残された長刀の柄に力を込める。
一太刀でいい。一太刀だけ体が保てばいい。
ユキノとの戦闘でイノリの体は満身創痍だ。
すでに戦える体じゃない。
牙によって噛み砕かれた肩も爪によって抉られた腹部もすぐに治療する必要があった。
イノリは血しぶきをまき散らしながら、命を削りながら、少女と対峙しているのだ。
だからこその一撃。
まともに剣を振えるのは恐らく一度だけ。
《剣》の持つ絶刀の能力を使えば一撃で勝負を決する事も出来るだろう。
全身を苛む激痛に歯を食いしばりながら、イノリは地面を強く蹴り込んだ。
柄を握る腕に力が入る。
狙うは隙だらけの背後。
イノリは完璧に赤いギアの少女の死角を突く形で、背後をとる。
そして――
「話は後で聞かせてもらうから!」
渾身の一薙ぎ。
その細い体からは、傷ついた体からは想像も出来ない剛剣が少女をなぎ払う。
砕けたのは赤い破片。
少女が纏うギアの鎧だ。
あらゆる防御を無視する絶刀の刃がバターのように堅牢なギアを斬り砕く。
僅かな抵抗も見せず、赤いギアを纏った少女は空中にかち上げられ、砕けた鎧と共に地面に強か体を打ちつける。
「ガハッ!?」
口から血と吐瀉物をまき散らし、少女が痛みにのたうち回る。
いくら強力なイクスドライバーを纏っていたとしても、これまでの戦闘経験の差が如実に表れた結果だ。
イノリはこれまで《魔人》との熾烈な戦いを勝利で納めてきた。
暴走した魔力、そして暴走したイクシードを相手にだ。
それに比べればこの赤いギアの少女は――弱い。
強力なギア、そして豊富な魔力に長けた魔力操作を持っていても、彼女には実践経験がほとんどないだろうとイノリは読んでいた。
銃主体のギアでろくな近接武器を持たないのもそうだが、何より――弾幕で敵を見失う――という初歩的なミスを犯していたのだ。
さらにいえば、彼女の視線、呼吸といった予備動作の全てが次の攻撃を予測するのは容易く、
そのあまりに単調な攻撃は、だからこそ、少女が戦闘では未熟である事を思わせ――
最後の一撃を放ち、放心していたイノリに――
「くあああっ!?」
痛烈な一撃を与える事に成功していたのだ。
背後からの強烈な一撃にイノリはたまらず悲鳴を上げる。
ギアの魔力障壁が威力を減衰させたお陰で肉体のダメージこそないが、その威力はコンクリートに体を叩きつけられる威力に相当していた。
倒れ伏す体に鞭を入れ、長刀を支えにイノリは振り返る。
そこには――
「たった一撃入れた程度で勝った気になってんじゃねえよ」
無傷のギアを纏い、平然と二本の足で立つ少女の姿があった。
「そ、そんな……どうして……!?」
手加減したとはいえ、確かにイノリの一撃は鎧を砕き、少女を薙ぎ払ったはず。
それなのに、目の前に立つ少女はどう見ても無傷。
その摩訶不思議な現象にイノリの理解が追いつかない。
そして、その隙を少女が見逃すはずはなかった。
「そら、隙だけだ!」
「く、ああああッ!?」
銃撃の嵐にイノリの体が巻き込まれる。
避ける暇もなかった。
いや、違う。
いくら満身創痍――剣を振るう力もないとはいえ、まだ銃弾を見切る体力くらいは残っている。
それが出来なかったのは単純。
赤いギアの少女が引き金を引くタイミングを掴めなかったからだ。
さらに、射線から逃げようとしても圧倒的な精密さをもって、イノリを捉えにかかる正確さ。
この状況に至ってようやくイノリは自らも間違いに気付く。
(ブラフ……だったのね)
弾幕の嵐でイノリを見失ったのも、隙だけの背後を見せたのも――
そして、イノリの刃に斬り伏せられたのも全て囮。
この正確無比な射撃こそが――
敵を見失わない照魔鏡の如き鷹の目こそが彼女の力。
そして――
「勘違いしてるようだから言ってやる。三体だ」
「……え?」
「アタシがぶちのめした《魔人》の数だよ!」
「……嘘でしょ?」
だが、彼女の話を聞いて腑に落ちた。
一騎を捉えたあの白い糸。
そして光学迷彩のような技術。
彼女がギアを纏う為に使用しているイクシード。
その全てが恐らくは未だイノリ達が封印出来ていない《魔人》から奪い取ったもの。
イノリは弾丸に撃ち抜かれる痛みを堪えながら叫ぶ。
「そのイクシードの持ち主……《魔人》はどうしたの!?」
「決まってるだろ? 化け物の末路なんて――お前ら召喚者の末路なんて最初から決まってる」
少女は憎しみを込めた殺気をイノリに放ちながら、拳銃のマガジンを交換。腰のホルダーに格納されていたエネルギー体――イクシードを装填した。
その直後。
九つのプラズマボールが少女の周りに出現したのだ。
「――ッ!?」
その光景にイノリは思わず息を呑んだ。
そのあまりにも見慣れた能力に言葉を失ったのだ。
イノリが《
《
九つのプラズマボールを束ね、圧倒的な破壊のエネルギーを生み出す雷神の鉄槌だ。
イノリが知り得る中で最強の攻撃力を誇るイクシード。
これまで味わった事のない戦慄がイノリの全身を駆け巡った。
九つのプラズマボールを出現させた直後、少女の手にしていた二丁の拳銃が姿を変えていたからだ。
その姿は巨大な砲台。
二丁の拳銃は身の丈以上もある巨大な砲身へと変えると周囲のプラズマボールの全てを吸い込んでみせる。さらには肩甲骨に装備されていた二対の翼はまるでアンカーのように地面に突き刺さり、少女の体を固定したのだ。
その姿勢が意味する攻撃を予測したイノリは直ぐさま回避行動をとるが――
「アタシの家族を、この世界を滅茶苦茶にしたお前らが、人並みの幸せを望めると思い上がるな!!」
その直後、収束されたプラズマボールが彼女の手にした砲身から放たれ、極光の電磁砲がイノリを呑み込むのだった!
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