堕ちた銀狼Ⅰ
突如として鳴り響いた警報。それは非日常の幕開けでもあった。
それまで和気あいあいと雑談を交わしていたアステリアのクルー達の表情が強張る。
コンソール画面を素早く操作し、状況を確認。
――艦橋にいた全員の顔が凍り付く。
「う、嘘だろ……」
誰かが漏らしたその一言は、この場の全員を代表する言葉だった。
《魔人》との距離――僅か一キロ。
アステリアに向かって一直線に、迷いなく、突き進む《魔人》の姿に一同は騒然とした。
ありえない――……
その一言が脳裏を過ぎる。
周囲の警戒は怠っていなかった。
アステリアに内蔵された探知機は常に稼働しており、《魔人》が現れる直前も魔力反応を調べていたのだ。
だからこそ――
この距離まで《魔人》の存在にアステリアが気付かないはずがなかった。
だが、事実、《魔人》は目前まで迫って来ている。
航空機能が回復していないアステリアはこの場から動く事が出来ない。
つまり――
アステリアが戦場になる。
「せめて、居住区にいる人達の避難だけでも……」
「無理よッ! まだ全員分のギアが用意出来ていないのよ!? ギアもなしにアステリアの外に避難させるのは危険だわ!」
その一言に避難を促したクルーが悔しそうに歯がみする。
アステリアに施されたマナフィールドは魔力の暴走を押さえる為の装置だ。
だが、アステリアから一歩外に出れば、魔力が暴走――居住区に保護されていた人達は再び《魔人》へとその身を堕とすだろう。
そうなれば、もう助けられない。
「くそッ! どうすれば……!」
「……『周防』に転移すれば……」
「無理だッ! 確かに『周防』のマナフィールドはアステリアと同規模だけど、これだけの人数を収容出来ない! それにアステリアを放置なんて……」
「なら――!」
予期せぬ《魔人》の襲来にクルー達は冷静さを欠如していた。
統率が乱れ、指揮系統が麻痺する。
刻一刻と状況が悪化する中――
「迎撃する!」
張り詰めた空気を吹き飛ばす怒号が艦内に響き渡る。
息を切らして艦橋に駆けつけたクロムはクルー全員を見渡した。
「この艦を、仲間を、家族を守るのが俺達の役割だろ。なら慌てるな! 今、俺達がすべき事を、出来ることを全力でやる。今までと何も変らないはずだ!」
クロムのその言葉で我を忘れていたクルー達が徐々に正気を取り戻していく。
指揮系統の乱れが収まり、鳴り響いていた警報がようやく収まった。
クロムは艦長席に身を委ねると矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「ギアを持たない非戦闘員は居住区画に避難! それと同時に居住区画以外のマナフィールドを全て魔力障壁へと切り替えろ!」
クロムの指示に従い、クルー達がアステリアの設定を変更していく。
普段は魔力の暴走を抑える為に使用していた装置の機能を魔力障壁と呼ばれる特殊なバリアへと切り替える。
アステリアを覆っていたマナフィールドが消失。その代わりにイクスギアの魔力障壁より数倍の防御力を誇る青い粒子が艦全体を覆った。
だが、その代償は高い。
マナフィールドが切れた途端、艦橋に座っていたクルー達の顔色が悪くなったのだ。
イクスギアの力では封印しきれない魔力が暴走をはじめ、痛みとなってクルー達に襲いかかる。
一番症状がひどいのは司令官であるクロムとリッカだろう。
二人の魔力量はこの中でも飛び抜けている。
だが、二人は苦痛に表情を歪めることなく、画面に映し出された《魔人》を見据えていた。
「……これをどう見る?」
クロムの質問の意味を吟味しながらリッカは淡々と告げた。
「偶然とは片付けられないわね」
「裏で糸を引く何者かがいるということか?」
「そう考えるのが普通でしょ? だって、見てみなさいよ」
リッカはクロムに別の画面を見せた。
それは、アステリア周辺に散布されたオドーー《この世界の人間の生命エネルギー》の濃度を示す数値だった。
「アステリア周辺にだけオドが密集しているこの状況……意図したものと考えるのが妥当でしょ?」
クロム達も《魔人》をおびき寄せる作戦として《人属性》の能力であるオドを活性化させることがある。
クロムやイノリたち特派のメンバーに支給されているイクスギアには常に《人属性》のイクシードが装備されている。
この世界の人間が持つ生命エネルギーをイクシードとしてリッカが創り上げたのが《人属性》だ。
魔力を抑制するオドの力を内包したイクシード。それがあるからこそ、クロム達はこの世界で魔力の暴走を抑える事が出来ている。
そして、《人属性》は《魔人》をおびき出す唯一の手段でもあるのだ。
《魔人》は暴走する魔力とイクシードを安定させる為に人間を襲う。
それは、この世界の人間の生命エネルギーを体内に取り込む為だ。
その《魔人》の特性を利用し、これまでクロム達は《魔人》による被害を最小限に留めてきた。
今回の襲撃――
それはこれまでクロム達が使ってきた作戦を利用した形だろう。
何らかの方法でアステリア周辺にオドをまき散らし、《魔人》に襲わせる。
だが、それでも疑問は残る。
「なぜ、俺達は接近に気付けなかった?」
「恐らく……魔力を遮断するマナフィールドを利用したんでしょうね」
「……だとしたら、敵は内にいるわけか」
「そう考えるべきでしょうね。《人属性》もマナフィールドも特派が所有する
「それもそうだ」
ならば、クロム達が真に警戒すべきは《魔人》ではなく――
「イノリちゃんは?」
「すでに出撃している」
メインモニターに映し出された映像には、イクスギアを纏ったイノリと狼の姿をした《魔人》が運命的な再会を果たしている最中であった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます