《アステリア》強襲
深紅の鎧を身に纏った少女は眼下の山林に身を隠す巨大な鉄の塊を見下ろし、表情を歪めた。
先の戦いで墜落した特派の空中艦《アステリア》――その巨大な箱船は未だ修復の直中であり、航空機能はおろか、迷彩機能の修復もまだのようだ。
「あれで隠れたつもりなのかよ……」
深い密林。だが、いくら周囲の目を欺けたところで空に浮かぶ衛星の目からは逃れられない。
鎧の少女はさらにキツく表情を引き絞り、横に置かれた巨大な檻を睨む。
その檻は少女の身の丈以上もある巨大な格子状の籠だった。
魔力の暴走を抑えるマナフィールドが施された特別製の牢屋だ。
もちろん、その中にぶち込まれていたのが普通の人間であるわけもなく――
『グルル……』
低い唸り声を上げ、少女を見つめるその異形は《魔人》だった。
その姿はまるで狼だ。
影が滲み出たかのような漆黒の狼。鋭い爪に牙。そして鋭利な尻尾はあらゆる鋼鉄を容易く切断するほどの切れ味を誇っている。
この檻でなければ拘束など不可能だっただろう。
黒狼を《魔人》たらしめる能力は、体表を覆う、氷の鎧だ。
急所を守るように展開された氷の鎧もまた漆黒に染まり、禍々しい魔力を放っている。
イクシードの暴走。その暴走がこの氷の鎧なのだろう。
鎧の少女は汗を滲ませ、黒狼から一歩、後退った。
この《魔人》は明らかに今まで相対して来た《魔人》とは異なる。
檻で拘束されながらも、身が竦むほどの恐怖。
それと同時に、この《魔人》はもう取り返しがつかない――その最後の一線を越えてしまっている――と彼女は心のどこかで確信していた。
なにせ、この《魔人》だけが暴走したイクシードを手なずけているからだ。
他の《魔人》であれば、暴走するイクシードにただ振り回されているだけ。
そこには暴走に抗おうとする最後の抵抗らしきものがあった。
けど、この《魔人》は違う。
体だけではない。その心を――魂までをも暴走するイクシードに完全に呑み込まれてしまったかのような、そんな感じがするのだ……
「……まぁ、あたしには関係ないよな」
この《魔人》にどんな事情があるのか――それは少女の知るところではない。
だが、これまでのように容易に解き放てる代物でない事だけは確かだ。
少女に与えられた《魔人》は計三体。《爪》に《反射》――そしてこの《魔人》、《氷雪》だ。
この三体を上手く使い、アステリアからイクシードを確保する――それが当初の彼女の目的だった。
最初の《爪》は他の《魔人》の出現に合わせて街に放った。
二体の《魔人》による挟撃を受ければ、ギア適合者を容易につぶせると思ったのだ。
だが、その時、誤算が生じた。
逃げ遅れた民間人がいたのだ。
そして、運の悪い事に《爪》がその民家人に反応してしまった。
当然、少女は最悪の事態を回避する為に、任務を放棄して、その民間人の救助に向かった。
だが、少女が駆けつけた時にはすでに事態は終息。
ギアを纏った白銀の少女が民間人を保護していたのだ。
そして二度目の作戦に移る。
今度は前回と同じ鉄を踏まないように警報を出し、民家人が全員避難したことを確認した後に《反射》を放った。
けれど――彼女の作戦はまたも失敗に終わる。
予想もしていなかったイレギュラーが現れたのだ。
そう。新たなギア適合者――一ノ瀬一騎だ。
一騎の経歴はすでに調べがついている。
十年前に家族を、友を、住む場所を奪われ、そして――
鎧の少女と同じく、人としての生を奪われた少年。
「……あいつはあんな場所にいちゃいけねぇんだ。あたしが救い出すしかねぇ……」
一騎は鎧の少女と同じだ。
両親も友達も奪われ、そして呪いを刻まれた。
それだけじゃなく、今も《魔人》の仲間たちにいいように利用されている。
放っておけるわけがない。
「《魔人》も召喚者もあたしが倒す。そして、あの馬鹿も助けだすんだ」
鎧の少女に迷いはない。
短銃の銃口を檻の留め具に向け、一発の弾丸を放つ。
硝煙の臭いが鼻をつき、カランと一発の薬莢が地面を転がる。
そして――《魔人》が解き放たれた。
『グルオオオオオオオオオオオオッ!』
雄叫びが少女の耳を刺激する。
不快な表情を浮かべ、《魔人》から距離をとった。
そして――
「セット――《
鎧の少女は弾倉に光輝くエネルギー体を装填した。
それは、紛れもなくイクシードの輝きだった。
この世界の人間が持つ生命エネルギーを凝縮した《疑似イクシード》だ。
それは、暴走したイクシードを沈静化させる唯一のエネルギーであり、同時に――
《魔人》を釣る餌でもある。
イクシードを装填した少女はその銃口をアステリアへと向ける。
そして、ニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、その引き金を引いた。
ドパンッ――と一発の銃声が響き渡る。
彼女の持つ二丁の拳銃――その能力はイクシードを弾丸として撃ち出す事だ。
《人属性》を装填した短銃から放たれた弾丸は光の粒子となって、アステリアに降り注ぐ。
「ほらよ、お前の餌はあっちだ」
《魔人》の視線が少女からアステリアへと向けられる。
より濃密なエネルギーを喰らおうと《魔人》の本能がそう差し向けたのだろう。
血走った瞳と涎を垂らし、次の瞬間には《魔人》はアステリアへと向かって地面を強く蹴っていた。
鎧の少女は理性を失い暴走する《魔人》の姿を見ながら、一人ごちる。
「せいぜい仲間同士で潰しあえよ、化け物ども」
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