決闘の狼煙
どうしてこうなった――
一騎は一人途方に暮れる。
目の前にはイクスギア《アングレーム》を構えるイノリ。
そして見守るように一騎達を見つめるクロムにリッカ、そしてオズ。
一騎達は今、アステリアとは異なる場所に身を移していた。
そこは住宅が建ち並ぶ一角に立てられた真新しい一軒家だ。
見た目も他の集合住宅と一緒の外観を有し、車が二台ほど止められる駐車場を完備した少し高級な住宅だった。
家の表札は『周防』
つまり、イノリの家――ということになる。
リビングにキッチン、トイレやお風呂はもちろんの事、部屋も複数あり、防音もしっかりと完備され、個々人のプライベートはキッチリと守られている。
――というのが表向きの情報。
だが、その真相は、特派の所有する秘密基地――『周防』だ。
特派の人達も生活出来るように魔力の暴走を阻止するマナフィールドと呼ばれる装置がアステリアと同規模で作動しており、この家とアステリアでは魔力が暴走する心配は皆無らしい。
だが、もっとも特出すべき点はこの家の地下にある。
周辺の住人。及び、国からの許可も取らずに深さ数千メートルという地下深くに建造された鋼鉄に覆われた空間。
それこそが『周防』の真の姿だ。
水道などのインフラはもちろん。
アステリアの艦橋と似せて作られたメインモニターやコンソール。
趣味に走ったとしか思えないゲームルームなどの娯楽施設。
さらには一騎達が今いるここ――特殊な素材で作られたトレーニングルームなどが急ごしらえとはいえ、その空間に存在していた。
この地下基地では適合者達のトレーニングに赴きをおいているのか、この場所だけはとくに力を入れて作られていた。
息が詰まりそうな圧迫感は、何重にも重ねられたマナフィールドが魔力を限界まで抑制した結果、その影響が肉体に出たかららしい。
魔力を持つ人達にとってここは過酷な場所だ。
生命エネルギーそのものとも呼べる魔力を常にギリギリまで押しとどめているのだ。
その比はアステリアやイクスギアに備わった同様の機能よりさらに強力。
現にクロムやリッカ、それにオズ達非戦闘員は手首からイクスギアを外していた。
イクスギアによる補助を必要としないほどにこの場所のマナフィールドは強力なのだろう。
さらに、壁はなにやら特殊な素材で出来ているらしく、強い衝撃などが加われば、光の膜が壁全体を覆い、壁の破損を防ぐということらしい。
床も同様に光の膜がうっすらと覆っており、加えて、基地を覆う特殊合金と同じ素材で作られた床はちょっとやそっとでは破壊できない。
ちなみに、デモンストレーションとしてクロムが壁と地面を本気に近い力で殴りつけていたが、へこみはおろか傷の一つも出来ていない。
多少暴れても基地が壊れる心配はないだろう。
「や、やっぱり戦うの?」
「当然です」
一騎の不満をイノリはさも当たり前のように流す。
イノリの目は目の前の敵を排除せんと殺る気(誤字ではない)という炎を滾らせている。
本当に、どうしてこうなったんだろう――
走馬燈のように一騎はたった数時間前の事を思い返すのだった。
◆
事の発端はイノリのあの問題発言にあった。
「……一緒に住む?」
聞き間違えでなければイノリは確かにそう口にしたはず。
イノリの突然の転校にだってまだ理解が追いついていないのに、なぜ、そんな展開になってしまったのか、一騎は半ば考えるのを放置して、オウム返しのように呟いた。
「あぁ」
リッカとの夫婦喧嘩を中断したクロムが大仰に頷く。
いや、意味がわからないよ……
説明を求めた一騎。
イノリも黙ってクロムを睨みつける。
その顔には「納得出来たとしても絶対に一緒に生活してやるもんか!」と拒絶の意思がありありと見て取れたのだが、誰も言及しなかった。
「一騎君、これは君にとっても大切な事だと理解して欲しいんだが、今の環境では君を戦わせる事は出来ないんだ」
「それ、どういうことですか?」
「平和に暮らす分には今までの生活でも問題ないだろう。だが、君は大切な人達を守る為に戦うと決めた。当然、今まで通りの生活が送れない事は理解しているだろう」
「それは、まぁ……」
イノリやこの町の人達。特派の人達を守る為に一騎は戦う事を決めた。
その決断に後悔はない。
自分の心に素直になった結果の答えだ。胸を張れる。
もちろん、これまで通りの生活が送れるとは思っていない。
だが、この決断とイノリとの同棲になんの関連性があるのだろう。
「いいか? 戦うということは、イクスギアのマナフィールドを一時的に解除、魔力の封印を解くことを意味している。これはより暴走の危険性を高くする自殺行為なんだ」
「……」
その事だって何度も説明を受けた。
イクスギアを身に纏って戦うということは、封印された魔力を限定的に解放する事。
この世界にない魔力と呼ばれる力はいったん解放すればその力を暴走させる諸刃の剣だ。
だから安易な使用は控えるように――と厳しく言いつけられている。
「それはなにも戦闘に限った事だけじゃない。イノリ君も一騎君も常に力を封印している俺達とは違って、戦う度に力を解放しているんだ。いいか? この世界では魔力は放出すればするほど暴走へと近づいていく。イクスギアといえども、その影響を完全に取り除く事は不可能なんだ」
「つまり~」
まったく話を理解出来ていない一騎にリッカからの助け船が。
「戦った後はより強力なマナフィールドの中で暴走しかかった魔力を沈静化させる必要があるわけなのよ」
「……イクスギアだけじゃ無理なんですか?」
「無理ね。イクスギアにももちろんマナフィールドは搭載されているわ。けど、それはあくまでアステリアの補助をする為の代物よ。アステリアほど強力じゃないの。イクスギアに戦って暴走しかけた魔力を安定させる程の封印力はないわ」
「うむ。だからイノリ君も戦いの度にアステリアに帰投しているんだ。もちろんここがイノリ君の帰るべき家という理由もあるが、体と心、魔力を十分に休める――という理由もある。一騎が戦えない理由もここにある。十分なマナフィールドがない今の君の環境で戦う事を許可する事は出来ない」
なるほど……
けど――
「それとイノリさんとの同棲になんの関係が?」
それなら、戦闘が終わる度に一騎もイノリと同じようにアステリアへと帰投すればいいだけの話だ。
なにも同棲までする必要はないだろう。
「一騎君、ちなみに魔力の浄化時間は少なく見積もっても二十四時間は必要だ。それでまでの間は絶対にマナフィールドの外に出る事は出来ない」
「二十四時間……」
丸一日も出られないわけか……
「イノリ君の場合、この艦に家がある。だが君は違う。帰るべき場所も心配してくれる人もいる。二十四時間も音信不通でいるわけにはいかないだろう?」
「それは、まぁ……」
戦う度に結奈に心配はかけたくない。
ただでさえ事情を話せないのだ。これ以上の迷惑も心配もかけさせたくはない。
警報が解除されたら連絡くらいは入れないと結奈も心配するだろう。
それは、数十から数百に及ぶ未読の結奈からのメールや電話が如実に語っている。
「今、アステリアは電波が届かない山奥だ。一日もこんな場所に拘束されていたら、心配するだろう? だからこそ、市街にアステリアと同規模のマナフィールドを設置した基地を用意したわけだ」
「つまり、その場所に引っ越せと?」
「有り体にいえばそうだな。なに、今の場所とそれほど距離は離れていない。通学にも不便はないだろう」
引っ越すのは確かに手間だが、すぐに連絡を取れる――という便利性。
そしてなによりも――
チラリと一騎はイノリを盗み見る。
きちんとした理由があるのであれば、この展開は男の子にとって嬉しい展開だ。
性格はさておき、見た目は美少女のイノリだ。
そんな女の子と一緒に同棲。
テンプレではあるが、色々な期待に胸が膨らむ。
些か不安や疑問は残るが、一騎から拒否する理由はなくなったと言えるだろう。
「そういう事なら――」
「ちょっと待って下さい」
一騎が頷く――まさにその直前。
それまで黙って耳を傾けていたイノリが声を張った。
一騎達の視線がイノリへと向けられる中、凛とした表情でイノリはクロムの問題点を指摘する。
「その話なら、私までアステリアから引っ越す必要はないですよね?」
まさにその通りだった。
雷を受けたような衝撃が一騎の体を突き抜ける。
一方、クロムは「そう来たか……」とバツが悪そうな表情を浮かべる。
「そもそも、電波が来ないとか嘘ついてどうするんですか?」
「え――……?」
イノリは一騎の方をチラリと一瞥してから、不機嫌そうに言った。
「ネット回線もテレビ回線もちゃんとあるじゃないですか」
「い、いや……それは特派独自の回線で、一般には公開されていないんだが」
「一ノ瀬は特派の仲間でしょ? ならアステリアの回線を使っても問題ないですよね?」
論理的に責立てるイノリ。
まるで反論の余地もなく、決め手となる一言を口にした。
「そもそも、一ノ瀬のこっちを見る視線が生理的に受付けないので、同棲もなにもありませんよ」
「――うっ!?」
グサリッ! と実態なき言葉の刃が深々と一騎の胸に刺さった。
思わずうめき声を上げる。
そんなに僕の視線は気持ち悪いだろうか……
イノリの一言に膝から崩れ落ちそうになるのをどうにか堪える。
「鼻の下を伸ばしていやらしい。身の危険を感じる視線ですね」
もう止めてくれ――ッ!
涙腺を堪え、一騎は歯を食いしばる。
うるうると滲む目元を見られまいと俯く一騎。
精神的なダメージはもはや誰が見ても甚大だった。
「だが、そうは言っても、一騎君にはあの私設が必要だろ?」
「ええ、その点に関しては問題ないですよ。だから一ノ瀬だけが移動すればいいだけじゃないですか? そもそもどうして私まで? その説明、まだですよね?」
そう言えば、そうだ。
一騎がその基地に引っ越す理由はクロムの口から説明された。
けど、イノリはどうだ?
学校に転校した理由も、一騎と同棲する理由も説明されていないのでは?
同じ疑問を抱いた一騎もクロムの話に聞き耳をたてる。
「それはだな、イノリ君、君に一騎君と仲良くなって欲しかったからだ」
「それで?」
「それだけだ」
「……はぁ?」
表情という表情が抜け落ち、真顔で首を傾げるイノリ。
その瞳は「ちょっと、何言っているのかわからないんですけど?」と鬼気迫る迫力を内包している。
「意味がわかりません」
「意味ならある。君は一騎君の事が苦手だろ?」
「苦手? いえ、嫌いなだけです」
何だろう……
クロムもイノリも一騎をいじめたいのだろうか?
打ちひしがれる一騎にオズは同情するように肩に手を置いた。
この特派の中で心を許せるのはオズだけだ。兄貴と心の中で呼ぼう。
現実逃避をする一騎を置き去りにイノリとクロムは白熱していた。
「だからだ。今後、二人のコンビネーションは作戦上、必須! なのに、お前達の仲が不仲だと、いざと言うときの連携がとれん。これは必要な任務なんだ!」
「そんなの必要ありませんよ!」
「必要だ。互いの足を引っ張るようではせっかく増えた戦力も半減――そればかりか、今までの力すら出す事はできんぞ!」
思えば――その言葉が引き金となったのだろう。
「いいですよ……」
底冷えするようなイノリの囁きに周囲が押し黙る。
静寂に包まれる中、イノリは一騎を指してこう言ったのだった。
「なら、決闘です! 私と一ノ瀬の二人で! 証明してみせますよ。一ノ瀬の力なんてなくても私一人の力で問題ないって事を!」
一騎とイノリ――二人のイクスギア適合者による決闘の狼煙となるのだった。
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