戦士達の休息

 一夜限りの歓迎パーティーが終わり、艦橋は一変。可愛らしく装飾された壁も大量に盛り付けられた料理も片付けられ、空中艦アステリアはいつも通りのなんの装飾もない重厚な金属の壁に、無機質なコンソールといった些か殺風景な装いを取り戻していた。

 艦橋にいるクルーの大半はパーティーの余韻に浸っているのか、コンソールを弄りながら談笑を交わしている。


 特派にとって一騎は新たな希望だ。


 この十年間、二人の適合者が一度に現れる事はなかった。

 初代ギア適合者であるオズの時代、まだこの空中艦アステリアを含めた特派のバックアップ機能は未完成だった。加えて、オズの使うプロトタイプのイクスギアも性能面に不安が残り、十分な戦力を有していなかったのだ。

 今、イノリの纏うイクスギア《アングレーム》が完成したのはわりと最近の話。

 それまでは腕に装着するブレス型ではなく、バックル型のギア――通称イクスドライバーと呼ばれるプロトタイプを使用していたのだ。


 イノリの新型ギアのテスト期間もあり、オズとイノリが肩を並べて戦う機会は訪れなかった。



 そんな中、イクスギア《シルバリオン》と共に、一騎というイレギュラーが誕生した。



 最後のギア適合者であるイノリ。その唯一無二の相棒として、一騎に寄せる期待は絶大だ。



 だが、今、彼らの話の矛先は別のところへと向いていた。


「楽しみね」

「ええ、本当に」


 コンソールには《魔人》を索敵する探知機の他に別の画面が開かれていた。

 探知機の方は無反応だが、クルー達の手の動きはせわしくなく、止る様子がない。

 次々に画面を移動しては「コレはダメ」「可愛くない」と主に女性陣達の感想が飛び交い、その度に画面には新たな映像が表示されていく。


 画面に表示されていたのは――女物の下着や衣服だった。


 任務中に何を暢気な――と思うかもしれない。

 だが、これも重要な任務の一つだったのだ。


 パーティーの終わり、オズに連れられ一騎がアステリアを離れた後、クロムから告げられた次なる任務。


 その任務の為に、こうして女性クルー達は自らの感性をフル動員させ、一人の少女をより可愛らしく、どこに出しても恥ずかしくない女の子にさせようと必死になっていたのだ。


 もちろん、男性クルー達にも仕事はある。

 同じようにコンソールを弄りながら、別の画面を見ていたクルー(男性)の一人が共感するように口元を綻ばせながら囁いた。


「いい趣味してるな、一騎君」

 

 そう言いながら操作する彼の画面にはなぜか、学生寮の一騎の部屋にあるパソコンの情報が映し出されていた。

 個人情報の塊ともいえるパソコン。その隠された花園の暴きだし、醜悪とはほど遠い同士の笑みを浮かべながら、クルーの一人がさらに囁く。


「銀髪趣味かぁ……」


 一騎のパソコンに保存されたゲーム(一応は全年齢対応)をメインモニターで起動させてみる。

 大型画面に映し出された可愛らしい少女たち。

 その二次元の少女たちに一同の目が吸い寄せられる。


 もちろん、これも任務の為だ。


「あら? あらあら……」

 

 頬に手を当てながら、それまで女性物の下着や服を物色していたクルー達が手を止め、大画面に映し出されたゲームキャラに注目する。


「一騎君、銀髪の女の子が好きなのね?」


 イノリも銀髪美少女だ。


「ええ、そうみたいですよ。この手のゲームがいくつか彼のパソコンにありまして、そのほとんどに銀髪系の女の子が登場するんですよ。しかも彼のセーブデータの大半が銀髪少女のルートで埋め尽くされている。それに、システムボイスもほとんどが銀髪少女で固定されているんですよ!!」


 もう一度、言おう。イノリも銀髪美少女だ!



 プライバシーもなにもあったものじゃない。

 異世界のテクノロジーが現代技術をあっさりと超越し、無駄ともいえる高度なハッキングにより、次々と暴露される一騎の個人情報。

 一騎の知られざる全てが、本人の与り知らぬところで赤裸々に開帳されていた。


 社会的に一騎を殺すような言葉が飛び交う。


「このゲームって異世界ものですよね?」

「ええ。異世界冒険物。そのメインヒロインですね」

「もしかして、原作には……」


 彼らの言う原作とはもちろん、全年齢版になる前のものだ。

 異世界、冒険、アクションとくれば――


「当然」


 その一言に、男性陣達はざわめき、女性陣は軽蔑の眼差しを一騎のパソコン画面に向けた。


 本当にこの場にイノリと一騎がいなくてよかった。

 さらに居心地の悪い状況になっていたのは確かだろう。


 だが、一騎のパソコンがもたらす情報は絶大だ。

 なにせ、本人の趣味、趣向が全てわかるのだ。

 後は、一騎の趣味に合うように物色していけばいい。

 女性陣はやる気を取り戻し、コンソールに指を走らせる。

 男性達はその隙を伺い、原作をダウンロードしようとしていたが、アステリアの高度なAIがその愚行を阻止するのであった。



 ◆



 艦橋が色んな意味で地獄絵図となっている頃。

 アステリアの中枢区画で白衣を着た一人の女性が脇目も振らず作業をしていた。

 墜落したアステリアのダメージは甚大。魔力の暴走を押さえるマナフィールドこそ回復させたが、迷彩機能に航空機能といったシステムは未だにダウンしたままだ。

 幸いなのは、墜落した場所が人気のない山中だった事。

 

 だが、この状態ではイノリ達を満足に支援する事は出来ないだろう。

 《魔人》が現れた際に迅速に動く為にも、アステリアの機能修復はなによりも優先すべき事項だ。


 リッカは頬や真新しい白衣についた汚れを一切気にすることなく、真っ黒に汚れた手でメンテナンスを行う。


 その後ろ姿にはいつものような明るさは一切なく、真剣みを帯びたその表情に誰も口を挟む事など出来ない。


 だが、そんな静寂を破る男が一人。


「少しくらい休憩したらどうだ?」


 特派の司令官、クロムが両手にマグカップを持って中枢区画へと訪れていた。

 作業を中断したリッカは苛立ちげな眼差しをクロムへと向ける。


「あら、なんの用かしら?」

「一服を誘いに来たんだ。どうだ? 一杯」


 湯気が立ち昇るマグカップの一つをリッカに差し出す。

 だが、リッカはそのカップを受け取ろうとはしなかった。


「悪いけど、そこに置いておいて貰えるかしら? 後で頂くわ」

「冷めたら美味しくないだろ? コーヒーは温かい内に飲むのがベストだ」

「今日は我慢するわ。今度から差し入れは冷めても美味しい物にしてちょうだい」

「冷たい事を言ってくれるな。女性一人に仕事を押しつけてコーヒーなんて飲めるか」

「……」


 さらに剣呑な視線をリッカはクロムに向ける。

 だが、クロムは動じた様子もなく言ってのけた。


「ほとんど寝ていないだろ?」

「……お構いなく。ちゃんと寝ているわ」

「目の下にクマなんかつくってよく言う」

「……逆に聞くけど、この状況がわからないの? アステリアが堕ちて、機能不全。こんな状況でもし《魔人》が目覚めれば……」

「わからないな。俺にわかるのは君が無理している事だけだ。逆に聞こう。もし君が倒れたら、誰がアステリアを、イクスギアをメンテするんだ?」

「その言い方は卑怯よ」


 アステリアの中枢に触れられるのも、イクスギアをメンテ出来るのもリッカだけ。

 

 痛いところを突かれ、リッカは渋面を浮かべながら、マグカップに手を伸ばした。

 温かいコーヒーが喉を潤し、胃を刺激する。

 

 疲れた体を癒す優しい暖かみに自然と吐息が漏れる。


 クロムは隣りに腰掛けながらリッカに肩を貸す。


「あら、何かしら?」

「少しは眠れと言っているんだ」

「必要ないわ」

「必要だ。今の君はただの人間。あの頃とは違うんだぞ」


 あの頃とは――この世界に召喚される前の事だ。

 リッカは見た目通りの年齢ではない。

 その真の姿はエルフ。その中でも上位種のハイエルフと呼ばれる種族だ。

 クロムに次ぐ魔力を持つリッカ。そして、何よりハイエルフという長い寿命の中で手に入れた異端の技術の数々。そして飽くなく探究心。

 異世界に存在した魔法やこの世界の科学力――その全てを知り尽くしたと言っても過言ではないリッカの知識にはいつも助けられている。

 だからこそ、特派にとっての要なのだ。


「不便よね、人間の体って」


 そう愚痴を言いながらリッカはクロムに寄り添う。

 必要ないと言い張りながらも、限界はとうに超えていた。

 一度手を休めた途端、抗いようのない睡魔がリッカを襲ったのだ。


「まったく、誰かさんのせいで作業が遅れるじゃない」

「構うものか。君が元気になってくれたらそれで十分だ」

「今日はやけに優しいじゃない」


 リッカの言葉からは作業を中断させられた怒りが消えていた。

 まどろむような口調は眠りに落ちる前の子供のよう。

 クロムは頬を赤く染めながらも、体を離すことはしない。

 むしろ、より寝やすくなるように、肩ではなく膝を貸していた。


「なに、日頃の感謝だ。君がいなければ俺達はとうの昔に死んでいた」

「それは、お互い様でしょ? 貴方が体を張ってくれなきゃ、私はマナフィールドを完成させる前に暴走していたわ」

「そう言われると歯がゆいな……俺は暴走しかけた君の意識を繋ぎ止めただけだ」

「それでいいのよ。あの時の貴方の拳も言葉もよく覚えているわ。たとえ数百年の時が過ぎても忘れる事はないでしょうね」

「う、うむ……? そいう物か?」

「いい? 女が男に堕ちる理由なんて存外あっさりとしたものなよ?」

「……それは、男だって、いや男の方が単純さ」


 余計に頬を赤く染めるクロム。

 膝に顔を埋めたリッカも耳まで真っ赤に染まっていた。


 だが、二人の間には気まずさも遠慮といったものはない。


 まるで子供をあやすようにリッカの頭を撫でながら、しばらくの間、二人は思い出に華を咲かせるのだった――

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