《魔人》の封印
閃光がイノリの目を焦がす。
辺り一面が白一色に包まれる中、イノリの耳に届く炸裂音。
大気が悲鳴を上げるほどの衝撃がイノリの髪を激しくなびかせ、鼓膜を打ちつけるほどの轟音に思わず耳を塞ぐ。
視界が晴れた時、イノリの目の前に飛び込んできた光景は想像を絶するものだった。
空高く吹き飛ばされた一騎の姿。
そして――
「う、うそ……」
同様に――いや、それ以上に吹き飛ばされた《魔人》の姿だった。
◆
一騎は豪快に地面を削りながらイノリのすぐ側まで後退する。
吹き飛ばされた一騎の表情はどこか悔しげで、破損した拳の鎧を見て、眉を寄せた。
「やっぱ、想像以上にかてぇ……」
《魔人》に突きだした拳の鎧はひび割れ、破損したガントレットの亀裂から白銀の魔力光が漏れ出ていた。
衝撃で痺れた拳を紛らわすように一騎はプラプラと手を振っている。
吹き飛ばした《魔人》を注意深く観察しながら腕の調子を確認。
ガントレットにダメージこそあるが、そこまで深いダメージではない。
骨も折れていなければ、筋肉も痛めていない。
戦闘に支障が出るダメージはない。
「けど、どうするか……」
今の一撃でわかったが、《魔人》の持つ力――《反射》には限界があるようだ。
反射出来るエネルギーには限界がある。
先ほどの一撃は辛うじてその限界を突破する事が出来たが、完全に能力を相殺する事が出来ず、僅かではあるが一騎の攻撃が反射されてしまったのだ。
恐らく同じ攻撃をしても結果は似たようなものだろう。
ただの拳では《魔人》の持つ堅牢な能力を突破出来ない。それどころか、繰り返す度にギアにダメージが蓄積され、先に動けなくなるのは一騎の方だった。
とはいえ、一騎には反射による反撃を回避出来るほどのスピードは持ち合わせていない。
イノリのような機動力を活かした攻撃の回避の仕方は出来ないだろう。
なら、やる事は一つだ。
(今以上の一撃を放てばいい――)
問題はその手段だ。
一騎の纏うギアには武器が一切装備されていない。
目立つ鎧もガントレットなどの一部のみ。
イノリのギアのよりもさらに装備が少ないのだ。
(何か武器とかないのかよ?)
キョロキョロとギアを見渡す一騎。その側で驚愕に目を一杯に見開いたイノリが恐る恐るといった様子で一騎に問いかけた。
「どうして……?」
「ん? なんだよ?」
「どうして、ギアを纏えるの?」
「はぁ?」
武器探しに悪戦苦闘していた一騎の手がピタリと止る。
一騎は『なぜ、そんな事を?』と疑問に満ちた視線をイノリに向ける。
「どうしてって、ギアはその為のものだろ?」
クロムが説明していたじゃないか。ギアは《魔人》と戦う為の武器だと。
その適合者がイノリであり、そして一騎だと。
イノリに纏う事が出来て、一騎に纏えないはずがない。
「だって、ギアを纏うためのイクシードは? そもそも君のギアは……」
「俺のギアがなんだって――ッ!?」
困惑に彩られたイノリが言葉を濁す。
だが、一騎に最後までイノリの話を聞いていられる余裕はなかった。
起き上がった《魔人》の咆吼が一騎の意識を塗り変える。
イノリの話は少し気がかりだが、今優先すべきなのはあの化け物を黙らせる事だ。
「悪い、その話は後だ」
武器を諦め、拳を握る。
「武器がねえなら、ギアがぶっ壊れるよりも先にてめえを殴り倒せばいいだけの話だ」
好戦的な笑みを浮かべ、一騎は《魔人》に向かって一直線に飛び込む。
《魔人》が突きだした双爪を難なく躱し、《魔人》の腹部に拳を押し当てる。
その時だ――!
「おッ!?」
ガシャン! という駆動音を響かせながら拳を握ったガントレットの一部がスライドし、ガントレットの内側から巨大なスラスターが姿を現す。
肘まで伸びたガントレットに内蔵されたスラスターが駆動。
白銀の魔力を全力で噴射。ありえない程の衝撃が腕に伝わる。
腕が引きちぎられるような衝撃だ。
だが、その衝撃と加速力はそのまま拳の力へと加算されるッ!
その瞬間、大気が震えた。
内部スラスターの噴射により、加速された拳はギアの防御機能がなければ腕が引きちぎられてもおかしくない衝撃を生み出し、足元の地面を粉砕するばかりか、大気が穿ち、落雷のような悲鳴をあげるほど。
無論、その衝撃は拳を当てていた《魔人》にも伝わり――
『グギャアアアアアアッ!?』
反射の力を貫通し、《魔人》を吹き飛ばしていた。
反射の力すら及ばないその一撃は《魔人》の腹部を貫通するだけに留まらず、《魔人》の背後に並んだ建築物までをも粉々に粉砕する。
一騎は拳を突き出した姿勢のまま、驚きの表情を隠す事が出来ないでいた。
「すげえ……」
もうもうと白い煙を吐き出しながら沈黙するガントレットにある種の高揚感と感動を抱いていた。
見間違えようがない。
ガントレットと拳を巨大な一本の杭に見立て、それを音速で撃ち出し、粉砕する。
その武器の名は――
「ぱ、パイルバンカーみてぇだ……」
その名は男であれば誰もがロマンを抱く存在。
杭こそ射出されないが、その威力はパイルバンカーの名にふさわしい。
武器らしい武器はない?
なんの冗談だ?
素晴らしい武器じゃないか。
だが、直下の問題は――
(威力がありすぎるのと、連発が出来そうにないってことか……?)
たった一発で《魔人》の反射で受けたダメージを上回るダメージが一騎の腕に蓄積した。
さらには関係ない建物すら巻き込むほどの破壊力。
気軽に使える武器ではないだろう。
(いざって時の切り札だな……)
そんな愚痴を零しながら痛む腕を庇い、ゆっくりとした歩調で吹き飛ばされた《魔人》の元へと近づく。
腹に大穴を開けられた《魔人》
起き上がる気配は一向になく、深紅の瞳からは徐々に光が失われつつあった。
(ん? なんだ、これ?)
一騎がその異変に気付いたのは、瀕死の《魔人》に近づいた時だ。
《魔人》の体が痙攣し、全身から黒い魔力の粒子を放出し始めた。
何かの攻撃か!? と身構えるが――
「ん? 待てよ、この光……」
《魔人》の放つ黒い粒子に一騎は既視感を抱いた。
ギアを纏った時、一騎の体から溢れ出した光と同じに見えたのだ。
もっとも、一騎の時とは比べものにならないほど少ない量だが……
「もしかして……」
一騎は半信半疑で腕に装着されたイクスギアをその黒い粒子に近づけてみた。
(この黒い光、ギアに吸収できるんじゃねぇの?)
その一騎の判断は正しく――
ギアを《魔人》へと近づけた途端、一騎の時と同じように黒い粒子がギアの中へと吸い込まれていくのだった――
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