特派の戦い
「状況の確認急げッ!」
艦長席から立ち上がり、クロムは矢継ぎ早に指示を飛ばした。
イノリが最後に放った大技――
艦橋のクルー達がコンソールや操縦桿をせわしなく動かすが、アステリアの浮力が回復する気配はない。
「機能、回復しませんッ!」
「住居ブロックのセキュリティダウン。隔壁フィールドの機能停止を確認! 司令、このままではッ!」
《アステリア》内部にある住居ブロックを確認していたクルーが焦った表情でクロムに振り返る。
クロムは渋面を浮かべながら、リッカへと視線を向けた。
「リッカ君、ギアの数はッ!?」
「流石に全員は無理よ!」
《アステリア》の設計者であるリッカは艦の機能不全に陥ってからずっと中枢機能のメンテナンスを行っている。
焦燥を滲ませながら告げた言葉は最悪の事態を予感させるものだった。
「……暴走する可能性は?」
「起させるわけないでしょ!」
クロムの中に芽生えた悪夢をリッカは即座に否定する。
「私を誰だと思っているの? 天才発明家のリッカさんよ? 《アステリア》の全機能は無理でもマナフィールドだけは絶対に回復させるわ。あんた達ボンクラは艦を無事に着陸させる事だけを考えていなさい!」
「わかっている! オズ! 艦の姿勢制御! 安全に着陸出来る場所を探せ!」
「やってますよ! ですが……ッ!」
艦の操縦桿を握りしめ、冷や汗を浮かべる青年――オズはゴクリと生唾を嚥下する。
いつでもイノリを回収できるように《アステリア》は戦闘区画の上空で待機していた。だが、それが仇となった。
住宅に囲まれた街には《アステリア》が着陸出来そうな空間がほとんどないのだ。
(可能性としては学校の校庭……けれど……)
全機能が一時的に麻痺した為、《アステリア》を覆う特殊迷彩までもがその機能を停止している状態。
未だこの世界にとって未知のテクノロジーの塊である《アステリア》を大衆の目に晒す危険性にオズは戦慄を覚える。
(特派の存在は国家機密とはいえ、これだけの被害を隠蔽出来るのか……?)
学校への不時着はそれだけの危険性を孕む。
一人、二人に特派の存在を知られようとも、様々な制限を設ければまだ外部への情報の流出は防げる。
だが、それが数百人に及べば……?
機密保持の為に国家が支払う莫大な費用――特派への風当たりがますます強くなるだろう。
これ以上、特派への印象が悪くなれば、最悪イクシードを没収された上での解体もあり得る。
この艦以外に住む場所のない彼らにとって《アステリア》――ひいては特派の存在は絶対に守り抜かなければならない存在だ。
オズの双肩に艦に住むクルー全員の未来がかかっている。
(無茶だ、こんなの……)
操縦桿から手を放してトイレに駆け込みたい。
胃が逆流しそうな気持ち悪さを覚えながら、それでもオズは手の震えを精神力だけで黙らせる。
(でも……それが今の俺の戦いなんだ!)
イノリは今、たった一人で《魔人》と戦っている。
オズはその不安を身をもって知っている。
本部のバックアップがあっても、ギアの各種防御機能、そして魔力の活性化を抑えるマナフィールドがあっても……
この世界で魔力を解放する事への恐怖が消えた事は一度もなかった。
下手をすれば死よりも辛い未来が待っている。
その不安と戦いながら、強大な力を持った《魔人》を救う。
それがどれだけ無謀か、わからないオズではない。
先代のギア適合者として、身をもって味わったあの恐怖をイノリは今、感じているのだ。
(だから、俺は、俺達は全力でイノリちゃんの帰る場所を――俺達の家を守るんだ!)
オズの中から恐怖が薄れる。
無論、吐きそうだし、逃げ出したい。
けど、クロムやリッカ、他の仲間だって誰一人、逃げたりしていない。
皆、戦っているのだ。
(今の俺の戦いはギアを纏って戦う事じゃない。この艦を守りぬく事。だったら手段なんて選ぶな。最善を、最良を、掴み取る)
校庭はダメだ。ひと目がある。
住宅街に突っ込むのもダメだ。被害が大きすぎる。
軟着陸出来そうな池や海もない。
なら――
「山だ……」
ポツリとオズがごちる。
その瞬間、それが答えだとばかりに迷走していたオズの思考に光が射す。
「司令ッ! このまま近くの山林に不時着します!」
「……」
クロムが眉間に皺を寄せ、押し黙る。
腕を組みながら、ニッと頬が吊り上がったのをオズは見逃さなかった。
「やれるか?」
厳格と囁かれるクロムの言葉に、オズは――
「やれます!」
力強く操縦桿を握りしめてみせるのだった。
「よしッ! なら、思う存分暴れろ! 多少艦が壊れようと気にするな!」
「いや、直すの私なんだけど!?」
無茶苦茶を言うクロムに中枢機能のメンテを行っていたリッカが即座に突っ込みを入れるのだった――
◆
それから数分後。
轟音を立て、近くの山奥にアステリアが強行着陸を行った。
周囲の木々をなぎ倒し、巨大な鉄の船体が山肌を削りながら激しく火花を散らす。
着陸の衝撃で、《アステリア》のメインスラスターが破損。それにより、盛大な爆発を起こしはしたが、艦橋や居住ブロックには被害がなく、誰一人怪我人を出すことなく、
リッカの奮闘によりマナフィールド、及び、イノリのギアと本部のメインシステムを繋ぐリンクが回復。
艦橋のメインモニターにイノリの各種バイタル。及び、イクスギアの戦闘情報が集積される。
そして――
「なん……だと!?」
復旧したメイン画面に映し出された戦闘映像にクロムを初めとしたクルー全員が息を呑んだ。
いるはずのない人間。
存在しないはずの魔導装甲。
傷ついたイノリを守るようにギアを纏って戦う一人の少年に、誰もが一瞬言葉を失うのだった。
押し黙るクロム達に《アステリア》のAIがさらなる事実を告げる。
新たな力――計測不可能な事象の存在――
その名も――イクスギア《シルバリオン》
少年の魂からの咆吼が大気を震わせた。
「
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