魔導戦記イクスギア

松秋葉夏

魔導戦記イクスギア

プロローグ『Ⅹの力で運命を変えるッ!』

 少年は息を呑む。


 それは、少年が見た光景があまりにも非現実的なものだったからだ。


 抉れた地面に倒壊した建物。

 木々は半ばからへし折れ、川の水もどす黒く濁っている。

 数時間前までは晴天だった青空も、日が落ちたかのように曇天に覆われ、太陽の光は地上に届かない。



 そんな廃墟とも呼べる街の一角で、全身傷だらけの少年と少女が互いに肩を支え合っていた。


 片方は黒髪の中性的で優しげな顔立ちの少年。

 もう片方はややつり目が目立つ勝ち気な顔立ちの少女だ。

 少女の年頃は少年と同じだろうか、十六、十七くらい。学生服を着た少年とは異なり、私服を着ている。


 白いワンピースの上にデニムジャケットを羽織ったその姿は少年と同世代でありながら大人びた印象を抱かせる。


 厚底のショートブーツを履いているのだが、それでも背丈は黒髪の少年と同じくらいだ。実際の身長はもう少し低いだろう。

 だが、その低身長に見合わず、服の上からでもわかるたわわに実った二つの大きなメロンは少女の荒い吐息に合わせて激しく揺れ動いていた。


 髪の色は少年と同じく夜を連想させる美しい黒の長髪をポニーテールに括っている。


 十人が見れば十人が可愛いと即答する程の美少女だ。



 ◆



 少年――一ノ瀬いちのせ一騎かずきは嘆息した。


 破壊された街で可愛い女の子と肩を支え合う――少し前の僕なら絶対に考えもしない光景だ。

 苦笑を浮かべる一騎を横目で見ていた少女がやや尖った声音で一騎を諫める。


「この状況でよく笑える……」

「こんな状況だから、だよ」


 状況は最悪。

 皆で力を合わせ、最後の敵を倒したと思ったらまさかの真のラスボス登場だ。

 体力も気力も使い果たし、全てを出し切ったこの土壇場でこんな状況に陥れば、もはや失笑するしかないだろう。


 普通なら、その反応は正しい。

 絶望的な状況で現実から目をそらす。それは人間が有する防衛本能の一つなのだから。



 だが、一騎は違った。一騎の笑いには諦めの感情は一切ない。一騎の瞳にはまだ消える事のない闘志が宿っていた。

 それを見た少女――芳乃よしの凛音りんねがクスリと一騎と同じ勝気な笑みを浮かべる。


「その顔、まだ諦めてねぇって顔だな」

「あたり前だろ。僕は絶対に諦めない。これが最高のハッピーエンドだなんて認めない。認められるものか!」

「なら、やる事は一つだ」

「うん、そうだね……」


 一騎と凛音が互いに少しばかり距離を離した。

 立っているのもやっとの状態だが、それでもありったけの闘志を一騎達は滾らせる。


 幼なじみが言っていた。誰かを助けたいのは義務や正義感なんかじゃない。助けたいと思ったから助けたいのだと。

 自分の胸の気持ちを信じて、ただ一直線に突っ走る。

 それだけでいいと幼なじみは不安で足が竦んでいた一騎に笑って言い聞かせてくれた。


 だから今日まで戦ってこれた。

 だからまだ戦える。

 自分の気持ちを信じて。

 助けたいと思った僕自身を。

 彼女を守りたいと思ったこの気持ちを拳に込めるのだ。



 一騎の横では凛音がその『敵』に向かって拳を突き出していた。


「そーいや、お前との決着は結局着かずじまいだったんだよな。どこかの馬鹿がいつも戦場を引っかき回すせいでお前との決着が有耶無耶になったままだった」

「馬鹿とはひどいな……」

「呆れた。自覚ねぇのかよ……殺し合いをしてるど真ん中に割って入ってきて、戦いをやめろ! なんて正気の沙汰じゃねぇ。それどころか、あの馬鹿と恋仲にまで発展してるんだ。お前、本物の馬鹿だよ」

「……話してみると実は面白い子だって事は凛音ちゃんだってわかってるくせに」

「バッ! お、お前っ……なに言って……」


 ボンッと顔を一瞬で赤くさせる凛音に一騎はクスクスと笑みを零した。

 凛音とは最初こそ刃を交える敵同士だったかもしれない。

 だが、今の一騎と凛音の間には確かな絆が芽生えていた。

 それに、凛音が毛嫌いしていたあの銀髪の少女に対してもこの反応。

 凛音とも戦いを通してわかり合えたのだと嬉しい気持ちになる。


 凛音は恥ずかしさが頂点に達したのか、プイッとそっぽを向いて唇を尖らせる。


「……まぁ、悪いヤツじゃなかったよ。あいつもあいつの仲間にも誰も悪いヤツなんていねぇ。だからこそ苦しいんだ。この胸の鬱憤のはけ口が戦いしかなくて。あたしは戦う事でしか誰ともわかり合える気がしないんだよ」

「そんなのわからないよ。未来はいつだって変えられる。凛音ちゃんもこれから変わればいいだけの話さ」

「今さらあたしにどう変われって言うんだよ」

「そうだな……まずはこの戦いが終わったら皆で一緒の学校に行こう。そして一緒のクラスで一緒に授業受けて、一緒に笑う――なんてどうかな?」


 一騎の提案に凛音はキョトンとした表情を見せた。

 何を馬鹿な事を――と苦虫を噛み潰したような顔色を浮かべながらも、「ふぅ……」と小さく息を吐き出し全身の力を抜く。


「悪くねぇかもな、それ……」

「だろ? なら決まりだ」

「ああ。もう一人の大馬鹿を助け出して、皆仲良く学校に登校。それがあたしらのハッピーエンドだ! いくぜ、セット! イクスドライバー《スターチス》!」


 凛音は首にぶら下げていたペンダントを外すと、そのペンダントを腰につけたバックル型の装置ドライバーに装填。


 次の瞬間、凛音の体が赤く輝く光の繭に包まれる。その繭が消えた時には凛音の装いが一変していた。

 赤を基調としたインナーギアの上にゴテゴテとした鎧のような重厚感のある装甲を身に纏った姿。

 両手にはスーツと同じ色の赤い拳銃を握りしめ、ベルトの横には宝石のような光の球を格納するホルダーを装着していた。


 異世界から現れた《魔人》と戦う為に生み出された魔導兵装――イクスドライバー《スターチス》

 その基本形態を凛音は残る魔力を使って纏ってみせたのだ。


 凛音の後に一騎も続く。

 一騎は腕を突き出し、その腕に輝くブレスに魔力を籠める。

 残る魔力は少ない。だが、負ける気はしなかった。


 これが本当の最後の戦いだ。

 万感の思いを込め一騎は叫ぶ。

 幾万の不可能を覆してきた言霊を!


「イクスギア――フルドライブ!」


 一騎の起動認証により、起動したブレスレット型の魔導装甲――イクスギア《シルバリオン》が白銀の光を放ち、一騎の体を包み込む。


 繭に満ちる光の粒子が一騎の身に纏う衣服を粒子に分解。分解された服の代りに白いジャケット――《イクスジャケット》を形成した。

 凛音の水着のようなインナーギアとは異なり、袖のない白のジャケットが形成され、さらにロングブーツが両足を覆う。腰にはブースト機能を兼ね備えた鎧が装着された。

 両手には肘まであるグローブを覆うようにガントレットが金属音を響かせ一騎の腕に展開される。


 もっとも変化したのはその表情だ。

 優しげな面影がなりを潜め、どこか好戦的でニヒルな笑みを浮かべている。

 髪も日本人特有の黒からかけ離れた白銀と深紅の瞳へと変わり、一騎を覆っていた光の粒子が消えた。


 《イクスギア》を身に纏った一騎は太陽を覆い隠す黒い渦を一睨みした後、それを生みだした黒い異形――《魔人》へと拳を構える。


「どんな不幸な結末だろうと、未知数イクスの力で変えてやるッ!」




 ――これは、一ノ瀬一騎が一人の少女と運命的な出会いを果たした少し先の話だ。

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