第2話 衝撃の夜
2
夜も寝静まった頃、タウロスは強力な魔力の発動を察知して目覚めた。その魔力は邪気を帯びてはいなかったが、ほんの少しの陰りと沢山の怒り、憂いを内包しているように感じられた。
タウロスは魔力の正体を知るために宿泊していた部屋を後にした。彼は万が一戦闘になることも考慮して甲冑を身にまとった。
夜陰に紛れて漂う風が、荒ぶるタウロスの心を落ち着かせてくれた。しかし、彼の客室のある2階から階段を使って1階に降りていくにつれ、風は役割を終え始めていった。
タウロスは1階の角の部屋の前に地下室への入り口を発見した。
魔力の出所はここだ。
この先から膨大な魔力が放出されている。
タウロスは意を決して地下室への円形の扉を開けた。
扉を開けると直ぐに階段が備え付けられており、タウロスはそれを使用して地下へと降りていった。
地下室に辿り着くと、シクシクと泣く少女の物と思われる泣き声と、村長と思われる男の怒声が不気味な不協和音を奏でていた。
タウロスは木造建ての地下室の僅かな壁の隙間を見つけて、その部屋の中を覗き込んだ。
そこでタウロスが見たものは、あまりにも凄惨な光景だった。
ネジが外れかかりペンキも剥がれ落ちた椅子に座らされた少女の後頭部にはケーブルのような物が差し込まれており、そこから彼女の後ろにある樽型のカラクリ装置に魔力を流し込み続けていたのだ。そしてその様子を村長は楽しそうに眺めていた。
何ということだ。
タウロスは絶句した。あの少女は生まれつき膨大な魔力を兼ね備えているようだが、まだその使い方を知らないようだった。そんな状態で無理に魔力を引きずり出し続ければ、少女の寿命は著しく短くなる。当然それは村長も理解したうえで行っていた。彼女の魔力がこの村全体に電力と水道という大都市郡にしか備え付けられていない設備をもたらしているのだ。
タウロスは眉間に皺を寄せ、唇をかみ締めた。今にも血が出そうなほど強くかんでいたが、痛みよりも怒りの方が勝っていた。
このまま突入して止めさせるか、いや、所詮私は旅人、下手に村の暗部に触れるべきではないのではないか。しかしこんな物を見てしまっては放って置く事もできない。
タウロスは激しい葛藤の末、一旦地下室を後にする決断を下した。怒りのままに突撃しては、不測の事態が起こりかねないという判断からである。
「見てしまったんですね」
地下室から一階へと戻ったタウロスを、やせ衰えた老人が出迎えた。
「あなたは」
「少女の、ナインテールの父です」
「ではあれはあなたの意思ですか?」
「とんでもない。私は娘を失いたくないのです。ですが、この村の豊かな生活の為には娘の魔力が不可欠なのです」
「おっしゃりたいことは分かりますが、このままでは彼女はじきに死にますよ」
タウロスの言葉に老人は崩れ落ち、そして大粒の涙を床に落とした。
「あの子は私とエルフとの情事で生まれた混血なのです。この村では異類婚は禁止されています。ですが、生まれつき膨大な魔力を備えた娘はこの村のエネルギー源となる代わりに生存を許されました」
「母親は?」
「村長に殺されました。」
タウロスは苦虫を噛み潰したような表情で老人を見据えていた。老人は顔を上げ、タウロスに視線を合わせると、助けを請うような目で彼を見つめ続けた。
「お願いします旅の方、娘を、ナインテールを救ってやってください」
「そうは言われても、私は流れ者でね。この村の事情に無闇に立ち入るのは遠慮したいんだよ」
「そこを何とか」
老人はタウロスの足を掴んだ。
方法がないわけではなかった。この近辺に生息するハーピーの肝から精製した毒を飲ませ続ければ、彼女の魔力を抑えることが出来る。少なくともエネルギー源としての機能は果たせなくなるだろう。
だがその事実を老人に伝えるべきか。タウロスは迷った。
「方法は、無いわけではない」
「本当ですか」
「だがそれは、成功すればこの村の豊かな生活を失うことになる。それでもいいのか」
「構いません。それで娘を救えるのなら」
老人の熱く誠実な眼差しを見て、タウロスは決心した。
「この村の近辺にいるハーピーから精製した毒を飲ませれば、ナインテールの魔力を大幅に減少させることができる。」
「本当ですか。しかし私の力ではハーピーなどとても太刀打ち出来ません」
「私が狩って毒を精製しよう。あなたはそれまで娘が病気になったといって彼女をベッドにでも休ませておきなさい」
「わかりました、お願いします」
こうしてタウロスは夜に村を出てハーピー狩りに出かけた。
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