閑話 とある冒険者の末路ですよ
「畜生がっ!!」
酒の入った木製のカップを、その男は苛立たしそうにテーブルに叩きつけた。
「あのエルフの小娘……突然姿をくらましやがって! しかも、魔力を宿した短剣と一緒にだ! 一体、どうやってあの状況から逃げやがったんだっ!?」
「魔法で閃光を放ち、俺たちの目をくらました隙に、やはり魔法で姿を消したんだろうな。どうやらあのエルフ、それなりに腕の立つ精霊使いだったようだ」
「ち、魔法か……確かに、エルフと言えば精霊魔法。あのエルフの小娘、光と幻、二種類もの精霊を従えていやがったのか」
「だが、あいつらが迷宮で手に入れた財宝はいただいたんだ。それだけでも相当な額だし、しばらくはゆっくり暮らせるぜ?」
三人の男たちが、一つのテーブルを囲んでいた。
彼らが囲うテーブルの上には、たくさんの料理と酒がある。しかも、全てがそれなりの値段のする物ばかりだ。
それらの代金は、とある冒険者たちが迷宮で手に入れた財宝を、横から奪ったことで得ていた。そして、彼らはこれまでに同じような手口で、何度も自らの懐を豊かにしてきたのだ。
「危険な迷宮で宝探しなんざ、馬鹿のやることさ。俺たちはそんな馬鹿な奴らから、掘り当てた財宝をいただくだけ。ホント、楽な商売だぜ」
一人がそう言うと、他の男たちも同意するように笑い声を上げた。
「しかし……やっぱりあのエルフは勿体なかったな。美形揃いのエルフの中でも、あの娘は特に上玉だったからな。あの娘を奴隷として売れば、数年は遊んで暮らせるだけの金になっただろうに」
「はん、よく言うぜ。おまえ、手元に金があればあるだけ使っちまうだろ? そんなお前がいくら持っていようが、数年も保つわけがねぇだろ」
「ははは、違いねえ!」
再び、男たちは上機嫌に笑い声を上げる。そして、テーブルの上に並ぶ高価な食事と酒を心ゆくまで楽しむのだった。
それから数日後。
考えなしに金を使いまくった男たちの財布の中身は、すっかり寂しくなっていた。
金がなければ、酒にも食事にもありつけない。そこで男たちは仕方なく、金を稼ぐために迷宮へと向かった。
もちろん、真剣に迷宮を攻略するわけではなく、そこで手ごろな「獲物」を物色するためだ。
幸いにも、彼らが普段暮らしている町のほど近くに、最近新たな迷宮が見つかった。発見されて間もない迷宮ということもあって、迷宮内は毎日宝を探す冒険者で溢れている。
当然ながら、迷宮は危険な場所である。迷宮内に潜む恐ろしい怪物や、命さえをも刈り取ろうとする危険な罠に満ちていて、迷宮から帰らぬ冒険者も数多い。
それでも、冒険者は迷宮に潜る。
迷宮で得られる宝が目的で。強敵と戦って己を鍛え上げるために。そして、迷宮を走破したという名誉を求めて。
だが中には怪物や罠でなく、同じ冒険者に襲われて命を落とす者もいるのもまた、事実なのであった。
一口に冒険者と言っても、その実力には大きな差がある。
駆け出しの冒険者と、何度も経験を積み重ねた冒険者とでは、当然その実力に大きな差が生じる。
装備、身のこなし、纏う雰囲気……様々なものが、駆け出しとベテランとでは違いすぎるのだ。
よって、駆け出しの冒険者を見分けるのは難しくはない。安物の装備に、どこかおどおどしながら迷宮を歩く態度などから、その者が駆け出しであることは容易に知れる。
そして、問題の男たちが「獲物」として狙うのは、当然駆け出しの冒険者……ではない。駆け出しの冒険者を狙っても、得られる金銭などたかが知れているからだ。
かと言って、懐事情の良いベテランを狙うこともしない。ベテランの冒険者を襲おうものなら、逆に返り討ちに合う危険が高くなる。
よって、彼らが狙うのは駆け出しでもなければベテランでもない者たち。つまり、中堅でありながらも自分たちよりは格下、といった実力の者たちを狙うのである。
自分たちよりは下の実力でありながら、それなりに懐の豊かそうな者たち。それが彼らの「獲物」だった。
彼らは迷宮の出入り口付近をうろつきながら、迷宮の奥から引き揚げて来る者たちをじっくりと観察する。迷宮内で財宝を発見して帰還する者たちは、はっきりとそれが表情に出る場合が多い。時には、話しかければ陽気に「宝を見つけた」と答えてくれる者もいるぐらいだ。
誰だって危険な迷宮を探索して財宝を入手し、間もなくその危険地帯から抜け出せるとなれば、気持ちも緩むし誰かに自慢だってしたくなるだろう。
そうやって、彼らは「獲物」に検討をつける。だが、迷宮内で「獲物」に襲いかかることはない。彼らがうろつくのは迷宮の出入り口付近。当然ながら、この場を通りかかる冒険者の数が多く、人目につきやすい。
かと言って、迷宮の奥で「獲物」を襲うこともない。そもそも、迷宮の奥まで行ける実力があるのなら、素直に迷宮を探索すればいいのだ。
迷宮内で「獲物」に目星をつけたら、彼らはその後を追って迷宮から出る。
この新たに発見された迷宮は、拠点となる町からやや離れている。町から迷宮までは鬱蒼とした森の中を歩かねばならない。そんな人目につきにくい森の中こそが、彼らの「狩場」なのだ。
時には、別の町からこの迷宮に来る冒険者もいる。最近襲った冒険者たちも他の町を拠点とする冒険者だったようで、自分たちの町へ帰る途中で野営をしているところを急襲し、迷宮で発見した宝を奪ったのである。
迷宮を探索するふりをしながら「獲物」を探していると、前方から数人の冒険者たちが近づいて来ることに気づいた。
松明ではなく魔法の明かりを用いていることから、少なくとも駆け出しではないだろう。駆け出しの冒険者であれば、魔術師の貴重な精神力を《明かり》の魔法で浪費するようなことはまずしない。
あくまでも迷宮を探索する冒険者を装いつつ、彼らは近づく同業者たちににこやかに接する。
「よう、お疲れ。今から帰りか?」
「おう、お疲れ。俺たちはもうアガリさ」
と、向こうもまたにこやかに答えた。その表情はとても明るく、迷宮の探索に成功したことを無言で物語っていた。
「あんたらはこれからか? 奥へ行くのであれば、十分気を付けろよ?」
「ありがとよ。今言われたことを忘れないようにするぜ」
「ま、同業者には要らぬ忠告だったかな?」
「そんなことはない。ありがたい限りさ」
そして、二つの冒険者の集団は、迷宮の通路ですれ違う。
その際、彼らは通り過ぎる冒険者たちを慎重に観察する。
彼らの表情は誰もが明るい。探索を成功させたのは、まず間違いないだろう。
次に、彼らの装備に注目する。駆け出しが用いるような安物ではないが、かと言って特別な業物でもなさそうだ。
駆け出しを卒業した冒険者たちが、次のステップとして用いるレベルの装備である。つまり、この冒険者たちは「獲物」にふさわしいということだ。
すれ違った冒険者の一行が通路の向こうへと姿を消した時。
彼らは、にやりと粘ついた笑みを浮かべて頷き合った。
迷宮を出て町へと向かう際、途中の森の中で格好の休憩場所となる所がある。
澄んだ水がこんこんと湧き出す泉のほとりは、ちょっと開けていて小休止するのに丁度いい。
特に、薄暗い迷宮内を長時間探索し、心身ともに疲弊した冒険者たちにとって、木漏れ日の差し込むこの場所は緊張を緩めるにはもってこいの場所なのであった。
とはいえ、水浴びができるほどの水量ではないので、あくまでも小休止するだけの場所として、冒険者たちに利用されている場所である。
「やはり、ここで休憩しているようだな」
「ああ、狙い通りだ」
「幸い、他に休憩している連中もいないようだしな」
男たちは森の中に身を隠しつつ、「獲物」を観察していた。
相手は五人。不意打ちで二人以上倒せれば、数的には互角に持ち込める。
先日も同じ戦法で冒険者を倒していたこともあり、彼らは今回も同じ手で攻めることにした。
さすがに森の中ということもあり、「獲物」も装備を外してはいないが確実に気は緩んでいる。
今も木に上半身を預けて座り込んでいる魔術師らしき冒険者に向かって、男の一人が手斧を投げつけた。
放たれた手斧は回転しながら、座り込んでいる魔術師目がけて宙を
────はずだった。
「な、なにぃっ!?」
手斧を投げつけた男は、思わず叫びながら目を見開く。彼が放った手斧は、魔術師の頭部に命中する直前、まるで見えない壁に当たったかのように弾かれたのだ。
「マズいっ!!」
「あれは……あの冒険者たちは中堅どころじゃねえっ!!」
男たちは隠れていた場所から飛び出し、そのまま逃走に移る。幸い、ここは鬱蒼とした森の中だ。木々の密集する方へと逃げれば、相手が自分たちよりも格上の冒険者であったとしても、十分逃げ延びることができるだろう。
今しがた手斧を弾いたのは強力な防御魔法であり、目の前の冒険者たちが彼らよりも遥かに高い実力を有していることは明らかだった。
格上を相手にせず、すぐに逃走に移った判断力は正しいと言えるかもしれない。
だが、今回は相手が悪かった。いや、悪すぎた。
「おっと、そう簡単に逃げられると思うなよな?」
男たちが向かった先に、一人の冒険者がいた。その冒険者は、間違いなく先ほど手斧で狙った魔術師らしき者だった。
いくら自分たちより高い実力を持つ冒険者であろうとも、座り込んでいた者が自分たちの逃走方向に回り込めるわけがない。
そう考えた男たちの脳裏に、ある事実が湧き上がる。
「ま……まさか、《瞬間転移》の魔法……か?」
「せいかーい!」
男の一人が思わず零した呟きを聞き取った魔術師が、にこりと人懐っこい笑みを浮かべた。
《瞬間転移》。その魔法は極めて上級の魔法の一つで、時空系魔法の最上位に位置する極意の一つでもある。
つまり、そんな《瞬間転移》を使いこなす目の前の魔術師は、冒険者の中でも最上級の実力を持つことを意味する。
「ば……馬鹿な……ど、どうしてそんな奴が、中堅のような装備で迷宮を……」
「あれ? まだ分かんねーの? 俺たちはおまえらを釣り上げるための『餌』なのさ。そのために、わざわざ中堅どころが使うような中途半端な装備まで用意したんだぜ?」
「え……『餌』だと……?」
「そう。おまえらはちょっと前から、ギルドに目をつけられていたのさ。同業者を襲う、悪徳冒険者としてな」
それまでにこやかだった魔術師の目が、鋭く変化して男を見つめた。それだけで、男の体は見えない鎖に囚われたように、身動きできなくなる。
最上位の冒険者が持つ迫力は、時にこのような効果を現すことがある。
「おまえらは冒険者ギルドを舐めすぎたのさ。まあ、ここでは殺さないから安心しろ。おまえらを生きたまま捕らえることが、俺たちがギルドから受けた依頼だからな」
その時、背後で何かが倒れる音がした。ぎりぎりと音がしそうな様子で何とか首だけを捻って背後を確かめれば、彼の仲間たちが地に倒れていた。
おそらく目の前の魔術師と同じ最上級の冒険者たちが、自分の仲間を昏倒させたのだろう。
「さあ、とりあえず眠れ。そして、目覚めた時にはこれまでの悪行を洗いざらい吐いて、それ相応の裁きを受けてもらおう」
魔術師の声が聞こえ、そのまま彼の意識がぼんやりとし始める。おそらく、魔術師が《眠り》の魔法を使ったのだろう。
冒険者ギルドは決して甘い組織ではない。噂によると、ギルドに不利益を与えた者をどこまでも執拗に追い詰める「猟犬」と呼ばれる上位冒険者がいるらしい。
おそらく、彼らを瞬く間に捕らえた目の前の冒険者たちこそ、その「猟犬」なのだろう。
そして、規則を著しく破った者、または冒険者ギルドに背いた者には、それ相応の苦しみを与えた後、無残な死を迎えることになる。
この眠りから次に目覚めた時、きっと彼がいるのは地獄のような場所だろう。
できればこのまま、目覚めることがなければいい。そうすれば、地獄のような苦しみを味わうこともないだろうから。
そう望みながら、男の意識は深い闇へと落ちていった。
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