15 体調不良の話

 体調の悪さをあなたは感じていた。それは今日に始まったものではなく、もしかすると昨日からすでに兆候はあったのかもしれない。夢見の悪さ、もあるだろう。何をするにも億劫で、あなたはその日、日がな一日横になっていた。面白味のないこの部屋も、雑念を喚起するものがないという点では今日ばかりはありがたかった。


 沈んでは浮上して、を繰り返す浅い眠りをあなたは貪った。水死体の話を「先生」から聞いたからだろうか。まるで川を流れているような錯覚があなたを襲う。酸素を求めて必死にもがく。もがく、もがく……。「夢のなかのあなた」は「もがくあなた」の後ろからそれを見ていて、何もできないもどかしさを感じながら気だけが急いている。苦しみから解放しなくては。このままでは。このままでは……。


 出血をしたのは何度目かの眠りのあとだった。嫌な感触だった。どろりとした赤いそれが身体にまとわりついて、とても不快だ。どうしたものかと考えあぐねているうちに、部屋の扉がすっと開いて看護師のような女性がワゴンを押しながらやって来る。あなたは初めて目にした「先生」以外の人物にひどく驚きながら、なされるがままに処置を受けた。

 先生は、と訊くと、看護師は口角を上げ、


近原ちかはらさん? さすがに来れませんよ」


 と答える。あなたは、彼がたびたび口にしていた「医者じゃない」という旨の言葉を思い出し、ならば彼は本当に医師ではないのだな、と思った。では誰なのだろう。誰なのだろう。


 ――この「自分」は、「笹貫ささぬきとおる」はいったい誰なのだろう。

 あなたは答えが出せぬまま、また夜道を駆ける夢へ沈んでいく。

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