第六十六話 印旛沼制するものは

 佐倉城は印旛沼に突き出た半島、あるいは印旛沼の入り組んだ入り江にある。城の南には妙見社があり、城下町も形成されているが、城へ至る道は細く急なので、北から攻めることにする。

 根古谷と呼ばれる佐倉城の南対岸の山に布陣する。近隣の水賊の船と合わせ百近くの舟が佐倉城を取り囲んだ。こちらからは見えないが、屋形の建つ城山の向こう側になだらかな馬場があり、そこには平底舟を乗り上げることができる浅瀬になっている。


 佐倉城、江戸期以降本佐倉城と呼称された城であるが、後北条氏の援助を受けて後年大きく拡大された城郭だが、現在はまだ城山とそこから西のセッテイ山までの東西400m南北300m程の、地形を利用した縦横に空堀が走る中規模の城郭である。根古谷山の頂上の陣から見ると対岸の山頂の屋形軍とは200mほどしか離れていない。山の周りは、丈の高い木は残らず切られて、急斜面につづら折りの細道が城門に繋がっているのが見える。城に近づくものは丸見えということ。


「どう攻める?」

 軍議で、主だった武将に謀ることとなる。

「あれで、なかなかの堅城でして」

「城門の数は?」

「正面の九折つづらおりの急坂の上に一つ、その北側馬場の端の空堀を超えた先に一つ、セッテイ山の北と西に一つづつございます」

 説明するのは、花見川河口の城の城主原氏の支族、大久保刑部という、初老のやや太り気味の男である。商都の検見川を大過なく収めているだけに、時勢に明るい様だ。


 気になっていたことを聞いてみた。

「セッテイ山とは何だ?」

「セッテイとは柄杓の柄のことでして、千葉一族は七星つまり北斗七星を信仰する一族ですから、城地をその七星の並びに見立てて柄を山の名に呼び始めたということのようです」

「そうか」

 別に由来があるわけではないんだな。


「常道ではセッテイ山からだな」

「はい。かの道灌殿もここから攻められましたな」

「しかし、時間がかかるだろう」

「そして船で逃げられるかな」

 

「今度は逃がしてはならぬ。香取神宮にも話を通した、東家とうのけを始め水賊の者共にも言い含めた」

 大声で主張するのは、江戸城に帰還してすぐこの戦場に転進して来た、太田家の若大将。養父道灌と同じ城を攻めることとなり、養父よりも上の結果をと意気込みを隠そうともしない。

「しかし、岩橋を攻めるにしても、千葉本家の血筋が居らぬというのはいささか」


「何を言う、岩橋ずれが千葉本家を名乗っているのだ。東家とうのけの分かれとはいえ列記とした幕臣、しかも逆賊馬加陸奥入道を打ち取った東野州とうのやしゅう殿の御次男、下野守に補任されておられる。それに、先代実胤様の遺児七郎様を養子にされるという」


 軍議がいつの間にか噂話になっている。東下野守常和改め千葉下野守常胤も居心地悪そうだ。

 一つ話を進めておくか。

「逃がしはせぬ。もう、逃げる先がないからの」

「総代様、それはいかなる」

「先の戦では、岩橋はどこへ逃げた?」


「それは、この西の臼井城に、・・・よもや」

 俺が後ろに控える左京に目くばせすると、大きくうなずいた。

 左京が声をかけると、陣幕を捲ってぞろぞろと武士が入って来た。その格好は水軍衆のようだ。

 そして、縄こそかけられていないが、両脇を小姓抑えられながら入ってきた、簡素な具足の武士が、水軍衆の一人に促されて俺の前に膝をついた。


「臼井城主臼井仁左衛門景胤にございます。関東様ご世子様にあられてはご機嫌麗しく・・・」

「ああ、よいよい。臼井城主、臼井景胤殿だ」

 俺は、声を張り上げて、新たな武将を紹介した」

「さあ、岩橋は、どこへ逃げるのかな? 常陸川(渡良瀬川鬼怒川等が合流した川。史実の利根川下流)にも、臼井城にも行き場はない。香取海南岸の水軍衆は悉く印旛沼を固め、関宿には到底届くまいよ」


 おぉと、多くの武将から賛辞が漏れる。

「さて、臼井よ。貴様と岩橋家とは昵懇と聞く。故に・・・」

 景胤はますます頭を低くする。

「佐倉城に、使者として行っていただこう」


「私がでござりまするか」

「そうだ。見るところ、お主、気が挫けておるだろう。佐倉方に付くようなことはもうできまい」

「・・・承知つかまつりました」

 景胤は地べたに額を擦りつけた。


「明日の払暁には書状を渡そう。戦うことなく開城してくれると良いがの」

 景胤は何も応えなかった。

「浦賀殿」

 景胤を連行して来た、三浦党の水軍の将に声をかけた。

「浦賀殿。首尾は如何であったか?」


「上々にござる。なにせ、臼井城外角ののやぐら五の内三をいとも簡単に砕きましたからな」

 上機嫌で答えてくれる。

「沼側の櫓を夜陰に乗じ、あれを使って焼き申した。三晩で三つの櫓でござる。昨日に臼井城の虎口で、使者を入れろ入れぬで問答させている間に、あれを仕掛けて、一旦引いてから・・・」

 そこで口を止め、にやりと笑った。


 俺も笑った。

「ドン、と?」

「左様、左様。城門が落ちたら、侵入して呆けた城兵を武装解除、城主に迫って誓詞を書かせるまで二刻でござった」

「うむ、見事なお働き。で、被害は?」

「軽い怪我人が、十人ほど。歩けないものはおらぬ。いやあ、土気とけとは凄まじいものでござるな」

 俺は、笑ってごまかした。


 あれは、上手く使えたようだ。臼井城を抑え、佐倉城を抑えれば印旛沼は鎌倉府の勢力圏に組み入れられることになる。西の手賀沼はもともとこちら側だから、これで下総は関宿周辺を除いて抑えたことになる。今まで、岩橋千葉が曲がりなりにもやってこれたのは、印旛沼を抑えていたからだしな。印旛沼を制すは下総を制すといったところか。

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